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35. 温室での茶会

 学園の冬季休暇に入り、いよいよ王宮での茶会の日となった。


 ドレスの着付けやヘアメイクはどうしようかと悩んでいたルシンダだったが、義母が侍女を貸してくれたので助かった。どうやらクリスが頼んでくれたらしい。そんなことにまで気を回してくれて、本当にありがたい。


 ただ、すべて侍女に任せていたら、義母のような濃い化粧にされそうだったので、そこは断固拒否させてもらった。

 義母はまだアーロンとの婚約を諦めていないようで、艶っぽいメイクと髪型で色気を出してアーロンの気を引く作戦だったらしいが、自分にそんな色気などあるはずもない。悲惨な結果になるのが目に見えている。


 角が立たないように「アーロン殿下はナチュラルメイクがお好みのようです」と、適当な嘘をついて、なんとか方向性を変えてもらった。アーロンの好みなど全く知らないけれど、濃すぎるよりは自然なメイクのほうがいいだろう。おそらく。


 そんな努力の甲斐あって、化粧も髪も清楚で自然な感じに仕上げてもらうことができた。

 侍女に「ご確認ください」と言われて鏡を見れば、まるでゲームのヒロインのお姫様のようで、自分の姿に思わず照れてしまった。


(たまにはこんな風に着飾るのも楽しいかも)


 綺麗なドレスや宝石を身につけるのは慣れないけれど、ふわふわと心が浮き立つような、楽しい気分だ。クリスが自分のために選んで買ってくれたものだというのも、また特別な感じがして幸せな気持ちになる。


(お兄様にも褒めてもらえるといいな)



 

 支度を終え、わくわくした気分で馬車へと向かうと、クリスが待っていてくれた。


「とても綺麗だ」

「ありがとうございます」


 クリスから綺麗だなんて言われるのは初めてかもしれない。嬉しさに顔を赤らめると、クリスが小さく呟いた。


「……王宮になんて行かせたくないな」

「え?」

「──いや、ドレスもよく似合っている。しっかり見せつけてくるといい」

「はい。このドレス、本当に気に入ってるんです。それじゃあ、行ってきますね」


 クリスが差し出してくれた手を取って馬車に乗り込むと、まもなく馬車は王宮へ向かって走り出した。



◇◇◇



 王宮の温室に到着すると、王妃とアーロンが出迎えてくれた。

 今日のアーロンは当たり前だけれど見慣れた制服姿ではなく王子らしい装いで、いつもにも増してきらきらと輝いて見える。


「本日はお招きくださってありがとうございます。とても素敵な温室ですね」

「今日は来てくれて嬉しいわ。アーロンのお友達に会ってみたかったの。どうか緊張せずに楽しんでちょうだいね」


 ルシンダが挨拶すると、王妃が笑顔で言葉を返してくれた。五年前と変わらぬ美貌が眩しい。


「ルシンダ、とても素敵ですよ。花の妖精かと思ってしまいました」


 アーロンも社交辞令だろうがルシンダの装いを褒めてくれた。こんなにロマンチックな褒め方をして様になるのは、アーロンくらいかもしれないなと思いつつ、褒めてもらったお礼を伝える。


「ありがとうございます。このドレスが素晴らしいんです。兄がこの日のために買ってくれて……」

「クリス先輩が?」


 アーロンはなぜか驚いたように目を見張る。


「……ドレスとネックレスの色、クリス先輩の髪と瞳の色と一緒ですね?」

「あれ、本当ですね。すごい偶然……! 実は、兄が赤とか黄色のドレスはよくないし、これが一番似合うと言うので、このドレスにしたんですよ。デザインが素敵で私も気に入ってるんです」

