俺のかよ
坊ちゃんに指示された場所は、街の外れにある倉庫だった。
半分開いたシャッターを志々尾に続いてくぐると、中は薄暗く、広くてがらんとしていた。
灰色のコンクリートの地面には、何やら鮮やかなブルーのシートが敷いてあり、そしてその周りには、黒いスーツを着た筋骨隆々の厳つい男たちが10人ほど群がっている。
「やっほー。お邪魔しまーす」
緊張感のカケラも無い軽い調子で志々尾が声をかけると、その面々がこぞって振り返った。
すると次の瞬間、彼らは大きなガタイからは想像も出来ないような俊敏な動きで一列に整列した。
顔に傷、グラサン、柄シャツ……とどう見ても堅気じゃない男達が、一様に姿勢を正して列を成す。
そしてその列の真ん中が割れたかと思うと、
「やあ。来たね、志々尾、堂島」
涼やかな声と共に、1人の人物が歩み出た。
この場の雰囲気にそぐわない、およそ場違いな、にこやかな笑みを浮かべた男ーーー否、少年。
何人もの黒スーツの中に佇むのは、学ラン姿の少年だった。
色素の薄い髪に、中性的な顔立ちの少年は、一見すると大人の中に混じった子供、という印象だが、その存在感は誰よりも大きく、一種の風格があった。粗野で荒っぽい男達とは違い、その佇まいには気品すらある。
それが、高校生でありながら200人もの構成員を部下に持つ、御厨組次期組長、御厨蒼ーーー通称"坊ちゃん"だった。
「相変わらず馬鹿だなぁお前たち。いっそ愛らしいよ」
俺と志々尾を順番に見遣り、坊ちゃんはアハハと朗らかに笑った。
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「話は聞いたよ。金が必要なんだってね。僕達の方も手広くビジネスを展開しようとしていたところでね。歓迎するよ」
坊ちゃんはそう言うと、ブルーシートを手で示した。
男達が道を開けるように左右に分かれると、視界が開け、それらが目に入った。
ここに入って来た時には男達の姿に隠れて見えなかったが、シートの上には、一脚の椅子と、ありとあらゆる「道具」が置いてあった。
鋸、包丁、サバイバルナイフ、ダガーナイフ、ブッチャーナイフ、チェーンソー、ハンマー、その他諸々。
鈍い光を放つその物々し過ぎるラインナップと、傍に置いてあるクーラーボックスの使い道を考えると、思わず目を背けたくなる。
「後処理はこちらで受け持つよ。サービスでね。そのために部下も集めた」
「素晴らしい!」
にこやかにそう言う坊ちゃんに、志々尾も満足そうに頷いている。こいつらやっぱどこかおかしい。
「よし。じゃあさっそくやろっか」
志々尾は両手をパンと打つと、なぜか椅子に向かって俺の背中をぐいぐいと押して進んだ。
「は?なんだよ」
「何って……座って、どー君」
「はあ?」
「座ったらシャツの前ボタン開けてじっとしててね。おれは道具選ぶから」
俺は耳を疑った。
「いやちょっと待て……なんで俺が座るんだよ?お前がやるんだろ?」
はなから傍観に達するつもりだった俺は、寝耳に水の事実に動揺した。
……まさか売るのは俺の臓器なのか?
すると志々尾はきょとんとした表情で見つめ返してきた。
「だって売るんだったら健康な臓器が必要だろ。おれのはあんまり良い状態じゃないよ」
当たり前だろ、とでも言うような口ぶりに、わなわなと震えが走る。
「俺は最初っからお前の臓器を使うもんだと……」
「ええ?だれもそんなこと言ってないじゃん」
「俺のだなんて聞いてねえぞ!お前が言い出しっぺだろ」
「それとこれとは別でしょ」
「いやちょっと待て。一万歩譲って俺のを使うとして、じゃあ麻酔は?」
「無いってさ。しょうがないよ、これだけ用意して貰ってるだけでもありがたいと思わないと」
「……絶対に嫌だ。こんなの拷問だ。痛覚麻痺してるお前がやるべきだろ」
正直に言うと、俺は痛みには弱い。普通の人間と同じくらいに。
そりゃあ普通の人間と違って致命傷でも死にはしないが、だからといって痛みに強くなるかと言われると、それは違う。むしろ幾度も幾度も経験して身体が覚えているぶん、余計に恐ろしいのだ。だから、意識があるまま身体を掻っ捌かれるなんて絶対にごめんだ。
一方で、志々尾は痛みに対する感覚が鈍い。
ちょっとやそっとの傷では声も上げず、いつも通りヘラヘラしている。だから、昔のあいつは凄かった。
だが、今回は違うらしい。
「だからぁ、おれのじゃだめ。ジャンクフードばっかりでろくな栄養摂ってないから売れないよ」
そう言って取りつく島もない。
「じゃお前の頭部を鑑賞用で売ればいいだろ。その顔面を存分に活かせよ」
「さすがに頭はやったことないからなあ〜。死ぬかな?」
「どうでもいいけどやるんだったら早くしてよね」
俺たちの攻防戦を黙って見ていた坊ちゃんが、腕時計に視線を遣りながら呆れたように言った。
そしていい歳した屈強な男達はそわそわと成り行きを見守っている。単純に不死者に興味があるのだろう。見せ物じゃねーんだぞ。
「……じゃあ、仕方ないかぁ」
志々尾が残念そうに呟いたのを見て、俺はようやく諦めたかとほっと息をついた。
が、甘かった。