Scene8 五度目の木曜日
もう気づいてるかもしれませんが、時間は流れます。そういうもんですからね。
ということで、描写しない木曜日もあるので、今回は彼女らの会合五度目をお送りします。
十一月も半ば過ぎ。店長が発注しすぎたお菓子も売り捌け、田所が何度目かの禁煙に失敗し、嫌煙家らしい例の新人に振られたり、私は母親に秋のセールに付き合わされたり。そうこうして、より一層冷え込みに拍車がかかったこの頃だが、気づけばあれから五度目の木曜日が訪れていた。
いつものように二十二時半頃にコンビニを訪れた彼女を追うようにして、二十三時過ぎに公園に向かう。
お決まりになったテーブルで、彼女は酒とつまみを広げていた。今回は期間限定のスナックと、ジャーキー、レトルトのシチューらしい。対する私はいつも通り簡単な食事と缶コーヒー。
彼女は私が公園に入って来たことに気づくと、大きな身振りで手招きを始める。相変わらず飲み始めてからのテンションの上昇が早い人だ。
「おそいぞー」
「いつも通りでしょうが」
適当に彼女を窘めるのもこれまたいつも通り。座る場所を確保してひとまず一服することにした。
「身体に悪いよ」
「酒もね」
間髪入れず言い返すと、彼女はふん、と大きく鼻を鳴らして酒を呷った。見たところまだ一缶目のようだが、すでに感情表現がストレートになっている辺り、今日も長丁場になりそうだ。
「私はフリーターだし、休みだからいいけど、カナさん明日も仕事でしょ。いつも言ってるけど、ほどほどにしときなね」
「……うん」
「『うん』て。子供かよ……やっぱ、そんな大変? 社会人て」
毎週こうして成人女性が公園で一人――今は私もいるが、酒盛りを繰り広げているのは、やはりストレスからなのではないかと推測する。
「なんで?」
心なしか少々トーンダウンした彼女。あまり聞かれたくないことだっただろうか。思えば初めて会話したあの道端でも、仕事の話が出た途端に表情が曇っていた。
「なんでっていうか……まあ普通にどんなもんかのかなって」
大学をリタイアしたとはいえ、社会に出る気がないわけではない。以前田所に言われたように、いずれはもう少し責任感のある立場に着くような大人になれるよう身の振り方を考えなければならないことも感じている。そんな感情も相まって訊ねたことだった。
「どんなもんってそんなざっくりと言われても……そーねー。どんなもんかなー」
カナは言葉を探すように、上半身を揺らしながら間延びした声をあげた。あっちにゆらゆら、こっちにゆらゆら。果てには視線まで随分と泳いでいる。そんなにも答え辛い質問だったか。
「……私はさ、大学出てからそのまんますぐ新卒で働きだしたんだよね。だから、今の瀬戸くんの歳には一年目」
ぐらついていた上半身を止め、椅子に深く座り直した彼女はぼそぼそと話し出す。普段の酔っている際の自由気ままな雰囲気は鳴りを潜めている。その様子に相槌さえ打つのを躊躇い、そっと目線だけを彼女に向けて黙って聞いていた。気のせいか、少し年上の友人のやや縮こまった背中が、私の目には迷子の女の子のように映る。
「入ったのはインテリアデザインの会社で、っていうとなんかお洒落な感じするじゃない? でも全然。他の会社とあんまり変わんない、上司は偉そうなおじさんばっかでさ。……でもムカつくことにやっぱおじさん達偉そうにするだけあって、すんごいセンスいいの」
笑っちゃうよね、おじさんのくせに。と続けるその表情が、何故か泣いているように見える。
「怒鳴られたり、お茶入れさせられたりとかしながらちょっとずつ仕事教えてもらって。気付いたらプロジェクトのチーフとかやらせてもらえるようになって……楽しかったな、あの頃は」
仕事の話を始めて小さくなった背中は、徐々に生き生きとした様子を垣間見せていたが、また少し縮こまってしまった。彼女は一息吐いて、緩慢な仕草でテーブルの上から飲みかけの缶酎ハイを手に取った。
「……まあ、とにかくなんだって初めての環境は大変なんだけど、やるべきことやって食らい付いていけばやりがいも楽しみも出てくるってこと! 分かったかい? 若者よ」
急にいつものカナに戻った少女は、年上面で妙に芝居がかった動きで私の鼻先を指さしてきた。
