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冬になって晴る  作者: やつはし
12/20

Scene11 教えて田所さん

瀬戸ちゃんは一歩踏み出して、変われるんですかね?

バイトリーダーを、責任ある立場を進める田所はなんてアンサーするんでしょうか。

「そんなん俺にわかるわけないだろ。わざわざ何の話かと思えばそんなことかよ」


 例のごとくいつもの労働前の時間を、私は田所と過ごしていた。先週言われたことについて聞くと、田所は足元で煙草をもみ消しながら、呆れるように一蹴した。


「ええ……あんな偉そうに言ったのに」


 呆れたいのはこちらの方である。田所はまだ何やらぶつぶつと文句を垂れているが、さては新人との会話を遮って一服に誘われたことが不満なのだろう。最近良い先輩に見えることが多かったから忘れていたが、そういえば女の子が絡むとこの人はこんなものだった。


「なんだ、その顔は」


「いえ、別に」


「あのなぁ、俺だって、偉そうなこと言っても所詮ただのフリーターなの! あんまり期待すんなよ。それこそ、例の美人さんに相談したらどうだ?」


「え、あー……それはいいっすよ」


 なんでだよ、もったいない! と大げさなリアクションを取る田所を尻目に、新しい煙草に火をつける。仕事について話す彼女の様子を思い出すと、軽々しく相談するのは悪いと思う。大体何がもったいないのか。とことんくだらないことばかり考える男である。


「まあ、もうちょい色々考えてみますよ」


「そーしろそーしろ。せいぜい悩め若者よ」


 そう言って、田所はさっさと店に戻っていく。妙に浮ついた足取りからして、また例の新人にちょっかいを掛けにいくのだろう。一度振られているのに、ハートの強い男だ。

 そういう諦めの悪いところは、多少尊敬できる。

 しかし、田所に袖にされては困ってしまう。私もが相談できるような相手は、それこそカナしか残っていない。けれども先週の仕事について語る様子を思うと、やはり軽々しく突いて良い話には思えないのだ。初めて会った頃に感じていた鬱々とした空気まではいかないが、うっすらと仄暗いものが見え隠れする。


 思えば、私もたちは互いのことをほとんど知らない。名前だってフルネームはわからないし、どこに住んでるのかも知らない。知っていることといえば、せいぜい好きなおでんの具くらいなものである。


 白滝、大根、卵、はんぺん。

 おでんを買って行く日は毎回バラバラの具材だが、大体のローテーションからお気に入りの具材は知っていた。今日は何を買って行くだろうか。

 もちろんおでんではないつまみのことも多々あるが、足元を吹き抜ける冷たい風に確信する。きっと今日はおでんだろう。


 吸い殻を空いた缶に押し込み、ゆっくり背筋を伸ばす。そろそろレジに入って、あと四時間ほど。彼女の買うおでんの具材でも想像しながら労働に勤しむことにしよう。



 考え事をしていると時間が経つのは早いもので、もうすぐ二十二時半を回る頃だった。

 いつものようにカナが現れる。いつもより厚手のコートを着ているようだ。ましてやこの後寒空の下で過ごすわけであるし、今日の寒さを考えると納得である。


「いらっしゃいませ」


「こんばんは」


 カナはひらひらと手を振ると、酒の売り場へ直行した。これもまたいつものことだ。今日は何缶だろうか。寒いのでそこまで付き合いたくはないが。

 数分後、彼女の抱えたかごの中には、いつもより数缶多い酒が鎮座していた。


「あと、おでんね」


「……今日の酒、多くないっすか。風邪ひきますよ」


 俺の呆れた顔を見て、カナはむっと眉間にしわを寄せると、子供のように口を尖らせた。


「余ったら持って帰るからいいの。そしたらー、白滝と、大根と、あとはー……卵にはんぺんね!」


「オールスターかよ」


 先ほど思い浮かべた好物を一つも欠けることのない注文に、思わず声が漏れる。


「なにが?」


「いや、なんでも。合計で一五一〇円です」


「なによそれ……はい、ぴったりね」


 レシートを財布へ押し込むと、「ま、た、ね」と口パクをして、ひらひらと手を振りながら行ってしまった。

 今日はまた随分と機嫌が良さそうである。何か良いことでもあったのだろうか。


 あと二〇分ほどで仕事が終わる。私も今日はおでんにしようかと、レジ横のおでんを眺めて具材を吟味する。ふいに手を引かれた。


「見たぞ……なにやってんだお前、いつの間に仲良くなってんじゃねえか……恨めしい」


「…………いや、そっちこそなにやってんすか」


 レジ内にしゃがみ込んだ田所が、私の制服の裾を引っ張るようにして呪詛を垂れ流していた。妖怪じみたものすら感じる不気味さに、シンプルに引いてしまった。


「セクハラで訴えますよ。てかいつからいたんですか」


「挨拶から」


 最初からいたのか、全く気づかなかった。


「田所さん帰ったんじゃないでしたっけ」


「スマホ忘れたから戻って取ってきただけ。今日俺ヘルプだから」


 よくスマホを忘れる男だ。


「それよりなんだよお前! どうなってんだよ、どうこうなっちゃってるわけ?」


 立ち上がり、私の肩を揺さぶる田所。地味に力が強い。


「どうもなってないし、どうもこうもしてないです。それじゃもう上がりなんで」


 田所の拘束を振りほどき、さっさとスタッフルームへ向かう。背後ではまだ田所が喚いていたが、来店音にかき消されていた。

 これ幸いと素早く着替えを終え、店長に挨拶をして売り場へ行く。レジには苦虫を噛み潰したような顔をした田所がいた。


「お前……退勤が五分早いぞ、店長に言いつけてやる」


「そしたら田所さんがレジで大声出してたことも言いますね」


 更に苦虫を数匹噛み潰したらしい。ここまで音が届きそうなほどぎりぎりと歯軋りしている。ひとまず言い包められたようなので、さっさとおでんを注文して店を後にした。最後まで田所は恨めしそうにこちらを見ていたが、気付かない振りをする。

 こういうとこがなければ、良い先輩なんだが。けれども、こういう人だから慕っている節もある。

田所は碌なアンサーはくれませんが、許してあげてください。たぶん背中で語るタイプの男なんです。そしてスマホを忘れがちな男なんです。


次回、再び公園

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