報酬と使い道
目を覚ますと、俺の顔を覗き込む志々尾と目が合った。ブルーシートの上に寝かされていたらしく、起き上がると体の節々が痛んだ。
周囲にはまだ錆びた鉄の匂いが満ちている。
腹部を見下ろすと、傷口はすっかり塞がっており、真っ赤に染まったシャツの間から、薄っすらと残った痕が見えるだけだった。これもしばらくすれば消えてしまう。
勿論、内部もすっかり元通りなのだった。
そして傍のクーラーボックスには、俺の身体の一部だった大事な大事な臓器が入っている。
「やあ、起きた?気分はどう?」
坊ちゃんが近づいて、にこやかに声を掛けてきた。
リアルスプラッター映画のような惨状を目の前で見ていたとは思えない爽やかな笑顔だ。
周囲では男達が事後処理に奔走している。
使ったナイフやブルーシートに散った血は拭かれ、手際良く道具が片付けられていく。
よく見ると何人かは顔色が悪い。ヤクザとはいえ、こういった場面に慣れていない者もいるのだろう。
「……最悪。で、いくらになったんだよ」
「大体こんぐらいかな。素人目にも綺麗な状態だよ。さすが、健康に気を遣ってるだけあるね」
坊ちゃんはそう言うと、スマホの電卓画面を見せてきた。いち、じゅう、ひゃく……と数えると、ぎりぎり7桁に届くくらいの数字だった。
「それが俺の可愛い臓器の値段か……」
「良かったね。しばらくは暮らしていけるじゃないか」
金のことはさておき、心身共に消耗が激し過ぎるこの方法は、決して良くはない。こんなことを頻繁にされては、いくら不死とはいえ身が持たない。
一方今回何の損害も被っていない志々尾はと言うと、坊ちゃんから手渡された封筒を持って小躍りしている。
「いや〜良かった良かった!これで安泰だね!」
「お前ほんと……一発殴らせろよ」
「いてっもう殴ってるじゃん」
「は〜〜クソ、疲れた……腹が減った……血が足りねえ……飯……たらふく肉が食いてえ……」
「食べよう、いいやつ。それぐらいやってもバチ当たらないでしょ」
「それはお前が言う台詞じゃない」
それから坊ちゃんに礼を言い、俺たちは帰路についた。相変わらず気分は最悪だったが、金が手に入ったことは有り難かった。コツコツ節約して暮らせば、当分は生活していけるはずだ。そう思うと、少しだけ前向きな気持ちになれた。
……この後の悲劇さえ起こらなければ。
▼
数日後のある昼下がり。
あの日以来大きな仕事は無く、今日も朝からのんびりと(言い換えると自堕落に)過ごしていると、唐突に家のチャイムが鳴った。
暇そうにテレビを見ていた志々尾は、その音がするや否や「来たっ!」と言って勢いよく立ち上がると、何かを手に小走りに玄関へと向かった。
何事かと思っていると、志々尾が何やら大きな紙袋を抱えて戻ってきた。袋には有名な百貨店の名前が書いてある。中に入っていたのは、見るからに高そうな桐箱だった。
……嫌な予感がする。
「お前、何それ」
恐る恐る尋ねると、志々尾は朗らかに笑って言った。
「いや〜、どー君この前言ってたでしょ、たらふく肉が食いたいって。ネットで見てさ、頼んだんだよね。じゃ〜ん」
そう言って桐箱の蓋を開けると、そこには美しい肉の数々が敷き詰められていた。つやつやと光輝く、分厚い霜降り肉。蓋を見ると、「特選 最高級黒毛和牛」と書かれている。それが一箱だけでなく幾つも積み重なっている。
「これならたらふく食べられるね!」
屈託のない笑顔でそう言う志々尾をよそに、俺は袋に入っていた領収書を取り出した。
そしてその金額を見て、思わず絶句した。
「お前……これ、値段……」
そう言ってからハッと気付いて、志々尾が握っていた封筒をひったくる。さっき玄関に向かう時に手にしていたのは、坊ちゃんから受け取った金が入ったこの封筒だったのだ。
見ると、その厚みは半分以下になっていた。
「あー、なんか注文するときにゼロ数え間違えてたみたいでさ、さっき玄関で言われて気付いたんだよね。この量にしては安いな〜とは思ったんだけどね。アハハ」
ちっとも悪びれることなく言う志々尾。
怒りを上回る呆れと脱力感で、怒鳴る気力すら湧いてこない。
「……お前、何のためにこの金稼いだか……」
俺はもはや二の句が継げなくなって、その場で頭を抱えた。
こうして、俺たちはまたも坊ちゃんのところへ仕事の斡旋を依頼しに行くことになった。
電話口で坊ちゃんが、「臓器売った金で肉買ったの?やっぱり最高すぎるよお前たち」と爆笑していたのは言うまでもない。
ちなみに、お肉はあの後美味しくいただいた。
次の仕事内容?
もちろん臓器売買以外で、だ。
それ以外だったらもう何でもやります。
完