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4. アーロン・ラス・ハイランド

 テーブルには子どもしかいないとはいえ、王子と隣同士というのはさすがに緊張する。

 しかも、他の令嬢たちの羨ましそうな視線が痛い。


 王子の反対隣の席の子もさぞかし気まずいだろうと思って見てみると、優越感あふれる表情で勝ち誇ったような笑みを浮かべているものだから、ルシンダは驚いた。

 他の令嬢たちも王子の手前、にこやかな表情は崩さないものの、目が笑っていない気がする。


(ええ……みんなまだ子どもなのに、女の戦い感がすごい……)


 その後も、令嬢たちが時に可愛らしい笑い声を上げながら、趣味や流行について楽しそうに話すのだが、明らかにマウントを取り合っている。


「わたくし、刺繍が趣味でよく家の者にもプレゼントしていますの。もしよかったら、殿下にも──」

「あら、そんな素朴なプレゼント、殿下には相応しくありませんわ。わたくしの家の領地は、絹織物が名産なのですが、今度殿下のためにスカーフを仕立てて──」

「あらあら、ご令嬢のセンスでは心配ですわね。実は、最近他国で人気の新進デザイナーが我が家と懇意ですので、今度殿下に見立てて──」


 今日はぽかぽかといい陽気であるはずなのに、なぜか身体が冷え切っているように感じる。


(紅茶でも飲んで身体を温めよう……わ、美味しい)


 ティーカップに口をつけると、華やかな香りながらもすっきりとした味わいで、何杯でも飲めてしまう気がする。


(これはお菓子も絶対美味しいはず……)


 肉食令嬢たちの恐ろしさに引いてしまい、うっかりお菓子に手つかずだったが、今日は紅茶とお菓子を楽しむために来たのだった。それに、会話に参加しなければ王子の気を引くこともなく終われるだろう。


(王子争奪戦は他のご令嬢に任せた! 私はケーキを堪能します!)


 ルシンダは、歓談という名のマウンティング合戦から早々に離脱し、お皿に取り分けてもらったチーズケーキを一口頬張った。


(……なにこれ! 美味しすぎる!)


 思ったよりもずっしりとした口当たりで、濃厚なチーズの風味がたまらない。

 あっという間に、一切れ食べ切ってしまった。


(次はどのケーキにしようかな〜)


 真剣な顔でケーキを物色していると、なぜか横から視線を感じた。

 嫌な予感がしながらも仕方なく顔を向けると、案の定、天使の微笑みを浮かべたアーロンから話しかけられてしまった。


「君はどんな趣味があるんですか?」


(しまった……。殿下はお優しいから、きっと私が会話に入れなくて困っていると思って、話題を振ってくれたんだ)


 会話に参加しなければ目立たないだろうと思っていたが、王子が気配り上手だったばかりに逆に目立ってしまったようだ。

 

(王族に「別に……」とか「特にありません」なんて失礼だよね……。かと言って婚約者に相応しそうなことも言いたくないし……)


 元孤児が婚約者に選ばれるなどあり得ないとは思うものの、万が一の可能性も残したくない。

 もし婚約者候補にでもなってしまったら、きっと将来旅に出ることなどできなくなってしまうだろう。


(ここは、いかにも妃の座なんて興味ないです的な雰囲気を出して牽制しておかないと……)


 すばやく別のプランに切り替えたルシンダは、にっこりと笑い、堂々と答えた。


「趣味と言いますか……魔術の勉強を少ししています」

「魔術の勉強を?」


 アーロンが問い返すと、一人の令嬢が割り込んできた。


「まあ、魔力に自信がおありなの?」

「はい、幸い魔力は強いほうらしくて……」


 ルシンダが答えると、令嬢たちの目つきが鋭くなった。

 この世界では魔力の強さが一つのステータスになるため警戒しているのだろう。

 ただ、続くルシンダの言葉に令嬢たちは目が点になった。


「将来は魔術師になって、旅に出たいと思っているんです」

「旅……⁉︎」


 あまりに貴族令嬢の常識から外れた話に、令嬢たちは絶句している。

 唯一、アーロンだけが変わらず穏やかな表情で言葉を返してくれた。


「……素敵な目標ですね。もうどなたかに師事されているんですか?」


「いえ、今はまだ本を読んで独学しているだけで……」


「そうですか。私の知り合いにとても教え上手な魔術の先生がいらっしゃって、フローラ・トレバー先生と仰るんですが、魔術師を目指したいなら今のうちに教えを乞うといいと思います。私から君のことを伝えておきましょうか?」


「えっ、いいんですか⁉︎」


「もちろん。このくらいしかできませんが、魔術師になる夢を応援していますよ」


「ありがとうございます!」


 他の令嬢たちは、二人のやり取りに呆気に取られた様子だったが、妃の座を争うライバルが一人減ったことに気づいたのか、笑顔で口々に「わたくしも応援していますわ」「頑張ってください」などと言い始めた。


(よかった! これで面倒なことに巻き込まれずに済みそう。魔術の先生も紹介してもらえたし、今日はラッキーだったなぁ)


 その後は比較的、和やかな雰囲気で会話が進み、肩の荷が下りてご満悦なルシンダがケーキを五切れ平らげたところで茶会はお開きとなった。

 義母も王妃と話ができて満足したのか、ずいぶんと機嫌がいい。


「お前、アーロン殿下とは話せたの?」

「はい。隣の席だったのですが、私の話を興味深く聞いてくださって、とてもいい方でした」

「そう。婚約者探しが本格化するのはまだまだ先だから、今日はお前のことを印象づけられたなら十分よ」

「それなら、大丈夫なはずです」


 魔術の先生を紹介すると約束してもらったのだから、印象に残っているのは間違いない。

 婚約者候補からは確実に外れただろうけれど。


(うーん、あとで上手い言い訳を考えないとなぁ……。お兄様にも相談してみよう)



◇◇◇



 茶会が終わり、すっかり静まり返った王宮庭園で、アーロン・ラス・ハイランドは青く澄み切った空を見上げていた。

 その視線の先では、真っ白な野鳥が大きな翼を広げて空を舞っている。


「ルシンダ嬢か……」


 茶会でケーキを心から幸せそうな顔で頬張っていた、可憐な少女を思い出す。


 家門の栄誉が懸かっているとはいえ、聞いていて辟易とするような令嬢たちの会話に一切加わる様子がなかった彼女に興味を引かれ、思わず話しかけてみたら、驚くほど風変わりな少女だった。


 魔術師を目指すまではいいとして、ゆくゆくは旅に出るのだと楽しげに語っていた。

 他の令嬢たちとは違い、第一王子の婚約者の座になど微塵も興味はないようで、自分の未来を信じて夢を生き生きと語る姿は、とても自由で眩しく見えた。


「彼女はこのまま、私のように立ちすくむことなく、自由に羽ばたいていってほしいな。そんな姿を見てみたい」


 どんどん小さくなっていく鳥の姿を見送る眼差しは、優しくもあり、どこか切なげでもあった。

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