13.お屋敷に潜入します
ボクの腕に抱き上げたエリカは困ったのか、ボクに身を任せて寝たふりを始めた。
「エニィちゃん、張り切りすぎて疲れちゃった?」
「……」
「すっかり眠っちゃってる。あ、きみ、休憩室に案内してもらえる?」
「はい。こちらです」
飲み物を配っていたメイドに声をかけると、すぐに案内してくれた。
さっきまで走り回っていたエリカを、今はボクが抱えているのを見て、あちこちから安心したような顔が向けられる。
迷子を保護したように見えるんだろうね。こういうとき、警備隊の制服の威力は絶大だと思う。
さらに、
「エスト様ぁ……あ」
何度もお嬢様方に呼び止められたけれど、腕の中で目を閉じるエリカが目に入ったり、唇に指を当ててウィンクを飛ばしたりすれば、声もなく頷いて離れてくれた。
へぇ。これはラクだね。
時間が許すのならお嬢様方の相手をするのは願ったり叶ったりなんだけど、作戦中は角が立たないように断るのが難しいんだよね。
もちろんできるんだけど、数が多くなるとどうしても時間がかかっちゃうからね。最初のエリカの作戦では、エリカとボクが誰も口を挟めないような言い合いをしながら歩く予定だったけど、こっちの方がラクでいい。
それにしても、エリカはどこの子なんだろうね?
明らかにこの国の人間じゃないのに、将軍もサンクトスも受け入れている。
今回の作戦に必要な異能持ちの子どもだからとは言われたけど、詳しくは聞いても教えてもらえないなんて、妙だ。
「こちらをお使いください」
「ありがとう」
休憩室の扉を閉じる音がしたと思ったら、エリカの体がかたくなった。
「エスト様、おろしてください」
トントンと腕を叩かれたので、エリカをベッドの上にそっと座らせた。
すぐに床に立ったエリカの趣味の悪い服が消え、ベッドの上に派手な布の塊が現れた。
この服も妙だ。サンクトスの方はマシだったのに、なんでエリカはわざわざこんな色にしたんだろうね?
確かに目立つ必要があったけれども、もっとマシな色にすれば良かったのに。
エリカのこの服を初めて見た時も今もそう思うのに。
エリカがボクたちから離れて走り回っていたのはエリカの異能を使う下準備のため。『王都の花祭りのために田舎から出てきた少女』はただの設定だ。あの木の下で落ち合うことだって、先に決められていたから行ったにすぎない。
それなのに、花園で嬉しそうにドレスをひるがえしてまわるエリカを見た瞬間、似合ってるよって口をついていた。
『可愛いね』『似合ってるよ』なんて、ボクにとったら挨拶みたいな褒め言葉だから、別段おかしいことはない。
でも、あの瞬間は、純粋に、目の前の少女をいじらしいと感じた。
あぁ、この子は王都の花園に来ることを本当に楽しみにしていたんだね。田舎暮らしで普段は着ることもない華やかなドレスを、この子はどれだけ楽しみにしていたんだろうって。
ただの設定をまるで真実のように感じて、素で言ってしまっていた。
ましてや泣き出しそうに見えたからって抱き上げるなんて。好みの令嬢か、仕事相手か、とにかくこんな子ども相手になんかしたこともないのに。
普段は目にもしない凶悪な布に当てられたのかと考えていると、
「では、行ってきます。エスト様、そちらもよろしくお願いしますね」
目の前には気の強そうなメイドがいた。
「え、あ、はい」
気の抜けたボクの返事にメイドは不満げに眉をよせたけど、それ以上なにも言わずに扉の外に出ると、さっき案内してくれたメイドと同じようにお辞儀をして扉を閉めた。
「え? 今の誰?」
脱ぐのは円盤で一瞬なんだよね。
着るのも一瞬でできたらいいのにって思って試したけどできなかったので、早着替えといえば重ね着ですよ!
