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16. 思い出の潮干狩り


 臨海学校二日目。

 今日は午前中に潮干狩りをする予定になっており、ルシンダは潮の引いた海へとやって来ていた。


 今日採った貝は明日の朝食に使われるらしい。

 絶対に美味しい貝をたくさん採ろうと張り切るルシンダとは対照的に、ミアは日焼けしたくないと言って、岩場の日陰から動こうとしない。


 仕方なく一人で貝探しに勤しんでいたルシンダに、ライルとサミュエルが声をかけてきた。


「なんだか気合いが入ってるな」

「はい、潮干狩りって、つい夢中になってしまって」

「あれ、君は潮干狩りが初めてじゃないんだな」


 サミュエルに意外そうに言われて、ルシンダはハッと気がついた。


(あ、前に潮干狩りに行ったのって前世だった……)


 この世界に転生する前、家族そろって出掛けた数少ない思い出が潮干狩りだった。両親は相変わらず自分には構ってくれず、その寂しさを紛らわすために貝探しに没頭していた記憶がある。

 あとで兄が「お父さんとお母さんには内緒だよ」と言って、綺麗な貝殻をくれたのが泣きそうなくらい嬉しかった。


 そんなことを思い出してしまったが、ライルにもサミュエルにも言えないので、とりあえず笑って誤魔化す。


「そうそう、こういう小さい穴が空いているところに貝がいるんですよ」


 ついでに、前世で潮干狩りのプロだと言っていた知らないおじさんから教えてもらった豆知識を披露してみる。

 すると、ルシンダに言われたとおり、穴の近くを掘ってみたサミュエルが小さく声を上げた。


「本当だ……! 貝がいた」

「へえ、コツがわかると面白いな」


 ライルも楽しそうに穴を探し始める。

 そうやって、しばらく三人で黙々と貝を採っていると、急にサミュエルが話をしだした。


「……そういえば、昨日同じ部屋の奴に聞いたんだが──ここの海、"いわくつき" らしい」


 声を潜め、カチャリと眼鏡を持ち上げる。


「夜になると、海辺から女のすすり泣きが聞こえてくるんだとか。……昔ここで殺された女の幽霊だとかいう噂だ」


 眉をひそめ、真剣な眼差しで訴えかけるサミュエルだったが……。


「へえ、こんなに長閑な海でそんな物騒な事件があったとは信じがたいな」

「噂になってるなんて、誰か泣き声を聞いた人がいるんですかね?」


 ライルとルシンダの反応は淡々としたものだった。

 サミュエルががっかりしたように嘆息する。


「……一応怖がらせようと思って話したのに、君たちは全然動じないんだな」

「えっ、ご、ごめんなさい……! 私、怖い話は平気なほうなので……」

「すまない……。でも、こんな昼間に砂を掘りながら話されてもだな」

「まあ、たしかに雰囲気作りがイマイチだったか。今夜の肝試しの直前にでも話せばよかったな」

「そういえば、今夜は肝試しがあったか」


 去年の林間学校に引き続き、今年もまた肝試しがあるようだ。夏の夜の定番イベントなうえ、恋愛的な期待を抱く生徒からの開催要望の圧がすごいらしく、肝試しは外せないらしい。