「…………」


 ルシンダがドレスを買いに行った思い出を無邪気に話すと、アーロンは無言のまま眉を顰めた。


「どうかしましたか?」

「──いえ、なんでも。今日はルシンダの好きなお菓子もたくさん用意していますから、楽しんでくださいね」

「はい、ありがとうございます」




 そうして、招待客全員が主催者への挨拶を終え、いよいよ茶会が始まった。

 ルシンダはアーロンの友人枠のためか、王妃とアーロンのすぐ近くの席だった。

 ものすごく緊張する席だが、ミアが一緒なのでいくらか心強い。

 ……とはいえ、やはりそんなすぐには落ち着けるものではない。ついあちこち目線を移して気を紛らわせていると、アーロンが話しかけてきた。


「ルシンダ、緊張しているんですか?」

「少しだけ……。お茶会に参加するのは、子どものとき以来なので」

「もしかして、私たちが初めて会った王宮庭園での茶会のことですか?」

「はい、あの時は無作法で失礼しました……」

「はは、懐かしいですね。あの時の君は他の令嬢たちと全然違っていて、すごく印象に残りました。もちろん、いい意味でですよ」


 アーロンが当時のことを思い出してなのか可笑しそうに笑うと、王妃が興味深そうな様子で会話に入ってきた。


「まあ、もしかしてあなたが魔術師を目指しているお嬢さんかしら」

「は、はい。アーロン殿下にはフローラ先生をご紹介いただいて、大変お世話になりました」


 ルシンダが恐縮しながら返答すると、王妃は少しだけ母の顔を覗かせて微笑んだ。


「あらあら、そうだったのね。アーロンは小さい頃から少し大人びたところがあったのだけれど、フローラ先生からあなたの話を聞くときは年相応な表情で嬉しそうにしていたわ」

「母上、本人の前でやめてください……」


 アーロンが照れたように口元を押さえる。年頃らしく、昔の話をされるのは恥ずかしいようだ。


「いいじゃないの。学園も楽しく通っているみたいだし、いい出会いに恵まれたのね」

「ええ。先生も先輩も友人も尊敬できる方が多くて刺激になっています。もちろん悩むこともありましたが、その度にルシンダが救ってくれました」


 そう言って、アーロンはルシンダを見つめる。

 救っただなんて大袈裟すぎて恥ずかしいが、友人を立てようとしてくれているのだろう。彼は本当に友達思いで優しくて、友人として誇らしい。


 その後も、アーロンはやたらとルシンダのことを褒めちぎってくれた。嬉しいのだけれど恥ずかしすぎて、少し居た堪れない。なんとなくミアとライルのほうを見てみる。


 ミアはまた何か妄想を楽しんでいるときの微笑みを浮かべていた。

 ライルのほうは、隣や向かいの席の女性と会話をしていたが、ミアとは逆にどこか浮かない様子に見えた。人見知りするタイプではないし、何か気がかりなことでもあるのだろうか。


(この間はアーロンも鳥のことで悩んでいたし、ライルにも悩みごとがあってもおかしくないよね。今度聞いてみようかな)


 そんなことを考えながら、ルシンダは好物のバウムクーヘンを頬張った。ふんわりと軽くて柔らかな食感で、いくらでも食べてしまえそうだ。紅茶もお菓子との相性ぴったりで、永遠に味わっていられる組み合わせと言えよう。




 美しい温室で最高級のお茶とお菓子のもてなしを受け、お喋りに興じているうちに、あっという間にお開きの時間となった。


「本日は楽しいひと時をありがとうございました。王妃殿下とお話しできて光栄でした」

「こちらこそ今日は楽しかったわ。これからも、アーロンのことをよろしくね」

「もちろんです。それでは失礼いたします」


 ルシンダがお辞儀をして王妃の前を離れると、アーロンが一人で追いかけてきた。

 何か忘れ物でもしてしまったかと思ったが、どうやら違うらしい。


「ルシンダ、私も今日は君に会えて嬉しかったです。また学園で会いましょう」


 アーロンは、そう言って甘い微笑みを浮かべると、そっとルシンダの手を取り、その甲に優しく口付けた。


(えっ、ええええ……⁉︎)


 手の甲にキスだなんて、前世でも今世でも生まれて初めてだ。よく分からないけど、とにかく恥ずかしい。

 ルシンダが顔を真っ赤にすると、アーロンは満足そうに目を細めた。


「ルシンダは可愛いですね。もう帰さないといけないなんて、名残惜しいな」

「え、え、えっと、その、そろそろ失礼いたします……。で、ではまた学園で……」


 動揺しすぎて上手く喋れなかったが、なんとか挨拶をしてその場を離れた。


(え、え? さっきのは一体何だったの? すごくビックリしちゃったけど、あれが社交界の正式なマナーなのかな? あれ、でもミアにはしてなかったような……。ダメだ、驚きすぎて頭が働かない。今日は慣れないことで疲れたし、早く帰って休もう……)


 ルシンダはあまりの衝撃にフリーズしてしまった頭を抱えながら、帰りの馬車へと乗り込んだ。そうして腕組みをしてうんうん唸りながら悩んでいると、心地良い馬車の揺れに誘われて、やがて夢の世界へと落ちていったのだった。