「うわ、急にテンション上げんのやめてよね。びっくりするから。あと人のこと指ささないでよ……」
と言いつつ、見知った顔に戻った彼女に、私は内心安堵していた。
「なに、真面目ぶっちゃって。そもそもちゃんと聞いてなさそうだった瀬戸ちゃんが悪いんじゃない! せっかく人が為になる話してあげてるのにさー? 罰として瀬戸ちゃんもなんか話してよ」
「なにその制度……」
互いの間に流れる空気感もすっかり戻ってきたところで、カナは二缶目に手を付けた。
「もういいよ、話してくれないんなら。どうせ瀬戸ちゃんは為になる話なんて持ってないだろうし」
失礼な言い草を受けたところで、胸ポケットに入れていたスマホから音楽が流れだす。昨日かけたアラームの設定が残っていたらしい。
「この曲たまに街中で聴くやつよね、流行ってるんだ?」
曲を止めるついでにアラーム設定をいじくっていると、カナが画面を覗き込んできた。
「なに、知らないの。動画サイトの広告なんかでも流れるじゃん」
「そんなもの見ないもの」
カナはとんと流行にとんと疎い。ほとんどテレビを観ないらしいけど、まあそれはある程度わかる。私だってあまりテレビを観る習慣はない。けれども、今時の流行ってるものくらいはSNSや動画サイトの広告やらで自然と見聞きする。
大体の人はそんなものだろうが、しかしながら彼女はそれに該当しない。そもそも彼女はガラパゴス携帯ユーザーだった。
携帯なんて電話とメールさえ出来れば十分よ、というのが彼女の弁だが、それならこちらがスマートフォンを操作しているとそわそわと覗き込んでくるのいかがなものか。
「ほら。これだよ、これ」
動画を観せると「ふぅん」なんてどうでも良さげな声を上げつつ、視線は画面に釘付けだ。
「この子たちが歌ってるんだ。もっと女性アーティストって感じのグループかと思ったら、アイドルソングなのね、意外」
「最近のアイドルソングは別にきゃぴきゃぴしてないのも多いんだよ」
無駄に人数の多いメンバーが目まぐるしくポジションを入れ替えるライブ映像を眺め、「ほお」「おお」とほとんどが二文字で構成された歓声らしき声が、若干開かれた口元から漏れ出ている様子が面白い。
「そんな楽しんでんならカナさんもスマホにすりゃいいのに」
「いらないよ、私はこれで十分」
ポケットから取り出したガラケーをひらひらと振るカナ。ぽん、と間抜けな音と共に俺のスマホ画面上部にメッセージが表示された。
「あ、ちょっとごめん」
動画を一度止め、メッセージアプリを開くと、大学を辞めた後も唯一未だに付き合いのある友人だった。「いまから飲まない?」という誘いに、断わりの文面を打ち込む。
「……やっぱり、私はこれで十分だなぁ」
「なに、使えばすぐ慣れるもんだよ。フリック入力とかも」
「そうじゃなくて。こういう強制的に誰かと繋がらされるアイテムって、なんだか煩わしいなって」
これで十分、と再び呟くカナ。どこか自分自身に言い聞かせるような物言いが気にかかる。
「そんなのガラケーだって変わんないでしょ」
確かにスマートフォンの方が簡略的な連絡ツールも多いが、ガラパゴス携帯にも通信機能はある。
「簡単に連絡が取れるって、その分簡単に断れない気がしない? どうして連絡をすぐ返さないのかとか、そんな話よくあるじゃない」
こういう時、カナは酔っぱらいの癖になんだか理路整然と話す。それが筋の通った話かは置いておいて、ともかく実にもっともらしく話すのだ。
「便利なことって、なんでも良いことに繋がるとは限らないものでしょう。皆が使ってるツールに合わせた方が効率的だからって、自分に大して必要のないものを持つ必要は無いわ。私にとって、スマホはそういうものなのよ」
言い終わって、彼女はゆっくり頷いた。変わらず自答のような口ぶりに、私はただ生返事をするだけだった。
「そういうもんか」
「そういうもんなの」
わかったような、わからないような。私の曖昧な返事を満足げに繰り返す彼女を眺めて、すっかり冷えてしまったコーヒーを啜った。
既読無視って言葉はLINEの普及してからの言葉ですから、言葉界においては相当な新参者ですよね。なんの話だ。
次回、またカナさんが落ち込みます。




