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43. まさかの告白

 翌日の昼休み。ルシンダはミア、ユージーン、サミュエルとランチをとりながら、氷属性の強い魔力の波動が虫を遠ざけるのではないかという仮説を披露した。


「そんなこと考えもしなかったけど、本当だとしたら大発見だな」

「せっかくだから試してみたいわね」

「でも、どうやって試せばいいだろう?」


 サミュエルが思案顔になったところで、ルシンダがポケットからあるものを取り出した。


「これは、魔石か?」

「はい、氷属性の強い魔力がこもった魔石です。この魔石を身につけて虫が寄ってこなければ、仮説は正しいということになるかと……」

「なるほど……。よくこんなものが手に入ったな」

「ええ、まぁ……」


 もしかしたらクリスには非常識なことを頼んでしまったのかもしれないと反省していたルシンダは、魔石の入手先を何となく誤魔化した。


「……ごほん。という訳で、実は今日の放課後に雑木林に行って実験しようと思ってるんです。サミュエルは、どこか実験にいい場所を知りませんか?」

「それなら、いい場所があるから案内しよう」

「よかった! よろしくお願いします」


 サミュエルが案内を買って出てくれて喜ぶルシンダに、ミアが悔しそうに言った。


「残念だけど今日はすぐ家に帰らないといけなくて……。明日結果を聞かせてくれる?」

「もちろん。明日ミアにも結果を教えるね」


 ルシンダが返事をすると、今度はユージーンが申し訳なさそうに切り出した。


「実は僕も、今日は先生に頼まれた仕事があって抜け出せそうにないんだ。サミュエル、僕の代わりにルーを頼むよ」

「ま、任せてください。危険な場所には行かないので」

「うん、今の君なら大丈夫だと信じてるよ」


 ユージーンがそう言って微笑むと、サミュエルはハッとした表情で固まり、「……ありがとうございます」と頭を下げた。




 そして放課後になり、ルシンダとサミュエルは旧校舎近くの雑木林に来ていた。

 目的の場所に向かってしばらく歩いているが、まだ虫には遭遇していない。


「ここまで虫を見ていませんね」

「そうだな。今は冬だから虫が少ないせいもあるかもしれないが、氷属性の魔石の効果もあるのかもしれない」

「だといいんですけど……」

「今から行く場所なら、確実に効果が分かるはずだ」

「それは助かります!」


 そうしてサミュエルと並んで歩くことしばらく。やっと目的地に到着した。

「ここだ」とサミュエルが指差した先は、なかなかの大きさの洞窟だった。

 岩壁にぽっかりと穴が空いていて、空洞が奥の方まで続いている。


「ここには何度も来ていて安全なのは確認済みだから、安心してほしい」

「は、はい。少し緊張しますが、入ってみます」


 虫がたくさんいると聞くと、やはりまだ腰が引けてしまうが、実験にはもってこいの場所だ。

 ルシンダは気持ちを奮い立たせて洞窟の中へと足を踏み入れた。

 地面は硬い岩でできているようで、カツン、カツンと足音が響く。


「……この雑木林は冬でも色々な虫がいるんだが、特にこの洞窟は冬になると暖かいせいか虫の数が多い。実験するにはいいと思う」

「そういえば、中は暖かいですね」

「洞窟は一年中温度が一定だから、夏は涼しくて冬は暖かいんだ」

「なるほど……」


 将来旅に出たら洞窟に寝泊まりするとよさそうだな、などと考えながら歩いていると、うっかり地面の出っ張りでつまずいてしまった。


「きゃっ!」


 ルシンダが転びそうになったところを、サミュエルが腕を掴んで支えてくれた。


「ご、ごめんなさい。助けてくれてありがとうございます」

「……ここは足元が悪いから気をつけてくれ」


 サミュエルが目を逸らして言う。心なしかサミュエルの顔が上気しているように見えたが、急に悲鳴を上げて驚かせてしまったせいかもしれない。またつまずかないよう気をつけなければと、ルシンダは足元に気を配りながら慎重に歩き出した。



 今度はなんとか転ばずに曲がり角まで来たが、その先はさらに光が届きにくいため、かなり暗い。


「わあ、けっこう暗いですね……って、あれは何ですか?」


 ルシンダが曲がり角の奥を指さした。

 暗闇の中で青緑色の小さな光が瞬いている。


「あれは燐光虫だ。暗闇で発光する性質がある」

「あれが虫なんですか? すごく綺麗……」


 トルマリンのような美しい青緑の光がゆっくりと明滅し、遠目ながら幻想的な光景だ。

 あの光の正体が虫でなければ、すぐそばまで近づいてうっとりと眺めていたことだろう。


「ルシンダ、そのままゆっくりと奥の方へ進んでみてくれないか」

「分かりました」


 ルシンダが返事をすると、サミュエルが魔術で小さな火球を作ってくれた。

 炎がふわふわと漂い、ルシンダの足元を照らしてくれる。

 一歩一歩ゆっくりと奥へ歩いていくと、青緑の光がさわさわと動いたような気がした。


「あれ? 今、燐光虫が動いたような……」


 試しにもう少し近づいてみる。するとやっぱり青緑の光はルシンダから遠ざかるように動いている。


「サミュエル、私ちょっと走ってみますね」

「ああ。足元に気をつけて」

「はい。……せーのっ!」


 ルシンダが小走りで奥へと向かうと、青緑の光は群れをなして更に奥へと消えていった。


「今度はこっちへ戻ってきてくれないか」

「分かりました」


 サミュエルが待つ方へと、後ろ向きに歩いていく。すると、洞窟の奥深くへと消えていった燐光虫が少しずつ姿を見せ始めた。そしてルシンダがサミュエルのところまで戻ると、また最初に見たような無数の光が暗闇で輝き始めたのだった。



