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19. 本当は違ってた


 肝試しが終わり、就寝の時間。

 ルシンダはお手洗いに行くからと言って部屋を抜け出した。


 人に見つからないよう気配を消して、五階の角部屋を目指す。昨晩、マリンが「上の部屋が空き部屋だから、足音とか聞こえなくてラッキー」などと言っていたはずだ。


 ルシンダはそこがたしかに空き部屋であるのを確認した後、静かに忍び込んで窓際に寄りかかる。そしてポケットから四角い形の魔道具を取り出した。


 ミアが作ってくれた、スマホのような通信用の魔道具。

 こんな遅い時間に迷惑かもしれないとためらいつつも、勇気を出して発信する。

 魔道具に埋め込まれた魔石が三回青く光った後、馴染みのある声が聞こえてきた。


「……ルシンダ?」

「クリスお兄様……」


 クリスの声を聞いた途端、心がほっと和らぐのを感じた。魔道具の向こうからクリスの心配そうな声が聞こえる。


「こんな時間にどうしたんだ? 何かあったのか?」

「あ、いえ、ちょっとクリスお兄様の声が聞きたくなって……あっ、ごめんなさい──」


 クリスの声で安心したせいか、今まで我慢していた涙がルシンダの瞳からこぼれ落ちた。一粒流れた後はもう抑えることができず、どんどん涙が溢れて止まらない。


「ルシンダ、大丈夫か!? 嫌なことでもあったのか?」


 ガタッという音とともに、クリスの焦った声が聞こえる。


「な、なんでもないんです……ごめん、なさい……」

「そんなに泣いて、何でもないなんてことあるはずないだろう。ゆっくりでいいから話してごらん」


 しゃくり上げるルシンダを落ち着かせるように、クリスが穏やかに話しかける。

 魔道具越しではあるけれど、クリスの包み込むような温かさを感じ、ルシンダはだんだんと落ち着きを取り戻した。


「お兄様、ありがとうございます……。私、お父さん──いえ、お父様とお母様から好きになってもらえなくても仕方ない。期待はしないで諦めようって思ってたんです。そう出来てると思ってた……でも、本当は違ってたみたいです……」


 今世の伯爵夫妻にかこつけてはいるが、ルシンダの心に浮かんでいるのは前世での出来事だった。


 両親に好かれたかった。

 愛情や関心を向けてほしかった。


 でも、それは兄だけに注がれるもので、自分が手にすることはできなかった。

 どれほど足掻いたところで、最初から望まれていなかったのだから、何もない空っぽの場所に花が咲くわけもない。


 仕方ない、捨てられないだけありがたい、両親が冷たくても兄が優しくしてくれる。だから大丈夫。

 そう言い聞かせて克服したつもりだった。


 でも、エリアスの言葉で気づいてしまった。


 本当は、今でも両親からの愛情が欲しくて堪らないと、心が叫んでいることを。

 父の大きな手に撫でられ、母の柔らかな腕に抱かれて、可愛い子、大事な子と慈しんでもらいたかった。


 でも、求められていないのに生まれてきてしまった自分には、不相応な願いなのだろうか?


 最初は、前世の兄であるユージーンに魔道具で話を聞いてもらおうと思っていた。けれど、前世の両親から愛されていた彼にこんな弱音を吐いては、兄が困るだろうと思った。

 だから、ユージーンではなくてクリスを頼った。


 クリスなら、同じく子供に無関心な両親を持つ子供として、自分の気持ちを分かってくれると思った。

 それに、クリスの声を聞けば、きっと安心できると思った。


 ルシンダが吐露した両親の愛への渇望を、クリスは諌めることも否定することもなく、静かに受け止めた。


「ルシンダは、愛されるべき子だ。お前は何も悪くないし、子が親に愛情を求めるのは当然のことだろう。……まれに、どうしようもない親も存在する。ルシンダも僕も、たまたまそんな親に巡り会ってしまっただけだ。そう、ルシンダは何も悪くない」


