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26. 雨宿り


 エリアス・マレ・シュクラバルは、庭にある東屋で雨宿りしていた。


 朝からずっと晴れていたのに、午後になって急に雨が降ってきてしまった。


 庭にある薬草畑で薬草を積んでいたエリアスは、慌てて近くの東屋に駆け込んだのだった。


(はあ……どしゃ降りだな)


 早く止んでくれないだろうかと思っていると、もう一人、雨宿り客が走ってきた。


(知らない人と二人になるのは嫌だな。濡れてもいいから出ていこうか)


 そう思って東屋の外に出ようとしていたエリアスだったが、近づいてきた雨宿り客の顔を見て足を止めた。


「ルシンダ?」


 ずぶ濡れで走ってきたのは、エリアスの大切な友人、ルシンダだった。

 エリアスは慌ててルシンダを招き入れる。


「大丈夫? ずぶ濡れじゃないか」

「ちょっと仕事で庭の結界を見回っていたら急に降ってきてしまって……。エリアスこそびしょ濡れですよ。寒くないですか?」

「まったく君は人のことばかり心配して……。僕は厳冬の国の出身だよ。少し雨に濡れたくらいなんてことないさ」


 ルシンダの気遣いを嬉しく思いながら、風と火を組み合わせた魔術で温かな空気を作り出す。


「わあ、あったかいです」

「これなら濡れた服もそのうち乾くはずだよ」

「ありがとうございます」

「大したことないよ。それより、まだしばらく降りそうだし、座って待ってよう」

「そうですね」


 エリアスがルシンダを椅子に座らせる。

 さっきまで早く止んでほしいと思っていたのに、今はルシンダと二人きりの時間が惜しくて、少しでも長く降り続いてほしいと願ってしまう。


「ルシンダは仕事はどう? 特務隊の任務は大変じゃない?」

「いえ、毎日充実していて楽しいですよ。他の隊員もみんないい人ですし」

「そっか、それならよかったよ」


 少しでも辛い思いをしているようだったら、アーロンの力を借りるなりして何とかしようと思っていたが、ルシンダが楽しいならいい。


 ルシンダの前向きな言葉にほっとして笑いかけたエリアスだったが、目を合わせたルシンダの表情を見て、わずかな違和感を覚えた。


 笑顔を浮かべてはいるけれど、その瞳の輝きが心なしか陰っている。


(こんな顔、どこかで見たことがある……そうだ)


 学生時代、臨海学校の肝試しで両親の話をしたときに、今と似たような表情をしていた気がする。


 仕事が楽しいと言っていたのに。

 こんな顔をして、何かに悩んでいるのだろうか。


「ルシンダ」

「はい」

「もしかして、何か悩みでもあるんじゃない?」


 自分が力になれるかは分からない。

 王族とはいえ他国の人間だし、他の友人たちと比べてルシンダとの付き合いも短い。


 でも、だからこそ話せることもあるかもしれない。


 あえて単刀直入に尋ねてみると、ルシンダは少しためらうように目を伏せたあと、「あの……」と話し出した。


「エリアスは、故郷を恋しく思うことはありませんか?」

「故郷を?」


 思っていたのとは違うルシンダの問いに、エリアスは長い睫毛を瞬いた。


 ルシンダの故郷はラス王国だし、領地にも帰りたいときに帰っていたはず。

 しかし、元は孤児ということだったから、実の両親と暮らしていた故郷のことを言っているのだろうか。


 ルシンダの意図がよく分からなかったが、それよりも聞かれたことに素直に答えたほうがいいような気がして、本心を返事する。


「そうだね、恋しく思うことはしょっちゅうだよ。マレ王国の凍えるほど寒いけれど美しくもある冬景色が懐かしいし、母上やサシャとの思い出もたくさん残っているから。マレ王国で暮らしていた頃のことを、よく夢に見る」

「そうなんですね。……じゃあ、故郷に帰りたいと思いますか?」

「うん、いつかは帰りたいと思っているけど──」


 そう答えたとき、急にルシンダがどこか遠くへ行ってしまうのではないかという予感がした。


「ねえ、ルシンダ」


 途中で話をやめてしまったエリアスを、ルシンダが不思議そうに見つめる。そして、続く言葉にその瞳が大きく揺らめいた。


「君が好きだ」


 突然の告白に驚いて固まるルシンダに、エリアスが申し訳なさそうに苦笑する。


「急にごめん。こんなこと言うつもりじゃなかったのに、今、伝えたほうがいいような気がして……」

「エリアス、あの……」


 どう返事すればいいか戸惑いながらも、頬を赤く染めるルシンダを見て、エリアスは内心ほっと安堵した。


 どうやら迷惑ではなかったらしい。

 自分を意識して恥ずかしそうにする可愛らしい姿を見られただけでも儲け物だ。


「告白の返事はいらないよ。僕は君を騙した人間だ。君とどうこうなりたいなんて烏滸がましいことは考えてない。今のはただ、僕の気持ちを伝えたくなっただけさ」


 ルシンダと結ばれる未来はなくても、この美しく愛らしい表情をこの瞳に焼きつけておこう。


「ルシンダ、君がずっと好きだったよ。故郷が恋しくなっても、君がいたからこの国でも頑張れたんだ。君は僕の支えだった。そんな風に、僕も君を支えられるような人間になれたらと思う。……だから、どこにも行ったりしないでほしいな」

「エリアス……」


 雨はいつのまにか上がっていた。

 エリアスが、ルシンダの滑らかな亜麻色の髪を優しく掬う。


「……髪も乾いたみたいだね。ルシンダは仕事の途中だったんだろう? 早く戻ったほうがいいよ」

「あの、でも」

「僕ももう研究室に戻るから」

「分かりました……」


 ルシンダが立ち上がって東屋を出る。

 けれど、すぐに振り返って深々と一礼した。


「エリアス、ありがとうございます。私、エリアスのことが大好きです」

「……ありがとう。じゃあ、またね」

「はい、また」


 ルシンダが駆け足で遠ざかっていく。


「大好き」がそういう意味ではないことは、ちゃんと分かっている。でも、やっぱり好きな人から言われれば嬉しい。


「……言えてよかったな」


 雨上がりの空は、明るく広く、澄み渡っていた。


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