◇◇◇



「やっぱり、君の仮説は正しかったようだな」


 洞窟から出てきた後で、サミュエルが感慨深そうに言った。


「はい、これでもう虫のことに悩まされなくて済むかと思うと、本当に嬉しいです」

「……君は本当にすごいな。いつも真っ直ぐで、諦めることなく自分を信じて突き進んでいる」

「そ、そんなことないです……。今回のことはサミュエルの助けがあったからこそ出来たことです。本当にありがとうございました」


 ルシンダがはにかみながらも心からの感謝を伝えると、サミュエルは一瞬言葉に詰まり、それから意を決したような表情で真っ直ぐにルシンダを見つめた。


「君に二つ、謝らなければならないことがある」

「えっ、謝らなければならないこと?」


 そんなことあっただろうかと首を傾げると、サミュエルが神妙な顔で頷いた。


「……林間学校のとき、君は怪我をしてまで僕を助けてくれたのに、僕は礼も言わずに逃げてしまった。本当に最低だったと思う。あのときは助けてくれてありがとう。そして、怪我をさせてしまって悪かった」


 そういえば、そんなこともあったなとルシンダが思い出す。


「そんな、当然のことをしただけです。サミュエルも大変だったんだから気にしないでください。大した怪我じゃありませんでしたし、傷痕も残らなかったので。それに、私じゃ力不足で、結局サミュエルを引き上げてくれたのはライルでしたし……」

「ああ、ライルにも礼を言わないとだな。でも、君がいなかったらライルも間に合わなかったと思う。やはり、君がいてくれてよかった」

「は、はい……」

「あともう一つ。……君が作った焼き菓子を隠したのは僕だ。本当に申し訳ないことをした」

「サミュエルが、なんで……」


 ミアはサミュエルを疑っていたようだったが、ルシンダは半信半疑だった。そもそも、林間学校以来、ほとんど接する機会がなかったのにあり得ないのではないかと思っていたのだ。

 困惑するルシンダを前に、サミュエルがためらいがちに言った。


「……君が誰かに告白するんじゃないかと思ったら、苦しくて堪らなくなった。菓子がなくなってしまえば、君が告白を諦めると思ったんだ。誰のものにもなってほしくなかった」


 ──誰のものにもなってほしくなかった。どこかで見たような言葉だ。ルシンダは恐る恐る尋ねた。


「もしかして、机に入っていた手紙も……?」


 サミュエルが頷く。


「ああ、僕が書いた。君のことが、好きなんだ……」


 サミュエルからの真っ直ぐな告白に、ルシンダは顔に熱が集まるのを感じた。


 生まれて初めての告白。まさか自分のことを女の子として好きになってくれる人がいるなんて思いもしなかった。


 驚きと戸惑いと、嬉しさと恥ずかしさが入り混じって、何と言えばいいのか分からない。

 サミュエルから目を逸らすこともできず、ルシンダは眼鏡の奥の青灰色の瞳をじっと見つめた。


「君があの日、林間学校で僕を助けてくれたときから、君のことが頭から離れなくなってしまった。そんな気持ちは初めてで、どうしたらいいのか分からなかった。君のことを考えると胸が苦しくなるから、なるべく君を避けるようにしていたのに……気付けばいつも君の姿を目で追っていた」


 サミュエルが切なそうに微笑む。


「君に近づきたいと思ったが、できなかった。君の周りはアーロン殿下にライルに、生徒会長や君の兄上まで、凄い人たちばかりだったから。僕なんかでは君に釣り合わない。自分に自信が持てなくて、何もできなかった。でも、君への気持ちは止められなくて、嫉妬と絶望でどうにかなりそうだった。ぐちゃぐちゃな自分の心を落ち着けたくて、君への想いを吐き出したくて、名前のない手紙を書いて君の机に入れたんだ」


「そうだったんですね……」


「あの時の自分は、闇の中にいるような心地だった。毎日、頭の中で嫌な声が語りかけてくるような気がしていた。……でも、君がまた助けてくれた」


「私が、ですか……?」


「ああ。僕に何度も話しかけてくれたり、的当てのことや虫除けのことで、僕を頼ってくれた。僕に自信を付けさせてくれた。本当に、嬉しかったんだ。いつからか、頭の中の声も聞こえなくなった」


 サミュエルの真剣な眼差しがルシンダを射抜く。


「僕はアーロン殿下たちの足下にも及ばないけれど、それでも君の隣に堂々と立っていられる自分でいたいんだ。僕の謝罪を受け入れてくれるだろうか。そして、友達としてでもいいから、これからもこうして君の近くにいることを許してくれるだろうか」


 そう懇願するサミュエルの声は、少し震えていた。

 ルシンダは何度か小さく深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。


「あの……サミュエルがそんな風に思ってくれていたなんて、今まで気がつかなくて……。でも、本当に嬉しいです。ありがとうございます。謝罪も受け入れます」


 ルシンダがそう言うと、サミュエルはホッとしたように表情を緩めた。


「……実は私、人を好きになるって、正直よく分からないんですけど、サミュエルとは友達になれたら嬉しいです。というか、もうとっくに友達だと思ってました」


 ルシンダがにこっと笑顔を見せ、サミュエルに向かって手を伸ばした。


「これからも、仲良くしてくださいね」

「……ああ、こちらこそ」


 握手を交わしたサミュエルの顔は、確かな自信が感じられる晴れ晴れとした笑顔だった。

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