衝撃の事実
志々尾が言うには、山田さんとやらの家は、御厨組の事務所がある雑居ビルと目と鼻の先にあるこの喫茶店からは徒歩20分ほどの距離とのことだった。
坊ちゃんの気が変わらないうちにさっさと辞去し、さっそく山田さん家を目指す。
外は柔らかな陽射しが降り注ぎ、出歩くにはちょうどいい気候だった。
この平和な街を惨状にするわけにはいかない。なんとかして猫を見つけなければ。
「本当にその猫……ユキちゃんとやらが坊ちゃんが探してる猫なのか?」
「ほんとだって。どー君も見ればすぐわかるよ」
フラフラと重心が定まらない歩き方で半歩前を行っていた志々尾は調子の外れた下手くそな口笛を止め自信満々に胸を張るが、はいそうですかと信じるには情報が足りない。
ひとまずその山田さんとやらに話を聞いてから判断しようと思いしばらく黙って歩を進めていると、ふいに前方から声がかかった。
「おや、志々尾くんじゃないか」
進行方向右手から聞こえた嗄れた声に顔を向けると、ある家の前で70代とおぼしき老女が手を振っている。反対の手には数枚のチラシを握っており、どうやら郵便受けを見に出てきたところのようだった。
「あ。こんにちは、山田のばあちゃん」
志々尾もへらりと笑顔で手を振り返す。
……お前はいくつだよ。「ばあちゃん」は少なくともお前よりは年下だよ、とツッコミたくなるのをこらえ、山田ということはここが目的の家であることを悟った。
山田家はごく普通の一軒家だった。
築年数はそう古くないように見える。薄いグレーの外壁タイルの二階建てで、黒い玄関ドアの左側には網戸のついた引き違い窓があり、白いカーテンが引かれている。窓越しのためぼんやりとだが、部屋の方を向いてぬいぐるみが並べられているのが見えた。通りに面した二階のベランダでは干された洗濯物が風に揺れている。
「どうしたんだい?また散歩?」
「んーそんなとこ」
「隣の方はどなた?初めて見る顔だ」
「あ、俺の同居人」
志々尾の雑な説明に呆れつつも頭を下げる。
「堂島です」
山田のばあちゃんはあらそう、と微笑んだ。
散歩中に知り合ったとのことだが、志々尾は仕事がない時はいつも散歩と称してふらりとどこかへ出かけて行くため、あちこちでよくわからない繋がりを築いてくる。目の前の老女然り、早希ちゃんをはじめとする小学生、コンビニ店員、工事現場のおっちゃんなどなど。
知らず知らずのうちに顔見知りが増えているのを目にして、こいつ昔からそうだったか?と疑問を禁じ得ない。昔はもっと……とかつての日々を追想しかけたところで、志々尾の声が現実に引き戻した。
「早希ちゃん、いる?」
志々尾は目の上に手で庇をつくり二階を見上げながら尋ねたが、ばあちゃんは眉根を寄せ「いるんだけどねぇ……」と呟くように言い、頬に手を当てて困ったように黙り込んだ。
なにかあったのか、と尋ねようとしたところで、ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえ、小学校4〜5年生と思わしき女の子が靴を突っ掛けて出てきた。
肩下まである髪を低い意味で二つ結びにしており、丸い眼鏡をかけている。口を真一文字に結び、浮かない顔だ。なんだか嫌な予感がする。
早希ちゃん、と志々尾が声をかけた。
「……ししお」
早希ちゃんは喉の奥から搾り出すような声で呟いたと思うと、不意にその両目からは大粒の涙が流れ落ちた。
「あの、あのね、ユキ、……死んじゃったの」
「え?」
衝撃の言葉に俺も志々尾も言葉を失った。




