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18. かけ違い


 その後、一人で大丈夫だと言うレーヌに別れを告げ、ルシンダとエリアスは本来の目的である肝試しへと戻った。


「──さっきの君の力、凄かったね……あの力は病気も治せるの?」


 そういえば、エリアスの前で光の魔術を使うのは初めてだった。よくなかったかなと思ったが、とてもレーヌをあのままにはしておけなかったから、やはり仕方がなかったと思う。


「どうでしょう……ゆくゆくは可能かもしれませんが、今の私の実力では、症状を和らげるくらいしかできないと思います。残念ですが……」

「そっか……」


 そう吐息混じりに返事をしたエリアスが、どこか悲しそうな表情をしているのに気づき、ルシンダが尋ねる。


「もしかして身近な人がご病気とか、ですか?」

「うーん、正しくは病気だった(・・・)かな。僕の母なんだけど」

「あ、じゃあもう回復──」

「いや、亡くなったんだ」


 エリアスがどこか遠くを見つめながら、ぽつりと呟く。


「えっ……あの、ごめんなさい……」

「……いいんだ。まだ悲しいし辛いけど、一応覚悟はできていたから」


 エリアスはルシンダから目を逸らし、淡々と続ける。


「とても優しい人だった。病がちで辛かっただろうに、いつも笑顔を絶やさずに僕のことを見守ってくれて……。母が発作で苦しむ度に、今すぐマレ王国に聖女が現れて救ってくれたらいいのにと思った。でも、聖女は現れないから、医術師を頼り、僕も母のために必死で薬草の勉強をした」


 エリアスが何かを堪えるかのように、ぐっと上を向く。


「……だけど、母を助けることはおろか、看取ることさえできなかった。だから、せめて母の最後の願いを叶えなくては──そう思って、ラス王国に留学に来たんだ」


「お母様の願い、ですか?」

「ああ、母上が亡くなるときに、このペンダントとともに僕への願いを託してくれた。僕はそれを叶えたい」


 エリアスが首にかけていたペンダントを取り出す。

 中央に雪色の石がはめ込まれ、その周りに繊細な意匠が彫られた美しいペンダントだった。


「そうだったんですね……。お母様も、きっとエリアス殿下の気持ちを嬉しく思っているはずです」

「……ありがとう、そうだといいなと思うよ」


 そうして、いくらか歩いたところで洞窟の入り口に到着した。警戒する様子のエリアスを差し置いて、ルシンダはスタスタと先へ進んでいく。


「さっきの人魚のときも思ったけど、君って思いの外、肝が据わってるよね」

「そうですか?」

「うん、幽霊の類いは平気だし、人魚に出会っても全然動じないし、面倒くさそうなことにも自ら首を突っ込んでいくし」

「そうですね……幽霊がいたとして何かされる訳でもないですし、人魚は本当にいるんだっていう喜びしかないですね。それに、人助けは簡単じゃないのが当たり前ですから」


 何でもないように言ってのけるルシンダに、エリアスがくすりと笑う。


「ルシンダ嬢って、けっこうなお人好しだよね」

「いえ、冒険者を目指す者の心構えとして当然です」

「……あのさ、君、本気で冒険者になるつもりなの? ご両親から反対されてるんじゃない?」


 エリアスが何気なく問いかけると、それまで歯切れのよかったルシンダが急に言葉に詰まり始めた。


「えっと、両親……は反対するかもしれませんけど……。最悪、説得しなくても勝手に家を出ればいいかな、なんて思っていたり……」

「もしかして、まだ冒険者云々はご両親に伝えてないの?」

「たしか言ってないと思いますけど……あまり言いたくないというか、会話自体あまりしないので、どうでしたっけ……?」


 エリアスは内心で首を傾げた。

 さっきから、どうもルシンダの様子がおかしい。


 勝手に家を出るだとか、両親と会話がないだとか、ふだん兄や友人を大切にしているルシンダの言葉とは思えない。

 両親とだけ不仲なのだろうか。思春期であるし、反抗期で親を避けている?

 いや、もしかしたら甘やかされて育ったせいで、親のことを軽く見ているのかもしれない。


 そんな風に考えて、エリアスは少しだけ意地の悪い気持ちになってしまった。

 だって、自分はもう母と話したくても話せないのに。

 母の優しい声も温もりも、二度と手に入らないのに。


 ルシンダのことは嫌いではないし、正直、予想外に好感を持ってしまっていると思う。


 しかし、親への無関心に思える態度はエリアスには嫌味に映ってしまった。好ましいと思っていたからこそ、どこか裏切られたような気分になった。

 だから、つい言ってしまった。


「君、もっと親を大切にしたほうがいいんじゃない? あんまり甘えるのはよくないよ。あとになって親の愛が恋しくなっても知らないからね」


 自分が傷付いた分を少しだけやり返したつもりだった。

 普段より言い方がきつかったかもしれないけれど、正論だし、むしろルシンダのためになるとさえ思っていた。なのに。


 ルシンダはエリアスの言葉を聞いた途端、無表情のまま固まってしまった。何かを言おうとしているのに、なかなか言葉にならない。しばらく無言の時間が続いた後、ようやくルシンダが返事をした。


「……そうですよね、親がいるだけありがたいことですよね……。嫌な思いをさせてしまって、すみません」


 エリアスの気分を害してしまったことをルシンダが謝る。

 その表情は暗く、いつもはきらきらと輝くような翠色の瞳が、何かに打ちのめされたように陰っている。


 ──違う、こんな顔をさせたかったんじゃない。


 ルシンダなら、きっとさっきの言葉で親への態度を改めようとするはずだと思った。申し訳なさそうに謝りながらも、自分の意図を理解して、真摯に受け止めてくれると。

 こんなに傷付いたような顔をするなんて、思ってもみなかった。


「……ごめん、ルシ──」

「エリアス殿下、肝試しの札がありました。……戻りましょうか」


 謝ろうとしたエリアスとルシンダの言葉が重なった。


「あ、ああ……」


 どこか無理をしているような不安定な声と眼差しに、エリアスは何も言えなくなってしまった。


 正直、何がルシンダを傷付けてしまったのか分からない。また不用意な発言をして、今懸命に形を保っているであろうルシンダの心に、これ以上傷を負わせたくなかった。


 洞窟の外に出れば、少し風が出てきたのか、薄っすらとした雲が星空を隠していた。


 行きとは違ってほとんど会話がないまま、二人は元来た道を戻っていった。


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