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37. サプライズ

 ルシンダは大通りの文具店にやって来ていた。

 以前、クリスと街に遊びにきたときにレターセットを買った店だ。

 

 一人で店に入るのは初めてなので少し緊張しながら入店すると、相変わらずの品揃え豊富な売り場が目の前に広がる。国中の文房具がここに集まっているのではないかと思うほどだ。


「見ているだけで楽しいけれど、ここから選ぶとなると迷っちゃいそう……」


 たとえば目の前にある万年筆だけでも何十種類とある上に、どれもお洒落で簡単には選べそうにない。

 人差し指を顎に当てながら悩んでいると、知的な雰囲気の初老の店員が声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですかな?」

「あの、兄に内緒でプレゼントを買おうと思っているのですが、どんなものがいいのか悩んでしまって……。お恥ずかしながら、予算が少なめなのであまり高価すぎないものがいいんですけど……」

「ふむ。お兄様への贈り物でございますね。万年筆もよろしいと思いますが、物によって書き心地がだいぶ違いますので、お兄様のお好みが分かると選びやすいのですが……」

「えっと、ちょっと分からないです……。別のものがいいかな……」

「左様でございますか。それではペーパーナイフなどはいかがでございましょうか。木製、真鍮製、ガラス製など、各種ご用意しております」


 店員がさりげなくペーパーナイフコーナーへと案内すると、万年筆と同じくらいさまざまなペーパーナイフが並べられていた。


「わぁ! 素敵なものがたくさんありますね!」

「こちらは繊細な彫金が美しく、こちらは金や銀を嵌め込んだ華やかな意匠が人気です。他にも貝殻の光沢部分を使った螺鈿細工のものもございます。こちらなんかは宝石をふんだんにあしらっていて見た目も華やかでございますね」


 本当にどれも美術品のように美しく、使わずに飾っておきたいくらいだ。

 でも、見せてもらったものは予算をだいぶオーバーしている気がする。


「あの、ペーパーナイフがいいなと思うんですけど、もう少し安……華美でないものはありますか?」

「そうですね……。でしたら、こちらとこちらと、こちらなんかもいかがでございましょう」


 そう言って、店員さんがいくつか見繕ってくれたものの中で、一つ目を引くものがあった。


「これ、好きかも……」


 手に取ったのは真鍮製のペーパーナイフで、柄の部分に蔦模様の飾り彫が施されている。

 シンプルだけど洗練された雰囲気があって、クリスにも似合いそうだ。


(値段も予算内に収まりそうだし、これにしよう)


「こちらを購入します」

「かしこまりました。お包みいたしますので少々お待ちください」


 支払いを済ませると、店員がカウンターで慣れた手つきでペーパーナイフを化粧箱にしまい、リボンを結んでくれた。


「お待たせいたしました」


 綺麗に包まれたクリスへのプレゼントを受け取ると、なんだか期待と不安が入り混じってくる。

 プレゼントを渡したら、クリスはどんな顔をするだろう。喜んでくれるだろうか。気に入らなかったらどうしよう。

 そんなことを考えていると、店員はまるでルシンダの心を読んだかのように微笑んで言った。


「お兄様もきっと喜ばれると思いますよ」


 敏腕店員のお墨付きをもらえたおかげで、ルシンダは安心して店を出ることができた。



◇◇◇



 帰宅したルシンダはホールの時計を確認した。

 この時間だと、クリスは自室で勉強でもしているはずだ。

 プレゼントの箱を抱えてクリスの部屋の扉をノックする。


「ルシンダです。お邪魔してもいいですか?」

「ルシンダ? どうぞ、入ってくれ」


 中に入ると、案の定勉強していたらしいクリスが立ち上がって迎えてくれた。


「おかえり。いい本は見つかったか?」


 ルシンダが本屋に行ったとばかり思っているクリスを前に、ルシンダは誤魔化すような笑いを浮かべながら返事をする。


「えっと、実はプレゼントを買いに出かけてたんです」

「プレゼント? ……誰にやるんだ」


 クリスが訝しげに尋ねる。自分へのプレゼントだとは微塵も考えていない様子だ。


「誰にって、お兄様にですよ。この間、お茶会のためにたくさん買ってもらったので、そのお礼です。……と言っても、ささやかなものですが」


 そう言ってプレゼントを差し出せば、クリスは信じられないとでも言うような顔をしてゆっくりと箱を受け取った。


「……これを僕に? 開けてみてもいいか?」

「ぜひ」


 クリスが結ばれていたリボンを丁寧に解いて蓋を開ける。


「これは、ペーパーナイフか」

「はい、実用的なものがいいかと思って……。銀製のものが丈夫でよさそうだったんですけど、私のお小遣いだとこの真鍮製のものが精一杯で……」


 クリスがペーパーナイフをそっと手に取って眺めると、淡い金色がきらりと輝いた。


「……ルシンダの髪の色に似ているな」

「え?」

「いや、手によく馴染むし使いやすそうだ。気に入ったよ。大切に使う」

「気に入ってもらえてよかったです! お兄様、いつも私のためにありがとうございます」


 そう心からのお礼を伝えると、クリスは少しだけ泣きそうにも見える表情で微笑み、ルシンダを抱きしめた。


「お礼を言うのは僕のほうだろう。ありがとう、ルシンダ」

「そ、そんなに喜んでもらえるなんて……私も嬉しいです」


 照れながらそう言うと、さらにぎゅっと抱きしめられた。

 ユージーンとはまた違う、安心するような、ふわふわするような温もり。

 またクリスの喜ぶ顔が見たいなと思いながら、ルシンダは心地よい温もりに身を預けた。

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