Scene14 母のソースは大体山中さん
待望のお母さんと山中さんですよ、良かったですねみなさん。
「そういえば、前言ってたあそこのご夫婦、おめでたなのかもしれないのよ」
母の噂話は、これまた唐突に始まった。何故一定の年を重ねた女性というのは、他人の些末事にこうも興味津々なのだろうか。
「……それで?」
とはいえ最近は母のこういう話にも多少は耳を傾けてきた。ひとまず聞いてやることにする。
「駅前の産婦人科に奥さんが入ってくのを、山中さんが見かけたんですって。いいわねぇ、あれくらいの若いご夫婦ならその親御さんだってそんなに年食っちゃいないだろうし。私も若いうちにおばあちゃんになって『ええ! お母さんだと思いました』なんて言われたいわねー」
どういう羨ましがり方をしてるんだ。大体もうそんなに若くないだろうに。そもそも私は結婚なんて欠片もする気がないのに、この人はまた。
最近油断していたいずれは結婚してほしいアピールにげんなりする。
「その山中さん情報シリーズ何なんだよ……」
その後も母は一頻り孫だの結婚だのと耳の痛くなるような話を、いつものマシンガントークで話すだけ話して満足したのかさっさとジムへ出かけてしまった。
我が子が異性愛者でないことを察していてくれているのではという予想は全くもって儚かったようである。
溜め息をつきながら見送ったが、あれは母なりのプレッシャーなのだろうか。とはいえ結婚どころか、恋人の気配すら醸し出さない我が子にどういう圧の掛け方なんだか。
一緒に過ごす相手なんてあの人くらいだがと、一瞬頭に浮かんだカナが、けらけらと可笑しそうに腹を抱えている。想像の中でまでおちょくってくるなんて。今日会ったらおでんの一つでも強奪してやろうか。
そんなことを考えながら、庭の中央へバイクを押してきた。
ここ数日雨上がりに通勤で使ったこともあったため、今日は愛車を磨いてやることにしたのだ。今まではそこまで気にしていなかったのだが、最近父を思い出すことが多かったことも後押しした。
元々は父の愛車だったのだ。通勤などには使っていなかったが、休日の早朝によく乗りに行っていたようだった。小学生の頃はよく後ろに乗せてくれとせがんでいたが、その度「中学生になったらな」といなされていた。中学に進学してすぐ、一度乗せてもらったっきり。部活だなんだと忙しくなり、そのまま反抗期に突入してしまったため、最初で最後のツーリングだった。まだ日も登り切らなない時間では、朝露が含まれ澄んだ空気が気持ち良かったのを覚えている。
父が亡くなってしばらくは、ガレージの中で埃をかぶっていたが、高校を卒業したころに免許を取って、引っ張り出してきた。久々に見た父の愛車は、カバーにしっかり包まっていたおかげで記憶通りの輝きのままだった。
「おーし、しっかり磨きますかね」
車体に飛んだ泥を、丁寧に一つ一つ拭っていく。冷える両手を度々擦り合わせながら、作業を進めること数十分。
車体は日差しの中で綺麗に照らされている。その様子に満足し、しばらく眺めながら煙草を燻らせていた。
せっかく磨いたのだから、最初に使うのが通勤ではなんだか勿体ない。今日は早めに出てツーリングをしてから向かうことにする。まだまだ午前中といえる時間だ、どこへ行こうか。
早めの昼食を取りながら、近場の景色の良さそうなスポットを検索することにした。
だいぶ瀬戸ちゃんは前を向いてきましたね。一方カナさんはどうしているやら。