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7. 真っさらな気持ちで


 今日は何度目かの薬草学の授業の日。

 来月の実習で使う薬草を採取するため、ルシンダたちは学院の敷地内の雑木林へと来ていた。新学期になって初めてのフィールドワークだ。


 薬草学の担当教師であるサイラスが生徒たちを集めて説明する。


「今回みなさんに採取してもらいたいのは、ルーリエ草、ヌワラ草、サリア草の三種類です。ルーリエ草はよく似た毒草があるので注意してくださいね。まあ、最後に私が確認しますから、間違えても問題はありませんが」


 サイラスはそれぞれの薬草が好む場所や、採取するときの注意事項などを丁寧に教えてくれた。


 採取は安全のため、四人一組になって行うということで、ちょうど並んでいた順に、ルシンダ、ミア、サミュエル、エリアスが同じ班になった。


「さてと、まずはどこから探すべきかしらね?」


 ミアが首を傾げると、サミュエルがすかさず北側を指差した。


「ヌワラ草はこっちに生えていたはずだ」

「さすが! この雑木林ならサミュエルが一番詳しいですもんね」

「この分だと、わたしたちの班が最初に採取し終えるんじゃないかしら」

「そうかもしれないね。サミュエルと同じ班でよかったです!」


 ルシンダとミアに褒められて、サミュエルがわずかに頬を赤らめる。


「……役に立ててよかった」


 先ほどから雑木林を興味深そうに眺めていたエリアスも、感心したように声を上げた。


「へえ、サミュエルはインドア派なのかと思ってたけど、雑木林に詳しいんだね。意外だな」

「あ、僕は昆虫採集の趣味があるもので……」


 他国の王族という身分に萎縮しているのか、ややぎこちない様子のサミュエル。そんな彼の緊張を和らげるかのように、エリアスが朗らかに笑った。


「奥深そうな良い趣味だね。標本も作ったりするの?」

「はい、もう十年近くも続いている趣味なので、家に結構な量の標本がありまして……」

「それはすごいな。ルシンダ嬢たちはサミュエルの趣味のこと、知ってた?」

「あ、はい。実はその趣味のおかげで仲良くなったようなところがありまして……」

「へえ、それも気になる話だな。詳しく聞いても?」


 エリアスを中心に会話が広がっていく。

 最初は遠慮がちだったサミュエルも、しばらくお喋りしているうちに表情も和らぎ、だいぶ打ち解けたようだった。


 そうして四人で仲良く薬草を探していると、ミアが突然大きな声を上げた。

 

「あ! これルーリエ草じゃない?」

「本当だ。すぐ近くで見つかるなんて運がいいね」

「五本くらい採取しておこうか」


 サミュエルが手を伸ばしかけたのを、エリアスが止める。


「待って。これはルーリエ草じゃないよ。よく似た毒草だ。さっきサイラス先生も言っていただろう」


 たしかに、よくよく観察してみると、先ほどサイラスが説明していた毒草のほうに特徴が似ている。


「本当だ……。危うく間違えるところだった」

「エリアス殿下、薬草にお詳しいんですね」

「……ああ、薬草については昔から少し勉強していてね。ちなみに、毒草の近くにルーリエ草が生えていることもあるから、もしかしたらこの辺で見つかるかも……」


 エリアスの説明を聞き、近くにルーリエ草が生えているのではないかとルシンダが探し始める。しかし、そんなルシンダにサミュエルが慌てて声をかけた。


「あ、ルシンダ、その辺は苔で滑るから気をつけ──」

「え……きゃっ!」


 サミュエルが注意してくれたそばから足を滑らせるルシンダ。転んでしまうかと思ったが、エリアスがすばやく手を伸ばして支えてくれた。


「……エリアス殿下、ありがとうございます。うっかりしてすみません……」

「いや、君に怪我が無くて良かったよ」


 エリアスが苔のない場所までルシンダをエスコートする。


(……エリアス殿下って、ちゃんと気遣いのできる方なんだな)


 クリスもユージーンもエリアスのことを警戒していたが、きっと心配しすぎのような気がする。せっかく新たな学びや交流を求めて留学に来ているのだから、こちらも心を開かなくては。


 ルシンダはわずかとはいえエリアスを疑う気持ちを持ってしまっていたことを反省した。そして、これからは真っさらな気持ちで向き合おうと決めたのだった。



◇◇◇



 ルシンダの班は、無事にすべての薬草を採取してサイラスの元へと持ち帰った。


「素晴らしい、完璧です」

「エリアス殿下のおかげです」

「なるほど、エリアスくんは優秀ですね」


 サイラスが微笑むと、エリアスは微妙な表情を浮かべた。


「……まあ、薬草学は得意なので」

「それは嬉しいですね」


 やがて他の班の生徒たちも、薬草の入った籠を抱えて戻ってきた。採取した薬草をサイラスに確認してもらっている。


「お疲れ様でした。ああ、これは別の薬草ですね」

「えっ、そうなんですか? うわー、間違えた」

「ふふ、でも私の研究用に頂きますね。正しい薬草は、あとで一緒に探しにいきましょうか」

「ありがとうございます!」


 サイラスと生徒たちのやり取りを、ミアが面白そうに眺めている。


「ほら見て、マリンとキャシーがうっとりしてるわ。マリンはレイ先生がカッコいいとか言ってたのに」

「まあまあ、サイラス先生は優しいもの」

「ルックスも中性的で女子受けしそうだものね。うーん、創作意欲がわいてきたかも」

「そ、そう……」


 何を創作するつもりなのかは聞かないでおく。


「じゃあ、薬草採取も終わったし、あっちで待ってましょ」

「うん、そうだね。……エリアス殿下も行きましょう」


 ルシンダに声をかけられて、エリアスがはっとしたように振り返る。彼も同じくサイラスたちのやり取りを眺めていたらしい。


「そうだね、行こうか」


「あとでサイラス先生に今度の試験でどんな問題が出るのか聞いてみましょ」

「いくらなんでも、そんなこと教えてくれるかな?」

「コリンズ先生と違って、サイラス先生なら教えてくれそうじゃない?」

「コリンズ先生はヒントも一切教えてくれなかったからな」


 もうすぐ始まる試験のことを話しながら歩くルシンダたちに混じってエリアスが言う。


「……サイラス先生なら教えてくれるんじゃないかな」

「あ、やっぱりそう思いますか?」

「じゃあ後で聞いてみようか」

「今回は薬草学の試験の平均点が10点くらい上がりそうだな」


 ルシンダたちはお喋りに夢中で、エリアスが愉快そうな笑みを浮かべたのに気づくことはなかった。


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