Scene10 懐古と後悔
父の背中を見て息子は育つ、なんて言いますが(そうか?)、娘も案外父からの影響はあるもんですよね。
「じゃあ今日もはご飯要らないのね」
「うん」
すっかり恒例になった週に幾度かの母との食事は、母子の貴重なコミュニケーションの場となっていた。
今日も今日とて母手製の味噌汁を啜る。最近では朝これを飲むと一日に活力が生まれる気すらしていた。
「それにしても、どういう風の吹き回し? ちゃんと朝起きてくるだけじゃなくて、一緒に食事するお友達までいるなんて。もしかして宇宙人に攫われでもした?」
「どういう質問だよ、それ。べつに……ちょっとこういうのも悪くないかなって思っただけ」
相変わらず喧しい母だ。以前はそれが煩わしく、家に居ても部屋に引きこもるばかりだった。
「じゃあ、戸締りよろしくね。ジム行ってくるから」
「はいはい」
慌ただしく手荷物を持って出ていった。忙しない人だなと思う。こういうところを見ると、自分は母ではなく父親似なのだろう。
高校に上がる少し前に事故で亡くなったが、その頃は反抗期真っ盛りであまり会話することもなかった。父もあまり口数の多くない人で、時折「どうだ、学校は」なんて不器用な質問を投げてくるくらいで、私はそれに生返事をするだけ。親子のコミュニケーションとしては希薄だった。
亡くなる日の朝に会ったのが最後だ。
『……なんだ、今日休みなのか?』
リビングのソファで寝転び漫画を読む私に、父は遠慮がちに話しかけてきた。家族と相対することを煩わしく思っていた中学生のあの頃、会話を打ち切るように最低限の返答しかしなかった。
『創立記念日だから』
『それなら、有給取って花見でも行けば良かったな。もう咲いてるだろう』
父も娘との距離を測りかねていたのだろう。そんな中で珍しく距離を詰めるように、らしくないことを言ってきた。真面目一辺倒で、父が会社を休んでいるところを見たことがなかったために、妙に面食らってしまったのを覚えている。
けれど何と言わない私に、父は不器用な笑顔を浮かべた。思えば私の下手くそな笑顔は父譲りだったのかもしれない。
『……じゃあ、行ってくる』
この時、どうして碌に返事をしなかったんだろう。
「…………」
父のことを思い出すと、いつもそこが引っかかる。ただ一言「いってらっしゃい」と言えばいいのに。
もちろん父に挨拶しないのなんて、ざらだった。けれどもこの日はせっかく父が一歩歩み寄ってきてくれたのだ。私も少しはそれに応えても良かったはずなのに。
カナと会うようになって、母と会話するようになって。
自身の変化を感じるたびにこの心残りがのっそりと首をもたげるのだ。
「……ご馳走様」
使い終わった食器をまとめ、シンクへ運ぶ。洗い物を済ませて、縁側に座り込んだ。煙草を吸いながら、帰って来て片付いた台所を見て驚く母の顔を思い浮かべると、少し面白い。私が碌に家事をしないことは母の中でもう当たり前のことになっているだろう。
そんなんじゃお嫁に行けないわよ、なんてよく言われたものだが、母はいつしかそんなことは口にしなくなった。
もしかしたらどこかで私にその気がないことに勘づいているのかもしれない。昔はあんなに彼氏はできないのか、良い人はいないのかどうこううるさかったのに。
ついでに洗濯の一つでも回してやろうかなんて考えて、ふと改めてこういう一つ一つの変化が、尚更に“何故もっと早くそうしなかったのか”と自問自答する。
今の私なら、きっと父にちゃんと声を掛けただろう。もっともそんなことを言っても仕方がないことは分かっている。むしろ、そう思うならば更に考えないといけないことがあることも。
『お前はもっと責任感のあることを請け負うべきだよ』
田所の言葉が思い浮かぶ。まだまだ私は変われるだろうか。
瀬戸ちゃんも少しずつ成長してるんです。
さてさて、瀬戸ちゃんはもっとしっかり変われるんでしょうか…?