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冬になって晴る  作者: やつはし
17/20

Scene16 やるじゃん田所

タイトルからもわかるように、田所メインです今回は。

あともう皆さんお気づきでしょうが、私のタイトルの付け方はだいぶてきとうです。

 家から一時間ほど走らせるだけで、思ったよりも自然の多いところが見つかるものだ。十二月に入ったばかりで、まだちらほらと色づいた葉が残っている。今年の秋は短かったからかもしれない。

 バイクを止めて、随分しっかりした遊歩道もある大きな公園を少し散歩する。湖なんかもあって、空気が気持ちいい。ゆっくり深呼吸すると、澄んだ空気が肺に流れ込む。

 こういうところでおでんを食べるのもいいかもしれない。もっともあの人は、どこで酒盛りしようが関係ないだろうが。それより、こういう大きな公園では深夜の飲酒にも厳しいかもしれない。


「……いや。いやいや」


 何故一緒に来ることが前提なのか。向こうの都合もあるだろうに。急な独り言を呟いた私に、すれ違ったウォーキング中らしき中年女性に訝しげに見られてしまった。

 これではいつかのように不審者じみている。気をつけなければ。

 湖の周りを軽く歩いて、バイクへ戻った。道中何があるやもしれないことだし、遅刻しては困る。駐車場横の喫煙所で一服して、早速向かうことにした。


 危惧したように少し道は混んでおり、駅に駐車してから店についたのはいつもより少し遅い時間だった。


「お疲れ様、瀬戸君いつもよりゆっくりだね」


「ちょっとツーリングに行ってたんで」


「あー、いいねぇ。僕も若いころはよく行ったもんだよ」


「いいですよね。そしたら一服行ってきます。すぐ戻りますんで」 


 店長はまだ少し話したがっていたようだが、切り上げて裏へ向かう。申し訳なくはあるが、こちらとしても勤務前に出来れば吸っておきたいのだ。夕勤の時は途中休憩もないわけで、今行かなくては業務後までお預けとなってしまう。

 店の裏手では田所がすでに煙を燻らせていた。


「おお、お疲れ。今日は遅いな」


「それ、さっき店長にも言われました。お疲れ様っす」


 二人黙って、煙草を吸う。先に口を開いたのは田所だった。


「そういや俺、受けることにしたわ」


「え?」


「社員試験。いつまでもフリーターやってらんないしな」


 そう言って、田所は照れ臭そうに鼻の下を擦る。


「あ、別にお前にプレッシャー与えるわけじゃないぞ。俺のが年上だし、そこはフリーターって言っても重みが違う」


 四捨五入したら三十だしな、と笑いながら、田所は続ける。


「お前も例の話、考えといてな」


 言うだけ言って、さっさと店へ戻って行ってしまった。


 例の話というのは、バイトリーダーの件だろう。

 煙を肺に入れ、吐き出しと繰り返しながら考える。彼に初めてそう言われてからずっと頭の片隅には入っていたことだった。

 いつまでもフリーターではいられない。先程田所も言っていたことだが、私もずっと二十代なはずはない。人間そう簡単に突然変わることができないことは、最近自分でも実感していた。

 デリカシーのない母なんかは、働きたくなければ結婚でもしろと言いそうなものだが、こちとら何年も男にときめいたことなどないし、今後も多分ない。恋人すらいない独り身の私が、いずれ母も居なくなってしまった時にどう生きていくのか。

 そこまで考えるほど重たくは考えたくないが、バイトリーダーになるのは変わり始めるきっかけとして悪くないかもしれない。もっとも、田所が試験に受かってからの話であるが。


「瀬戸くーん、もう時間になるよー」


「あ、やば」


 店長の声に慌てて店に戻る。こんなことではバイトリーダーなんて言ってる場合じゃないな、と苦笑しつつ、早速レジへ入るのだった。



「あの、すいません」


 レジ対応も終え、細かな業務も粗方片付けてしまい惚けていると声を掛けられた。


「はい……あれ、新人の」


 振り返った先には田所お気に入りの新人の女の子がいた。


「どうしたの?」


 慣れていない相手だと、どうにもぶっきらぼうになってしまうことが多いので、なるべく優しく言ってみる。


「あ、いえ。もう交代の時間なので」


「あれ、山田さんじゃなくて君なんだ。もう夜勤一人で入るようになれたんだね」


 もともとやや無理に都合をつけてシフトに組み込まれていた山田の穴を埋めるべくアルバイト募集はかけていたようだったが、こんなにも入って早々夜勤を任せても平気とは、随分しっかりしているんだなと思った。