 クリスの低い声が心の中にまで沁み込んでくる。

 つい自分を責めてしまいそうになるのを、お前は悪くないと守ってくれる。


「……それに、そもそもルシンダは僕のせいで孤児院からこの家に引き取られたんだ。本当はもっと愛情深い夫婦に引き取られる可能性もあっただろう。巻き込んでしまってすまなかった」

「そんな、私はクリスお兄様に出会えてよかったと思っています……!」

「ありがとう。僕も、ルシンダと出会えたのは幸せだった。ルシンダは僕にとって……誰よりも何よりも、大切で愛おしい存在だ」


 クリスの言葉が胸に響く。

 萎れていた心が満たされていく。


 こんなにも嬉しいのは、両親に言ってほしかった言葉を代わりに言ってもらえたからだろうか。


「私も、お兄様が大好きです」


 そう心からの気持ちを伝えれば、


「……今すぐ、抱きしめに行けたらいいのにな」


 少しの沈黙の後、クリスの呟き声が返ってきた。



◇◇◇



 肝試し翌日の早朝。

 一人で部屋を抜け出したエリアスは、岩場に腰掛け、朝焼けの海を眺めていた。


「エリアス様、お早いですね」

「……サシャこそ。何か報告でも?」

「はい、実は昨晩、面白いことが分かりまして……エリアス様、顔色がお悪いですが、寝付けなかったのですか?」


 振り返ったエリアスの青白い顔を見て、サシャが眉を寄せた。


「そういえば、昨晩、肝試しから戻られたときも雰囲気がおかしいようでしたし、何かあったのですか?」

「……いや、何でもない。少し体調がよくなかっただけだ」


 エリアスはサシャから視線を外し、また海の向こうを見つめる。


「……それで、面白いことって何?」


 エリアスの問いかけに、サシャは楽しそうに口角を上げる。


「聖女のことなのですが……どうやら彼女は伯爵家の実子ではなく、孤児院から引き取られた娘のようです。昨晩、偶然耳にしました」

「……え?」

「そして伯爵夫妻からは冷遇されていたようですね。聖女となった今はどうか分かりませんが。まあ、いずれにせよ、我々にとっては朗報です。義両親の愛情がないほうが、聖女を手に入れやすくなりますから。ただ、義兄には注意が必要そうですね。彼はこちらの味方にはならないでしょう。おそらく聖女のことを──エリアス様?」


 先ほどから無言でうつむくエリアスをサシャが不思議そうに見つめる。


「どうされました? まだご気分が……」

「……ああ、最低の気分だ」


 エリアスが吐き出すように返事をする。


「少し一人にしてくれるかな」

「……かしこまりました」


 サシャが一礼して立ち去った後、エリアスは深い溜め息を吐き出した。


「酷いことを言ってしまった……」


 まさかルシンダが孤児だったなんて思わなかった。

 引き取られた先で冷遇されていただなんて、考えもしなかった。


 きっと家族から愛されていて、友人にも恵まれて、聖女になって、順風満帆な人生を送っているのだと思っていた。

 だって、いつでもあんなに楽しそうな笑顔を浮かべているから、その裏に不幸な生い立ちがあっただなんて、想像もしなかった。


 だから、いかにも親に関心がなさそうな発言を聞いて、つい反論してしまったのだ。

 もっと親を大切にしたほうがいいだの、甘えるのはよくないだの、あとになって親の愛が恋しくなっても知らないだのと。


 完全に失言だった。

 きっと、彼女の心を抉ってしまった。


 ルシンダの傷付いたような顔を思い出すと胸が痛む。


「……あんなこと、言わなければよかった」


 この数か月クラスメイトとして一緒に過ごして、彼女のことを知った気になっていたけれど、全然分かっていなかった。


 今思えば、彼女は妙に謙虚だったり、自立心があったり、少し引っかかることはあった。

 それに貴族令嬢なのに冒険の旅に出たいだなんて突拍子もないことを言っていたが、あれも居心地の悪い家から抜け出したいという思いの現れだったのかもしれない。


「──彼女に謝らないと」


 朝焼けの海から寄せる波が黒々とした岩にぶつかっては散る中、エリアスはそう決心し、岩場を後にした。


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