イチゴチョコ甘ロリの下に見えないように折り重ねて着ていたメイド服のしわを円盤で伸ばす。さすがにゴワつくので下に垂らしていたエプロンの上半身側を持ち上げて身に着けて後ろ手に蝶結びし直す。はいていた編み上げブーツを円盤でシークレットブーツのように底上げする。ツインテールにつけていたイチゴチョコリボンは服と一緒に外れたけど花束はそのままなので、花束を外す。ツインテールをまとめてメイドキャップの中に隠すと、私はすっかり160㎝付近のメイドさんになっていた。
イチゴチョコ少女には似合っていなかったキツい化粧も、この姿ならちょうどいい。もともとこの葡萄茶色メイド姿に合わせたメイクなのだ(ちなみにメイクも円盤で固定できた。ただ服と同じで、違うメイクを同時に同じ場所には固定できなかった。でも固定すれば汗や水では落ちないのが素晴らしい)。
メイク道具を持ち込んで化粧を直しても良かったんだけど、ただでさえ二重に服を着ているから、道具はもう隠し持てないし、メイクを直す時間が惜しいのでこうなった。
勝ち気なメイドさん、いっちょ上がり~。
高さが変わった靴で転ばないように気をつけながら、きびきびお屋敷の裏口へとまわる。
「シェヴィルナイエ家からお手伝いで来ました、エリーです」
エプロンのポケットからアロール様直筆のお手紙を出す。
最初はお屋敷のメイドになりすまそうと思っていたんだけど、花祭りでは人手がいるため信頼できる家からメイドのお手伝いが呼ばれると聞き、お手伝い枠に入ることになった。
お手伝いだと、どこの家の者かわかった方がいいからか、本来の家で使用しているメイド服のままで良かったので、私が着ているのはすっかり見慣れた葡萄茶色のメイド服だ。
メイド姿の私は、アロール様に推薦されてホルシャホル猊下のお屋敷にお手伝いに来たメイド、エリーということになっている。
お屋敷のメイド長が手紙を確認すると、身分証明の小さな円盤をピンバッチのようにメイドキャップに付けてくれた。
「助かります。すぐにこの子と一緒に入って」
「かしこまりました。若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくね。リリアンよ。さぁ行きましょう」
リリアンちゃんは15~17歳くらいかな? 口元にあるほくろが婀娜っぽい、かなり発育のいい若いメイドちゃんが私のバディとなった。
花園の給仕希望者は多いから足りてるらしいんだけど、お屋敷の方は人手不足なのだとか。
高位貴族の方は花園に直接行かずお屋敷から花園を眺めるので、お世話するメイドは大量に必要なんだけど、信頼できる家からのお手伝いしか入れられないからだ。
そんなわけで花祭り当日は、本来のアパータジョ家のメイドと派遣メイドの2人組で仕事に当たる。
お茶を出して片付けて、休憩室のセッティングと片付け、呼ばれたら行って用事を聞いて、って、なんかこれ、旅館の仲居さんのお仕事みたい。
座る暇もないけれど、これでお仕事をしながら堂々とお屋敷の地図を埋められるって寸法ですよ!
このために散々メイドさんたちの仕事に密着してきたんだから、バリバリ働きますよー!
「シェヴィルナイエ家の服って可愛い。でも、脇にあるってことは実用ボタン? 着るの大変じゃない?」
実用ボタンというのは、飾りボタンじゃないボタンのこと。
この異世界には万能円盤があるから、ファスナーが開発されていなくとも似た止め方ができる。だからボタンも飾りに使うだけで、実際は円盤で止めていることが多い。本来のボタンとしてボタンを使用している方が珍しいということに、服飾師さんから聞いて私もびっくりしました。
あと、このお屋敷で仕事していて初めて気づいたんだけど、この世界のメイド服はバラエティに富んでいた。共通するのはロングスカートと白いメイドキャップ、白いエプロンなだけで、すれ違う派遣組のメイド服はそれぞれ色も形も全然違う。
後から天然天使ソルさんに確認するけど、おそらく白黒服はソール神の御使いを思わせるから、少女に着せるのはNGらしく、白黒メイド服だけは皆無。だから色は汚れが目立たないように黒に準ずる色になる。各家で色や形が違うのは、有名校の制服的な感じかと思われ。「見て、あのメイド服は○○家よ」みたいな。それで各家で特徴的なデザインを極めていったんじゃないかな。
ちまちましたボタン多めの白ブラウスと、さらにあちこちにくるみボタンのある葡萄茶色の変則ジャンパースカート、白フリルメイドキャップに、白フリルエプロンがアロール様のいるシェヴィルナイエ家。
メイド服にブラウスも珍しいけど、なんでこんなにやたらとボタンを多用しているのか、エニィちゃんに扮した時にメイドさんたちに聞いてみた。子ども相手だからと濁していたけど、察するに、ボタンの多さにアロール様が萎えるっぽい。あー、うん。引きちぎらない理性があるだけマシかもね。
「着るのに時間がかかるので大変ですけど自衛のためですから。アパータジョ家の服は素敵ですね」
「えー、そう? なんか地味じゃない?」
「とんでもない。とても上品で素敵です。猊下のお屋敷にふさわしいと思います」
メイドが着ているからメイド服なんだけど、ホルシャホル猊下のいるアパータジョ家のメイド服は、ソール教の女性祭服の色違いらしい。私には昔のナース服みたいに思える。
フリルやレースがないシンプルで上品な濃紺のワンピースは、正面に一列飾りボタンが並んでいる。白い付けエリと付けカフス、その上に飾り気のない直線的なエプロン。ナースキャップのようにカッチリとしたメイドキャップと、すごく堅実そうだ。オーソドックスな本来のメイド服っぽい。
ただ、リリアンちゃんみたいな妖艶さで着こなされると微妙な気持ちになるのは、私が煩悩まみれだからだよね。ごめんねリリアンちゃん。
「あははー。だったらいいんだけどね」
「?」
「エリーはあの将軍様のところにいるんだから、大丈夫かな」
「猊下は厳しいということですか? 私は猊下をお見かけしたこともないのですが、どんな方なのでしょう?」
「……自分のことをカミサマだと勘違いしてる人、かな」
え? それはかなりヤバいのでは?