「いえ、今日は田所さんも一緒に入ってくれるんです。初夜勤なので」


 そう聞いて辺りを見渡すが田所の姿は見えない。不思議に思っていると、彼女は補足した。


「でも、さっき電話があったみたいで、なんか慌ただしく出てっちゃったんです。だから、瀬戸さんに一時間頼むって……メッセは入れたって言ってたんですけど……」


 言われて、少しレジを外しスタッフルームへ戻り確認すると、確かに田所からのメッセージが入っていた。


『すまん! 財布落としてたみたいで、駅前の交番に届いてたらしい! 身分証も全部その中だから、証明できそうなもの家に取り行ってから交番行ってくるわ。一時間くらいよろしく。今度煙草買ってやるから許してな!』


 所々ふざけた顔文字も入れられて、全く申し訳なく思ってなさそうな文面だ。先程の新人さんの方がよっぽど心苦しそうだった。

 溜息をどうにか飲み込んでレジに戻ると、新人は所在なさげに突っ立っている。


「メッセ届いてたよ。そしたらよろしくね」


「なんか、すみません」


 眉を八の字にして身を縮こませる姿に、なんだかこちらの方が申し訳なくなってしまう。


「いや、別に気にしないでよ。悪いのは田所さんなんだし。ほんとああいうところあるんだから」


 極力明るく茶化してみるが、何故か彼女はさらに声を小さくして謝ってきた。


「たぶん、田所さん昨日財布落としたんです。私が終電に遅れそうなの慌ててたから、バタバタしてたし……」


 これは、そういうことなんだろうか。彼女も田所も、昨日はシフトではないはずなのに、バイト先以外で会ってるとは。

 一度振られたはずだが、やるな、あの人も。

 私が気づいたことを察したのか、心なしか頬を赤らめ、彼女はまた「すみません」と呟いた。


「本当、どうしようもないとこあるけど、いい人だよね」


「……はい」


 田所のことを彼女もしっかり好意を寄せているようで、なんだか自分のことのように温かな気持ちになる。さてはあの人、それで社員試験を受けることにしたのか。遅れた代わりに後で目一杯からかってやることにしよう。せっかくの木曜日だが、遅れてしまう詫びにカナに土産話ができた。


 けれど、今日は遅いな、もう二十三時とっくにを過ぎているのに。そんなことを思いながら、夜勤での注意やアドバイスを新人へレクチャーした。

 共通の話題になる田所の過去のくだらない出来事を話していると、どこか彼女の表情に曇りがあることに気がついた。


「……あ、ごめん。迂闊だった」


思わず口から出た言葉に、きょとんとする新人。


「ごめん、田所さんとは確かに馬鹿話したり仲良くさせてもらってるけど、君が思うような関係は全然ないから」


「え……っと、ごめんなさい。なんか顔に出ちゃってましたかね」


気まずそうに目を伏せる彼女に慌てて声をかける。


「いや、違うの。全然そういうのじゃなくて!単純に付き合いたての彼氏と親しい女って嫌だよなって思って」


 すると今度は彼女が慌てて声を上げる。どうやらまだ付き合ってはいないらしい。少しでも安心してもらえるように、田所とどうこうならない根拠を伝えると、彼女はやや目を丸くしたのち安心したように「そうなんですか」と口にした。


「偏見とか、ないんだ」


「友達にもいるので……。田所さんもそういうの気にしなそうだし、だからお二人仲がいいんですね」


 柔らかく微笑む様子に、女を見る目だけはあるんだなと心の内に頼りになる先輩を思う。

 客がいないことも相まって、そこからはまた田所の話をしたりなどした。彼の為人がわかるようなことを聞くたびに新人はころころと笑った。


 田所が現れたのは結局一時間と少し経った頃だった。


「いやー、すまんすまん。今度なんか奢るわ。あ、いつも買ってくおでん、今日は俺が買うんでどう?」


「まあいいっすよ、今日は一つ貸しってことで。もう遅いですから。それに、面白い話も聞けたし」


 彼女の方へ目配せしてから田所を見つめると、赤くなったり青くなったりと忙しそうにしていたので、「今度根掘り葉掘り聞くんで」とさっさと帰ることにした。せいぜいデートだか仕事だかをわからない時間を過ごせばいい。


 随分遅くなってしまっていた。スタッフルームの壁にかかる時計はすでに日付を跨いでから三十分が経っている。

 結局カナは来なかった。今日はもう公園にもいないのだろうか。カナの来ない木曜日は初めてで、随分と落ち着かないのであった。

おめでとう田所!もはや準主役のような顔をしていますね。

さて、カナの賭けは成功するのか。ドキドキですね。

次回更新は眠くなってしまったので明日です。

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