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8. 分からない心


「アーロン殿下、ご無沙汰しております」

「クリス卿、お久しぶりですね。特務小隊の隊長就任もおめでとうございます。早速活躍されているようで何よりです」

「ありがとうございます。さらに精進できるよう努めます」

「わざわざ挨拶に来てくれてありがとうございます」


 アーロンがにっこりと笑って、ルシンダを引き寄せる。


(あ、そっか……。クリスはアーロンに挨拶するために来たのね)


 そう思いながらアーロンの隣に立っていたルシンダだったが、クリスがその場でアーロンに頭を下げるのを見て驚いた。


「アーロン殿下、お願いがございます。次の曲をルシンダと踊らせていただけないでしょうか」

「──……分かりました。元々、二曲続けて同じ人とは踊れませんから」

「ありがとうございます」


 アーロンから繋がれていた手を離されたルシンダが、クリスのほうへ足を踏み出す。差し伸ばされた大きな手を取ると、クリスが柔らかく目を細めた。


「一緒に踊れて光栄だ」

「こ、こちらこそ……」


 やがて二曲目が始まり、人々が踊り出す。


 ルシンダも曲に合わせてステップを踏むが、緊張しているのか上手く体が動かない。


 クリスのリードが巧みなおかげで、なんとか見栄えよく踊れているものの、相手がクリスでなければ悲惨なことになっていたかもしれない。ただ、相手がクリスでなければ、きっとこんなに緊張することもないのだと思うけれど。


「すみません……。いつもはもう少し上手なはずなんですけど……」

「分かっている。大丈夫だ。これはこれで悪くない」


 悪くないとはどういう意味だろうか。

 明らかに今夜最もリズム感の悪い令嬢に違いないのに。


「そのドレス、ルシンダの瞳の色と同じでよく似合っている」

「あ……これはお母様が選んでくださって……」

「さすが公爵夫人はセンスがいいな。それに、ネックレスや髪飾りを見てもルシンダが可愛がられているのがよく分かる」


 たしかに今夜身につけているアクセサリーは、ランベルトが人気の宝石デザイナーに依頼し、最高級のブルーサファイアを使って作らせた特注品だ。


 ランカスター家にいた頃は、まだ未成年ということもあったが、自分の宝石を与えてもらったことなどないし、ドレスを新調してもらうのも、サイズが合わなくなってしまったときだけだった。


「ルシンダが大切にしてもらえていてよかった」

「クリスのおかげです。私にこんなに素敵な両親ができるなんて思ってもいませんでした」

「ランカスター家では苦労しただろう。両親が嫌な思いばかりさせてすまなかった」


 申し訳なさそうに謝るクリスに、ルシンダはふるふると首を振る。


「いえ、いつもクリスが助けてくれましたから。それに……ランカスター家の養子にならなければ、私は平民の孤児のままで、クリスはもちろん、ほかのみんなとも出会うことはなかったかもしれません。その点では、ランカスター夫妻にも感謝しているんです」

「……そうか」


 クリスの表情がわずかに緩む。

 ランカスター家では、やはり辛いことも多かったが、クリスが責任を感じる必要など何一つないし、負い目を感じてほしくない。


「だからもう、過去のことを気に病まないでください。私もクリスも、これからの人生のほうが長いんですから」

「──ありがとう。ルシンダは、いつも僕の心を救ってくれるな」


 静かな熱を宿した水色の瞳が、真っ直ぐにルシンダを見つめる。その真剣な眼差しにとらわれて、ルシンダも視線を逸らせない。息をするのさえやっとで、まるで自分の身体ではなくなってしまったかのようだ。


「そんなことは……」


 ごく小さな声でそう返したところで、二曲目の演奏が終わりを迎えた。


 ダンスを止め、クリスに触れていた手を離すと、魔法が解けたみたいに身体のこわばりがなくなった。


 けれど、自由になった両手に、何か物足りなさを感じてしまう。


(どうしてだろう。今までこんなことなかったのに)


 こうして胸が高鳴ることは、アーロンと一緒にいるときにもある。アーロンは綺麗な顔をしているし、ルシンダへの接し方が本当に丁寧で気遣いに溢れているため、照れてしまうのだ。


 でも、今クリスに感じているような名残惜しさを覚えたことはなかった。


(クリスと夜会で踊るのは久しぶりだから……?)


 ただ、それだけのことなのだろうか。


「ルシンダ、今夜は楽しかったよ。ありがとう」

「……あ、こちらこそ、ありがとうございました」


 クリスの挨拶で我に返る。

 ルシンダが返事すると、クリスは窓際のほうへと行ってしまった。


 もうダンスは踊らないのだろうか。

 美しい令嬢たちが、残念そうにクリスの背中に視線を向けている。


(よかった……)


 無意識にそう思って、ルシンダは驚いた。


 どうして、クリスがもう踊らないことをよかっただなんて思ったのだろう。


 どうして、他の令嬢とは踊ってほしくないだなんて思ってしまったのだろう。


(私、クリスのことを……)


 何かに気づきそうになったとき、すっと目の前に手が差し出された。


「ルー、次こそは僕と踊ってくれるだろう?」

「そうだね、今度はお兄ちゃんと一緒に踊るよ」


 案の定、ダンスを申し込みに来たユージーンだった。先ほどはクリスに割り込まれてしまったが、今度こそはと急いで来たらしい。ほんのり汗ばんでいる額を見て、思わず笑みがこぼれる。


 しかしすぐに何か嫌な気配を感じ、ルシンダはすばやく周囲を見回した。


(不審な人物はいない……。でも、何か聞こえる……?)


 ──ああ、やっぱりいたんじゃない……。

 ──忌々しい赤と黒……ナディアの色……。


(すごく禍々しい気配……。誰の声? どこにいるの?)


 憎しみのこもった低い女の声。

 さっきより気配が近づいている気がする。


(赤と黒って、お兄ちゃんの瞳と髪の色のこと……?)


 嫌な予感がする。

 ルシンダがユージーンに逃げるよう伝えようとした、そのとき。


 突如、目の前の空間が割れ、暗闇の中から一人の老女が現れた。


「お前のような存在、許してなるものか!」


 老女の両手から、真っ黒なもやのような何かが放たれる。


「お兄ちゃん!」

「来るな! ルー!」


 ユージーンがルシンダを突き飛ばして逃がす。そして、そのまま黒いもやに襲われそうになった瞬間──誰かがユージーンを庇うように覆いかぶさった。


 黒いもやは止まることなく、その人物の体内へと収まった。


 ()の頭上から、金色の王冠がすべり落ちる。カランと音を立てて転がった王冠の横に、彼もまた倒れ伏した。


 ユージーンが青褪めた顔で、自分を庇った人物に呼びかける。


「なぜですか! なぜ僕を庇ったのですか!? 国王陛下──……!」


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