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冬になって晴る  作者: やつはし
18/20

Scene17 告白

○○、告白するってよ

 木曜に公園で会うようになってから、こんなことは初めてだった。先週見た、泣いているような彼女の笑顔を思い出す。自然と足は公園へ向かっていた。


 公園の前まで来ると、住宅街の静けさも相まって人の気配が全くしなかった。あの調子外れの歌声も聞こえない。妙な取り越し苦労をしてしまったらしい。


 来ないなら来ないで言ってくれればいいのに、なんて思ったが、私たちは互いの連絡先など知らない。いつも通り来て、ただ飲んで。喋って帰る。それだけだったし、それで十分だった。そのはずなのに、こんなことを思うのは筋違いだろう。ひっそり苦笑が漏れる。

 けれどもせっかく来たのだからと、いつも通り一服してから帰ろう。そう思って公園内へ足を踏み入れた。


「……あれ」


 テーブル席に、誰かいる。暗がりであまりよくは見えないが、どこか見慣れた雰囲気に確信する。間違いなく彼女だ。


「カナさん、なにして……?」


 テーブルの上にはいつもと違ってサイズの大きい缶酎ハイの空き缶がいくつか転がっていた。普段は本数こそ飲んでも小さめの缶なのに。

 俯いていた彼女は、私の声に反応してゆっくりと首をもたげる。


「……瀬戸ちゃん?」


「うわ、なにしてんですか! びっくりした。店にも来ないし、こんな……」


 言っている途中で、彼女の目元が光っているのが目につく。


「なんで、泣いてるんですか……なんか、あったんですか」


 小さく首を振る。


「仕事で、嫌なことがあったとか」


「ちがう」


「なら、シンプルにミスしたり? それなら私も発注ミスったりするし」


「ちがうの!」


 まるで小さな子が嫌々と首を振るように、カナは取り乱した。その間も瞳からはぽろぽろと真珠のような涙が零れていく。


「……全部、違うのよ」


 見たことのない様子に、何も言えず立ち尽くすばかり。なんと言うべきなのか、そもそも何か言うべきなのか。フリーターに何か言われた程度で気の晴れるようにはとても見えなかった。


「私ね、ほんとはただの主婦なの……ううん、それももうすぐ、そうじゃなくなるんだけど……」


「……そう、なんだ」


 唐突な告白に、やはりどうしていいかわからず、そんなことしか言えなかった。いつかと同じくまたしても黙り込んでしまう私を、彼女は手招きをして自分の横へ座るように誘う。

 それからカナは、ぽつりぽつりと、時に嗚咽し、声を震わせて自身のことを話した。


 夫のこと、義母のこと、夫が浮気していたことと。浮気相手が妊娠して、もうすぐ離婚するだろうこと。

 そして、本当は三年前に仕事を辞めていること。


「私、君に買い被られてるなんて先週言ったけど、本当はそれが心地良かったの。君の思ってる私って、きっと今の私なんかより頑張ってた……輝いてた時の自分だったから」


「そんなこと……」


「ううん、そうなの。そうやって勝手に救われて、浮かれて……ふふ、夫にはお前も浮気してるんだろうなんて勘違いされちゃった。腹立つよね、自分のこと棚に上げてさ」


「……」


「私なんて、別に年下の女の子と夜の公園で飲んでるだけなのに。いや、それもどうかと思うんだけど」


 話をしているうちに落ち着いてきたのか、カナは笑いながら鼻を小さく啜った。どう見ても空笑いだった。


「なんでこうなっちゃったんだー、とか。いろいろ考えたんだけどね。でもやっぱわかんなくって。何が悪かったんだろうね?」


「そんなの、旦那のせいに決まってるじゃん」


 カナは目を瞬かせた後、眩しそうに目を細めた。それを見て先程まで出てこなかった言葉が、堰を切って流れ出る。


「仕事もなんもかんも取り上げて、それで浮気なんて、そんなん……そんなんさ! カナさんに、どこに悪いことがあるんだって……」


 カナの濡れた瞳が、青臭いガキを見る目だとすぐにわかった。夫婦の問題にフリーターの若造が何を言ってるのかと、自分でも恥ずかしかった。恥ずかしかったけれど、止まらなかった。


「大体カナさんは、もっと……もっと言いたいこと言えば良かったんだよ! 私に無茶ぶりするみたいに、遠慮とかそんなん全部取っ払って、全部……なに笑ってんの」


 先程まで泣いたはずのカナは、くすくすと肩を揺らしていた。


「ふ、ふっ……だって、だっていつの間にか私が怒られてるし。それに」


 言葉を止めて、カナはまた眩しそうに私を見る。


「なに……!」


「だって、君が泣いてくれてるから。嬉しくて」


 そっと頬に触れられた。言われて初めて、カナの手に重なるように自分の頬へ手をやると、確かに濡れていた。


 いつから泣いていたのか見当も付かない。また恥ずかしさがこみ上げて、触れられたことに相まって心臓がうるさく感じられる。カナが慈しむように私を抱きしめた。


「え……なん」


「ありがとう」


 なにそれ、と声にならないまま口を動かす。

 それから数度「ありがとう」と言うと、カナは勢い良く立ち上がった。


「私、今日瀬戸ちゃんが来なかったら、もう二度と店にも行かないし、ここに来ないつもりだった……あ、その何言ってんだって顔、やめてよね。真剣だったんだから」


 一呼吸おいて、カナがこちらへ向き直り、もう一度強く抱きしめられた。またあわあわと私が情けなく口を開けている間も、彼女は言葉を続けた。


「本当に、ありかと。君と会えたら、私ちゃんとこれから頑張ろうって思ってたんだ。どうせ別れたら一人で暮らしていかなくちゃいけないけれど、俯かないで、めそめそしないで頑張ろうって思えるのは、全部瀬戸ちゃんのおかげ」


