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12. クリスと教室で

「はぁ、あと一週間か〜……」


 放課後、教室の机の上に突っ伏しながら、ルシンダは本日十回目となるため息をついた。

 隣の席の椅子に腰掛けながら読書をしていたミアが、ちらりと視線をやる。


「試験なんて前世でもあったでしょう?」

「そうだけど、何回やっても嫌なものは嫌だよ。それに地理も歴史も前世の知識は役に立たないから覚え直さないといけないし……」


 もうすぐ入学して初めての定期試験だ。これがもし魔術の実技試験だったら嬉々として練習に励むのだが、一般科目の筆記試験となると、まったくもって気が乗らない。

 ミアは勉強ができるほうなのか余裕そうだが、ルシンダは今から試験のことを考えるだけで憂鬱だった。


「今回の試験範囲はそんなに広くないし、ちゃんと復習すれば大丈夫よ」

「でも教科書とノートを見返しても、全然頭に入らなくて……」

「うーん、勉強の仕方があんまりよくないのかしら……」


 ミアが何かいい勉強法でも考えてくれているのか、顎に人差し指を当てながら黙り込む。

 だが、すぐに「そうだわ!」と素晴らしい名案を思いついたと言わんばかりの明るい声を上げた。


「せっかくクリスとかレイと仲が良いんだから、勉強を教えてもらえばいいじゃない!」

「……それもいいかもね。でも……」


 たしかに賢い人たちに勉強を見てもらうのは良いアイデアだ。でも、妙にニヤついているミアの顔を見ると、裏でまたろくでもないことを考えている気がしてならない。


「大丈夫、変なこと考えてないから安心して! マンツーマンで教えてもらってるところを、ちょーっとだけ見せてもらえれば満足だから〜」

「え、どこかに隠れて覗くってこと?」

「まさか! わたしが作った魔道具を設置して動画を記録するからご心配なく」

「ええ、なにそれ怖い……」


 やはりおかしなことを考えていた。しかも覗き見のために、そんなに高度な魔道具を開発してしまうなんて、恐るべき才能というか、執念というか……。


「ほらぁ、動画を撮っておけば後で見返して復習できるし、Win-Winってやつじゃない?」

「そうなの、かな? それじゃあ、いいか……」


 完全に丸め込まれたルシンダのすぐ横で、ミアは「やった、勉強会のスチルゲット〜!」と歓喜の叫びを上げるのだった。



◇◇◇



 そして翌日の放課後。ルシンダは誰もいない教室でクリスに歴史の勉強を教わっていた。


「それにしても、試験勉強を見るのは全然構わないが、教室でいいのか? 屋敷に戻ってやったほうが……」


 クリスがもっともな質問をしてくるが、これには訳がある。

 ミアがどうしても「学園の教室で制服を着た」シチュエーションにこだわるので、こうするしかなかったのだ。


「えっと、教室で勉強するほうが気が散らないでよいかと思って……」

「まあ、ルシンダがそうしたいなら。それで、分からないところはどこだ?」


 ルシンダがそれらしい言い訳をすると、クリスも納得してくれたようで、教科書に視線をやりながらルシンダの隣の席に腰掛けた。


「ありがとうございます。今回の歴史の試験では白百合戦争のあたりの出来事が出題されると思うんですけど、なかなか頭に入らなくて……」


 ちなみに「白百合戦争」というのは、ここラス王国と隣国マレ王国の間で起こった戦争で、聖女を巡る争いだったことからそう名付けられた。なぜ「白百合」なのかといえば、正教会が定めた聖女の象徴が白百合だったためだ。


 クリスが教科書をパラパラと捲り、白百合戦争について記述されたページを見つけると、ルシンダの目の前に置いて見せた。


「年号や名称だけ覚えようとするから、記憶に残りにくいのかもしれない。ルシンダは冒険譚が好きだろう。歴史上の出来事も、物語だと思えば覚えられるんじゃないか?」

「歴史上の出来事も物語……」


 目から鱗のアドバイスにルシンダがまばたいていると、クリスが語り始めた。


「そもそも白百合戦争は、聖女が十八歳で覚醒したときに、十五歳まで生まれ育ったマレ王国と、その後移住して十八歳までの三年間を暮らしたラス王国で、聖女の所有権を争って起こった戦争だ」


 ルシンダがこくこくと頷いて相槌を打つ。


「ラス王国が権利を主張して聖女を閉じ込め、マレ王国が聖女奪還の名目で武力行使をし、泥沼の争いが繰り広げられた。結局、第三国であるロア王国の騎士がラス王国から聖女を救い出し、中立の存在である正教会に保護を依頼したことで戦争を終結させた」


 クリスがルシンダの理解度を確かめるかのように目を合わせる。


「そして、当事者であった三国を中心に話し合いが行われ、翌年に結ばれたのが聖女協定だ。今後聖女が覚醒した場合は、必ず正教会に知らせて認定を受けること。そして聖女がどの国に属し、どの国のために力を使うかなど、聖女の扱いは出生国、居住国にかかわらず、聖女自身の選択によるものとすることが定められたんだ」


「なるほど……」


 ルシンダの頭の中で、聖女を巡って争う壮大なRPG大作のイメージが湧き上がる。


 主人公はロア王国の騎士だろうか。囚われの聖女を救うため、頼もしい仲間たちとラス王国に潜入し、立ちはだかる敵を薙ぎ倒して幽閉の塔から美しい聖女を助け出す。そしてみんなの祝福の下、騎士と聖女が結ばれてエンドロール……。


 そんな妄想を繰り広げていたが、実際はどうなったのだろう。教科書には、二人のその後については載っていないのだ。

 博識なクリスなら知っているかもしれないと思って聞いてみると、意外な答えが返ってきた。


「歴史書によると、ロア王国の騎士はその後出世して騎士団長になったようだ。聖女は出生国であるマレ王国に戻ったらしい。その後、幼馴染の鍛治職人と結婚して村人の怪我などの治療をして暮らし、天寿を全うしたそうだ」


(……きっと硬派な騎士だったんだろうな。聖女様も幸せに暮らしたみたいでよかった)


 実際の顛末は、妄想の筋書きとは違っていたけれど、これはこれで悪くない。

 ハッピーエンドに安心して、ひとり微笑むルシンダをクリスが目を細めながら見つめる。


「……今の説明で理解できたか?」

「はい、色々とイメージが湧いたのでちゃんと覚えられそうです! どうもありがとうございます」


 自分に合った暗記法も分かったし、クリスに教えてもらって本当によかった。

 ルシンダが笑顔でお礼を言うと、クリスはルシンダの頭を優しく撫でながら満足そうに微笑んだ。


「ちなみにお兄様はどうやって勉強してるんですか?」


 ルシンダが何気なく尋ねてみると、クリスはこともなげに言った。


「一度読んでしまえば頭に入る」

「さ、さすがですね……」


 昔から賢いとは思っていたが、やはり頭の出来が違ったようだ。

 もう前世での享年も追い越されてしまったし、これからは精神年齢では自分のほうが上だから、などと背伸びするのはやめよう。ルシンダは密かに決意した。

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