◇◇◇



 温室での茶会の後、ミアは自分の部屋のベッドの上に座り込み、片手サイズの魔道具に向かって話しかけた。


「……もしもし、ミアです」

「──ユージーンだ。……驚いた、本当に通信できてる」

「ふふ、前世のスマホをイメージして作ってみたんです」

「君、すごいな。将来は魔道具士とか諜報部員になるといいんじゃないか」

「ありがとうございます、考えておきます。……ところで、さっき画像もお送りしましたけど、見てくださいました?」


 実は茶会でルシンダの姿を隠し撮りしており、その画像をユージーンに送ったのだ。

 今後ルシンダへのこれまでの無茶振りがバレた時に少しでも心象をよくするための、いわゆる賄賂である。


「ああ、ルーのドレス姿が素晴らしかった。天使かな?」

「あはは、そうですね」

「なんか棒読みに聞こえるんだけど」

「そんなことありません。……それより、現場は大変だったんですよ!」

「どういうことだ?」


 きょとんとした様子で聞き返すユージーンに、ミアが茶会での様子を話し始めた。


 クリスが自分の髪と瞳の色のドレスやらネックレスやらをルシンダに贈ったこと。

 アーロンも王妃や招待客の前だというのに、ルシンダを見る眼差しには熱がこもり、別れ際にはルシンダの手の甲にキスをしていたこと。


 臨場感たっぷりに説明すると、ユージーンはしばらく無言のまま何かに耐えているようだった。

 ミアが「もしもし、もしもーし」と何度か声を掛けたところで、先ほどよりもだいぶ低い声の返事が返ってきた。


「アーロンのやつ、手の甲へのキスなんて今は挨拶でもしないし、するとしても振りだけなのがマナーだというのに……」

「完全にルシンダを狙っていますね」


 ミアが冷静に意見を述べると、魔道具からユージーンの悩ましげな溜め息が聞こえてきた。


「……はぁ、アーロンだけじゃなく、クリスまで自分の色のドレスとアクセサリーを贈るなんて。…………僕もルーに黒と赤の服飾品でも贈ってみようかな」

「やめてください。さらにややこしいことになります」


 異性に自分の髪や瞳の色の贈り物をするのは、告白と同義だし、「自分のものだから手を出すな」という他者への牽制の意味もある。

 ここでユージーンまで同じようなことをし始めたら、本当に大波乱となってしまう。


 少し前までのミアなら大波乱最高と鼻息荒く見守っていたかもしれないが、あいにくもうルシンダを最優先に考えると決めたのだ。ルシンダのためにも、前世の兄の暴走は未然に防がねばならない。


「……冗談だよ」

「あなたならやりかねません」


 ミアが真顔で突っ込むと、ユージーンが黙り込んだ。図星だったのだろう。


「……それにしても、アーロンもクリスもやりすぎじゃないか? 今は十五、六歳だろう? まだ成人もしてないのに……」

「まあ、思春期のほうが色々拗らせやすいですから」

「ああ、たしかに……」

「それに、もともとここは乙女ゲームの世界ですからね。恋愛感情が強めに出てしまっても不思議はありません」


 ミアがこの世界の真理を告げると、ユージーンは本日一番の深い溜め息をついて嘆いた。


「はぁぁぁ……。つくづく、おかしな世界に転生してしまったと思うよ」

「慣れれば楽しいですよ」

「……アーロンとクリスに狙われて、ルーは大丈夫かな?」

「……ルシンダは二人の想いには微塵も気付いてないと思います」

「それはそれで二人が不憫に思えるな……」

「まあ、それも人生経験の一つですよ。あ、ちなみにそろそろライルも参戦してくると思います」

「ライル、お前もか……。僕はもう、レイ先生だけが救いだよ……。攻略対象のはずなのに、あんなに清廉潔白な良き教師だなんて……」


 どうやらユージーンはレイ推しのようだ。


「まあ、たしかに。でも、乙女ゲームの攻略対象の挙動としては、クリス、アーロン、ライルが正常で、レイのほうが異常と言えます」

「挙動って……。君、案外ドライだね」

「……まあ、でもみんな愛情が一途なのは確かですから。ルシンダが三人のうちの誰かを好きになるかどうかは別として、早く自分に向けられる愛情に気付いてくれればいいと思いますよ。自分はこんなにも愛される人間なんだって、彼女は知るべきです」


 ミアが真剣な声音で言うと、魔道具の向こうから小さな笑い声が聞こえてきた気がした。


「……君、やっぱりいい人だね」

「──どうも」

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[一言] レイ先生は身分上圏外。良い相棒になってくれそうですが。 王子様もまた身分上雲外。滅多なことで旅に行けない。 ユージーンはそもお兄ちゃんなので対象外。 お兄様は家族なので論外。 こりゃ魔術師に…
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