 だから、ありがとう。

 そう口にして、カナは離れた。

 私はやっぱり何も言えなくて、ただそれに頷いた。しばし静寂が訪れる。


「……これから、どうすんの」


「どうしようねー」


「どうしようねって、あんたね……」


 カナはまたふふ、と少女のように笑う。


「とりあえず、さっさと別れちゃおうかな。夫とも、これからのこととか色々と話さなきゃだし」


「そっか……あのさ」


 うん? とカナは首を傾げた。

 本当は、自分の思いをぶちまけてしまいたかった。

 本当は女が好きなんだと、確かに貴女は浮気なんてしてなかったけど、私は浮ついてしまっていたと。


 けれども、私との関係に救われていたという彼女の思いに水を差すようで、結局何も出てこなかった。それでもただ伝えたかった言葉だけが、絞り出されていく。


 余計な世話かもしれないけど、と前置きを付けて、私は自分の気持ちを抑えたままに口を開く。


「旦那に会ったら、全部言ってやんなよ。思ってること、全部さ」


「うん」


「そんで、あんまよくわかんないけど、ちゃんと慰謝料とか、ぶんどって」


「ふふ、そうね」


「カナさんがこれから踏み出すのに、もう何も心残りないようにしてよ」


「……うん」


 しばらく、二人で向き合っていたが、カナが小さく身体を震わせたところで、今日はお開きにしようということになった。随分長いこと外にいたからだろう、冷えてしまったようだ。


「そういえば、カナさんこの辺じゃないんでしょう。私送ってくよ」


「え、悪いわよ。それに、ヘルメットもないし」


「あー、そっか……いや、待って。大丈夫かも」



 ちょっと待ってて、とカナを置いて急いで店に戻る。


「いらっしゃ、なんだ瀬戸。どうした?」


 レジにいた田所を捕まえ、すぐに家にヘルメットを取りに行かせた。

 目を白黒させていたが、先程の貸しを早速返して貰うことを伝えると首を傾げながら走っていった。


「ごめんね、彼氏パシっちゃって」


「いえ、まだ……それになんかお急ぎみたいですし」


 新人さん、もとい田所の恋人(仮)は大らかそうに笑った。十分と掛からず田所が戻ってくる。どうやらちゃんと走って往復したようだ。


「返すのは今度の出勤でいいから。急いでんだろ」


 細かいことは聞かない田所に礼を言って公園へ駆け戻った。カナは言いつけた通り待っていてくれた。



「どうしたの、それ」


「先輩に借りたんだ。これで大丈夫でしょ」


 カナを連れ立って駅へ向かう。

 思えば公園や店以外で彼女といるのは、初めてこの道で話した時以来だ。

 特に会話もないまま、駅前の駐車場へ着く。足を乗せるスタンドや、後ろに乗る時の注意を伝え終え、行き先を尋ねた時だった。


「……あれ、それ私の家の近くだよ」


「え、本当?」


 カナの家は、母が噂していた若夫婦の家だった。

 おめでたかも、なんて、山中さんの噂も信憑性がいよいよ疑わしいものだ。もっとも噂話などその程度なのだろうけど。

 二人して顔を見合わせると、どちらともなく噴き出した。


 乗車の準備を終え、発進する。

 バイクの後ろに乗るのは初めてというカナに気遣って、なるべくゆっくりと走行した。

 密着する身体に、先程抱きしめられた時の温もりが思い浮かぶが、どうにか運転に集中する。

 とはいえたったの数駅であるため、あという間に家の前まで着いてしまった。


「……はい、着いたけど、降りられる?」


「うん……っと、大丈夫。ふふ、バイクって気持ちいのね。でも明日になったら変なとこ筋肉痛になりそう」


「たぶん内腿がね。初めてだとそんなもんだよ。慣れてくるともっと遠出しても大丈夫になるけど」


 カナは伸びをしたり、ヘルメットで崩れた前髪を直したりと忙しそうにしている。


「……今日さ、昼間ツーリングに行ったんだ。今乗ったよりはもうちょっと掛かるけど、綺麗な公園」


「そう……」


 カナは、忙しない動きをぴたりと止めた。私の話が要領を得ないからか、首を傾げている。


「全部終わったらさ、お祝いしよう。カナさんも連れていきたいなって思ったんだ……だから、その」


 カナは黙ってヘルメットを私の膝の上に置いた。

 返事がないことに不安が膨らみ、徐々に言葉が萎む私の顔を見て、カナはいたずらっ子のような顔で笑う。


「楽しみにしてる」


 またね。と手を大きく振ると、颯爽とカナは自宅へ入った行ってしまった。

 ぽかんと口を開け見送ったが、その元気そうな様子と先程の返答を思い出してほっと一息つく。

 あの様子なら、きっともう大丈夫だろう。

 私は安心して帰路に着いた。


いよいよだいぶクライマックスですね。

ついにハグまで来ました。でも二人共互いへの想いはまだまだ友愛寄りですし、いつになったらもっとイチャコラしてくれるんですかね。

あと二話で第一章は完結です。

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