「君たちはそんな平然としていて、肝試しなんて退屈なんじゃないか?」


 サミュエルの言葉にライルが笑う。


「そんなことはないさ。それに、ルシンダとペアになれたら、それだけで楽しい」

「ライル……!」


 友達冥利に尽きる言葉をもらって、ルシンダは思わず頬を赤らめる。


「……僕の発言をフリに使わないでもらいたいんだが」


 サミュエルがまた一つ溜め息をついた。




 そんなこんなで、時にお喋りを楽しみ、時に一心不乱に貝を採りながら潮干狩りを満喫していると、「ピィー!」っと笛の音が聞こえてきた。


「もう終了の時間か」

「ルシンダのおかげでたくさん採れたな。ありがとう」

「ふふ、みんなでいっぱい採ったので、明日の朝食はきっと貝づくしですね」


 貝のスープに、酒蒸しに、バター炒めに、色々食べたいなぁとほくほくしながら集合場所へ向かっていると、同じく浜辺に戻る途中のレイと出くわした。


「おっ、これはまた大量だな」


 手桶いっぱいの貝を見てレイが驚く。


「はい、つい夢中になってたくさん採っちゃいました。レイ先生はずっと見回りをしていたんですか?」

「ああ、去年みたいに危険なことがあるかもしれないからな」


 レイの言葉にサミュエルが気まずそうに目を逸らす。

 そういえば、去年はハイキングでサミュエルが崖から落ちそうになったのだった。今年はそういったことがないよう、教師たちがしっかり見回ってくれていたらしい。


「そうだ、歩き回っていたらこれを見つけたんだ」


 レイがそう言って、ルシンダに何かを差し出す。

 見せてくれたのは、うっすらと緑がかった小さな貝殻だった。丸みがあり、つやつやとした光沢があってとても可愛らしい。


「綺麗だろ? せっかくだからお前にやるよ」

「いいんですか?」

「ああ、お前の目の色に似てると思って拾ったんだ」

「レイ先生……」

「あ、でも色々面倒だから、他の奴らには内緒にしとけよ。と言っても、こいつらには聞かれちまってるけど」

「…………」


 ふっと余裕のある笑みを浮かべるレイと、どこか切なげに瞳を揺らすルシンダの視線が絡む。


「なっ、レイ先生はルシンダのことを……?」

「まさか、ルシンダも……?」


 驚愕の面持ちで成り行きを見守るライルとサミュエル。その目の前で、ルシンダがぽつりと呟いた。


「お兄ちゃん……」


「…………は?」

「お兄ちゃん?」


 思いがけない一言に、レイとルシンダの仲を疑っていたライルとサミュエルが首を傾げる。

 ルシンダも、自分が何を呟いたのかに気づいて顔を真っ赤に染め上げた。


「す、すみません! なんだか今、レイ先生がお兄ちゃんっぽいなぁと思ったら、うっかり口に出てしまって……!」


 レイの言動が前世の兄との思い出と重なって、つい口をついて出てしまったのだった。

 先生を間違えて「お母さん」と呼んでしまう子供みたいで、とても恥ずかしい。


「お兄ちゃん」と呼ばれたレイは、目を丸くしながらルシンダを見つめると、やがてぷはっと噴き出すように笑った。


「ははっ、不意打ちで驚いたぞ。……でも、お前から"お兄ちゃん"って呼ばれるのも、なかなか悪くないな」


 ぽかんとしているライルとサミュエルの頭を、レイがわしゃわしゃと撫でる。


「お前ら、()のお眼鏡にかなうよう精進しろよ」


 上機嫌な様子のレイは「じゃあ、俺は先に行ってるぞ」と言い残して、一人先に行ってしまった。


「……兄ならライバルではない、よな……?」

「でも、ガードがさらに厳しくなったような……」


 くしゃくしゃの頭のまま微妙な表情を浮かべるライルとサミュエルの横で、ルシンダがレイの背中を見つめる。


(……レイ先生、元気づけようとしてくれたのかな?)


 学園での授業以外に、光の魔術の練習もしているルシンダに、レイはいつも無理はしすぎるなと気遣ってくれていた。

 母であるフローラに訓練の様子も根掘り葉掘り聞いてくるらしい。


 だから、多少無理をするときもあることを知っているだろうし、この前は毒にあたって倒れたことも報告を受けているはずだから、明るく接してくれながらも、きっと相当心配してくれていたのだろう。


 レイには昔から世話になりっぱなしだし、たしかにもう一人の兄と呼んでもおかしくはない気がする。


(潮干狩りで、またいい思い出ができちゃった)


 レイにもらった貝殻をそっと摘んで眺めながら、ルシンダは嬉しそうに微笑んだ。


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