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冬になって晴る  作者: やつはし
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Scene3 母は朝からよく喋る

母と瀬戸ちゃんしか出てきません

 目が覚めると、とん、とんと規則的な音が聞こえてくる。階段下から聞こえるそれはどうやら母が包丁を使っているようだった。

 昼食でも作っているのだろうか。意識がはっきりしてくると美味しそうな匂いまでする。魚を焼いているらしい。

 ぐう、とだらしのない音が腹から聞こえた。


「……単純だな」


 偶には出来立ての飯にありつくのも悪くない。寝巻のまま階段を下りていく。


「あら、珍しい。あんたがこんな時間に起きてくるなんて。今日は洗濯物外に干すの、やめにしようかしら?」


「え、いま何時?」


「八時半よ」


 昨日は帰宅したのが日を跨ぐ少し前ほど。そこからすぐ寝たにしてもいつもよりは睡眠時間が少ないはずだが、妙にすっきりと目が覚めたものだ。


「母さんこそ、朝飯もっと早いでしょ。珍しい」


「昨日は野球中継が延びたから、いつも観てるドラマが終わるの遅かったのよ」


 ふーん、と軽い返事をしながら、母としっかり会話をしたのなんていつ振りだろうかと考える。


「朝ご飯なに」


「焼き鮭と昨日の残りの麻婆豆腐、あと納豆と味噌汁ね。あ、なにあんたも食べる? そしたら鮭もう一匹焼くわね」


 慌ただしく冷蔵庫へ向かう母。


「いや、いいよ、わざわざ。母さんだけ食べなよ」


「なに遠慮してんのよ。いいのよ、あんたが朝ごはんに起きてくるなんて珍しいんだから」


 うきうきとした顔で鮭を焼きだした。その背を見つつ、テーブルにつく。

 朝飯をちゃんと食べるのは、いつ振りだろうか。母との会話も合わせて、今日はずいぶん健全な一日になりそうな気になってくる。

 久々にツーリングにでも行こうか。


「そういえば、昨日なんかあったの?」


「え?」


「だってなんか、ご機嫌だったじゃない? 放っとけばスキップでもしそうだったわよ」


「それこそ放っといてよ……」


 なにを言い出すかと思えば、勘弁してほしい。昨日あったことなんて、それこそ例の客と話したくらいなのだから。そんなことで浮かれていたなんて思いたくない。


「あら、そうね。そのまま放っておけば見れたかしら。スキップ」


「ちがうって、『ご機嫌ね』とか言ってくんなってことだよ! だいたい、そんなんじゃないから」


 ふぅん? なんて言いながら、やや腹の立つ顔でこちらを見てくる。こういう時の母は碌なことを考えてない。


「はい、好きなだけよそって」


 受け取った茶碗に、適当に米を盛り付け、洗いかごに入りっぱなしだった自分の箸を取り出す。更に取り皿を戸棚から出したり、温め終わった麻婆豆腐を配膳したり、そうこうしているうちに魚も焼きあがったらしい。


「じゃ、食べちゃいましょ。いただきます」


「……いただきます」


 湯気の立ちのぼる鮭に箸をさし入れ、骨に沿って身をほぐす。適度に白米の上に乗せて口元へ。程良い塩気が更に食欲を誘う。それを落ち着かせるように味噌汁で流し込み、ほっと一息つく。


「美味いね……なに、変な顔して」


 目をまん丸くして瞬きをし、妙に訝しげな顔をする母。変な顔だが、久々にまじまじと母の顔を見た。少し皺が増えたかもしれない。


「だって、あんた。朝起きてきた上に、朝ごはん食べて『美味いね』なんて言うもんだからびっくりしちゃって。変なものでも食べたんじゃない?」


「ここ最近母さんのご飯か、うちの店の廃棄だけ」


「そ。ならへーきそうね。で、今日の予定は?」


「昼はいらない、ツーリング行ってくるから。晩ご飯は家で食べるから」


 そう。とだけ母は言って、互いに食事に集中することにした。

 かちゃかちゃと小さく食器の音が流れる。


「……御馳走様」


「はいはい。お粗末様」


 食器を流し台に付けると、母がお茶を入れてくれた。


「ありがと」


 母は軽い返事をして、化粧台の方へ向かった。


「母さんもどっか行くの」


「……ホントに今日は珍しいことばっかりね。そんなこと聞いてくるなんて。今日はジムに行くの」


「ジムなんて行ってたっけ」


「あんたがどれだけ私の話を聞いてないか分かったわ」


「…………」


 黙って茶を啜る。

 確かに話し好きの母の言葉を聞き流すことは、しばしばあるのは否めない。

 けれども偶然とはいえこうして目が覚めて、顔を見合わせて。こういうのも悪くないなとも思う。

 それに、まじまじと陽の光の中で母を見て、これからはもう少し母との時間を作るべきかもしれないという想いに駆られた。活動的な母ではあるが、何があるかわからないのは父の時に思い知ったのだから。

 茶を飲み、一度準備のため自室へ戻り、ものの五分ほどで荷造りを終えた。


「母さん、洗濯物まだなら縁側、いい?」


「ああ、煙草? いいけど、ほどほどにしなさいよー」


 父も食後に縁側で吸っていたことを思い出す。気付けば自身が喫煙するような年になって、父と同じ場所で同じ銘柄を吸っていると思うと、亡くなってから中々の時間が経ったなと思う。なるほど、母も老けるわけだ。

 化粧を終え、洗い物をする母の後ろ姿を見て、少し小さくなったように感じた。


「……よし、そしたらちょっと回覧板持ってくから、あんた出る時私まだ帰ってなかったら戸締りよろしくね」


 おそらくそのまま井戸端会議が始まるのは容易く想像出来る。


「いってらっしゃい」


「はいはい、あんたも気を付けるのよ」


 ぱたん、と扉が閉まる音がして、家の中は一気に無音に包まれる。

 庭を眺め、二本目に火をつけた。

 やはり自分はあの人と会って、なんだか少し浮かれていたのかもしれない。

 普段目覚めないような時間に起きて、きちんと朝食をとって、母と会話して。ましてやこんな時間からツーリングに行こうとしている。ほんの少しの会話だったが、ずっと気になっていたことが解消されたからだろうか。妙に気分がいい。

 ヘルメットを磨いて、バイクブーツも偶には磨いてから出掛けようか。


「いってきます」


 この日は気分がいいついでに、誰も居ない家へ挨拶して出掛けた。

母は山中さんの話ばかりしますが、別にそこのカップリングはないです。

次回はもう一人のヒロインも出したいですね。

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