Scene7 大人しくしてればいいのに
また例のプロローグの彼女ですね。本当に誰なんでしょう(すっとぼけ)
アラーム音が鳴る。意識はすんなりと浮上し、緩慢な仕草で携帯を手に取ると目覚ましを解除した。
最近はどうも目覚めが良い。やはり人と会話するのは人間において重要なことなのだとぼんやり考えた。
二十三歳の頃、私は丁度大学を出て勤め出したばかりだった。慣れない仕事に食らいついて、いつも帰宅すると泥のように眠っていたことを思い出す。
あのコンビニ定員――瀬戸は、如何にも今時の子といった感じで、どこか無気力そうに見えて器用な雰囲気だ。いや、卒なく見えて不器用なのだろうか? どちらにせよそういった二面性を持ち合わせている。
生憎そう酒に弱いわけでもない私は、木曜夜の醜態をすべて覚えている。初めて公園で会った日から、瀬戸は毎週私と食事を共にしてくれるようになった。
「女の人が一人で飲んでて、なんかあったら目覚めが悪いから」というのが彼女の弁だが、なんだかんだ人が良いのだろう。もっとも女二人では何かあったところで太刀打ちできるかは怪しいが。
昨日で三度目の会合だったが、彼女は終始眉を顰めていた。
「どうしたの?」と私が尋ねると「なんで私は毎週ここに来るんだろう」なんて言い出すものだから、つい笑ってしまった。
良い人だから、などと言った日にはへそを曲げて来てはくれなくなってしまうかもしれない。そのため私がそれを茶化して彼女は溜め息を吐いて、というのを繰り返すことになる。
彼女には対しては言わないが、私は随分と救われているのだ。
義母から時折掛かってくる煩わしい電話や、ほとんど帰って来ない夫について。外出も最低限に控え、日中は家事を終えて本を読むばかりの日々において、瀬戸ちゃんは貴重な話し相手だった。
年も立場も違うというのがこれまた良い。同い年ではきっとこんなにも素直に自分を出せなかっただろう。数か月前に行った同窓会を思い浮かべる。
三十手前の今、同級生の半数は未だにバリバリと働いているし、私と同じように結婚していても子育てに勤しみ忙しい毎日を過ごしている母親達も、私にとっては共感が抱けなかった。
それに対して、彼女はそもそも自分と全く違う人間であるからして話していて心地よかった。
全く話が通じない程年齢が離れている訳でもなく、かといって自身のプライドを刺激するように比べるところがある程近くは無い。
本当に丁度良かった。こんなことを言うと彼女はまた眉を顰めるかもしれないが。
彼女は大学を中退しているらしく、時折眩しそうな目でこちらを見てくる。私が社会人として働いていると勘違いしているらしかった。深くは聞いてこない――正確に言えば私が踏み込ませないのであるが、瀬戸ちゃんと話している限り、私はバリバリと働く、仕事に熱心ないつかの私へ戻れるのだった。
今までの彼女とのやり取りを思い出し、笑みが零れる。
こんな風に自尊心を慰めるように彼女を使うのを申し訳なく思いつつ、けれども心休まる相手として、年下の友人を思い浮かべた。
カタン。
小さな音が鼓膜に触れた。途端に背筋を朝の冷気が撫でていく。
化粧台の椅子に掛けておいたカーディガンを羽織り、寝室を出てそっと階段を下りていく。心なしかいつもより大きく階段が軋む気がする。
「…………」
軽く一階を見渡すが、誰もいなかった。キッチンの流し台には水に浸かった青いマグカップがあった。
あの人のものだ。コーヒーメーカーに触れると、まだ少し暖かい。先ほどの音は玄関を閉めた音だったのだろう。
昨日私が帰った時はいなかったので、明け方に一度帰ったようだ。
ランドリーバッグにはワイシャツなど、いくつか夫の衣類が入っていた。着替えも取りに来たらしい。
分類されずに無造作に放り込まれた洗濯物に、相変わらず家事に疎いことが伺える。どうせ外で過ごすならこのくらい学んでくれれば良いものを。
ランドリーバッグから取り出した服は、この季節も相まってあまり臭わない。代わりに知らない洗剤の匂いが残るそれを、洗濯機の中へ放り込んだ。
「顔を合わせる勇気もないなら、大人しくしてればいいのに」
まさかカナさんだったとは予想外でしたね。
「そんなもん知っとらぁ!」という江戸っ子じみたツッコミは受け付けます。
にしても本当に酔っ払ってる時とのテンションの差がえぐい。温度差で風邪引きそうですね。




