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4. 邪魔


「……せっかくルシンダ嬢と二人きりで話すチャンスだったのにな」


 鍛錬場の脇にある大きな樹の木陰で、エリアスが呟く。

 せっかくルシンダとの距離を縮めようと思ったのに、自らをルシンダと兄妹のような関係だと言い張る公爵令息に邪魔されてしまった。


 本当かどうか疑わしいと思ったが、ルシンダも特に嫌そうな素振りは見せていなかったから、案外本当なのかもしれない。

 口笛を吹くと、木立の裏から男の返事が聞こえた。


「サシャ、そっちは順調か?」

「はい、つつがなく。殿下のほうはいかがですか?」

「ああ、まだ留学二日目だけど、聖女の交友関係……というか、要注意人物の目星はだいたいついたよ」

「さすが、ご慧眼です」

「まあ、だいぶあからさまに牽制されたからね。誰もかれも敵意のこもった目で睨んできてさ。あれだけされれば、どれだけ鈍い奴でも分かるよ」

「大丈夫そうですか?」

「そうだな、思ってたより邪魔者が多いし、なかなか厄介そうだけど……こういうのは押したもの勝ちだからね」


 エリアスが不敵に笑う。さっきまで柔らかな微笑みを浮かべていた彼とは別人のようだった。


「さすがエリアス殿下でいらっしゃいます。貴方が本気を出されたら聖女もすぐになびくでしょう」

「そうだといいけど。とりあえず、まずは聖女の様子を探りつつ、距離を縮めてみようかな。まだまだ機会はあるし。じゃあ、僕はもう行くから、サシャも引き続き頼む」

「はい、かしこまりました」


 サシャは深く頭を下げ、その後エリアスの足音が聞こえなくなるまで、その姿勢を崩さなかった。



◇◇◇



 休みが明けて数日経ち、今日は新学期初めての魔術の実技訓練の日だ。

 特魔クラスの生徒たちは魔術訓練場に集まり、一人ひとり練習を始めていた。担任のレイは順番に見回ってくれている。


「きっと春休みで少し腕が鈍ってるだろう。とりあえず今日は軽めに肩慣らし程度でいいから、怪我に気をつけてくれ」


 ルシンダは春休み中、光属性の魔術に慣れるためにクリスやフローラに付き添ってもらいながら毎日練習に励んだ。


(フローラ先生に久しぶりに教えてもらえて楽しかったな)


 フローラは伯爵夫人であり、魔術の教師であり、そしてレイの母親でもある。

 ひょんなことからアーロンのツテで魔術の先生として紹介してもらい、学園に通い始めるまではフローラから魔術を教わっていたのだ。


 そんなフローラとクリスの助けのおかげで、光の魔術を最初よりは思い通りに使えるようになったが、使いこなすレベルにはまだ程遠い。


(本当は今も練習したいけど、授業中は光の魔術は使わないように言われてるからなぁ……)


 学園のカリキュラムにないということと、あまり人の目のあるところで稀少な光魔術の練習をするのは、色々な面で危険が生じる可能性があるということで禁止されてしまったのだった。


 禁止を言い渡されたのは学園長からだったが、国の意見でもあることは明らかだった。


(でも、授業中じゃなければ学園の先生も練習を見てくれるって言ってもらえたし、まぁいっか)


 気持ちを切り替えて、他の属性魔術の練習を始める。

 春休み中、ずっと練習を欠かさなかったおかげで魔力の制御に問題はない。


(ほかのみんなも大丈夫かな?)


 他のクラスメイトたちの様子をうかがっていると、突然ぽんと肩を叩かれた。エリアスだ。


(そういえば、エリアス殿下は何の魔術が得意なんだろう?)


 そんな考えを見透かしたように、エリアスが提案する。


「僕の魔術、見せてあげようか?」

「わ、いいんですか? ぜひ見たいです!」


 他国の、しかも王族の魔術を見られるなんて、なかなかない。きっと勉強になるはずだ。

 前のめりでお願いするルシンダに、エリアスがくすりと笑う。


「じゃあ、上を見てて」


 エリアスが空中を指差す。言われた通りに上を向き、瞬きもせずに見つめていると、ひんやりとした冷気を感じた。おそらく、氷属性の魔術だろう。


 氷属性と言うと、ルシンダは氷の塊を操るような魔術しか使ったことがなかったが、エリアスが見せるそれは氷と言うより雪と言ったほうが正しそうだった。

 サラサラとした粉雪が風に舞い、小さな雪嵐を作る。


「すごい……! 氷属性と風属性の魔術を組み合わせてるんですね!」


 初めて目にする魔術にルシンダの瞳がキラキラと輝く。


「うん。僕は特別長けている属性はないけど、その分、複数の属性魔術を組み合わせるのが得意なんだ」

「複合魔術ってやつですね! 今のは、目くらましにも使えそうですよね。私も使えるようになりたいです」

「じゃあ、僕が手伝ってあげようか? 手取り足取り教えてあげるよ」


 にこっと笑って距離を詰めるエリアス。そのとき、後ろからレイの声が聞こえた。


「雪嵐とはマレ王国らしい魔術だな。それに、なかなかの腕前だ。だが、教えるのは俺たち教師の役目だからな」


 見回りに来たらしいレイが、雪嵐の名残りを興味深そうに眺めながら言う。


「ルシンダは複合魔術に興味が出たか? 来週から複合魔術の授業をするから、そのときに詳しく教えてやろう」

「そうなんですか? 楽しみです! よろしくお願いします」


 嬉しそうに顔を綻ばせるルシンダの頭を、レイがポンポンと撫でる。そうしてエリアスのほうに向き直った。


「エリアスには、授業でみんなの手本になってくれるのを期待してる。──あまり一人で先走らないようにな」

「……分かりました。たしかに、もう少し考えて行動したほうがよさそうですね」


 何やら意味ありげに向かい合う二人だが、ルシンダは来週の新たな授業のことで頭がいっぱいだった。


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