暴れ始めた存在
「それでは、時間となりました。答案はこちらへ提出し、そのまま戦闘技能試験が行われる会場へと向かって下さい」
係員の合図に従って、部屋に残っていた人間がぞろぞろと動き出す。
ネイベルも、間違いがないように最後までゆっくりと確認を続けていた。
ミネルヴァなどは、答案を早々に提出して退出済みだ。
「思ったより量があったな」
カルーダがネイベルの方を見ながら話しかけてくる。
「試験時間が三時間って聞いた時に、覚悟はしてたけどね」
命を掛けて仕事をするからだろうか。かなり細かい所まで聞かれて、ネイベルも自信の無い答えが多かった。
「ボンさんがずっと大人しかったのも驚くけど」
そう言ってネイベルが後ろを振り返ると、ボンさんは机に伏して気持ちよさそうに寝ていた。
「ああ……まだちょっと早かったかな」
「はっは。そうかもしれねぇな」
そういってカルーダと顔を見合わせると、ボンさんを起こして次の会場へと向かった。
「本日は百名を超える方が参加されております。銀級への昇格試験を受ける方はこちらへ、金級への昇格試験を受ける方は奥の部屋まで進んで下さい」
どうも一年に数回しか試験がないらしく、参加人数はネイベルの想定以上であった。
「それではネイベル様、私は本日、試験官を引き受けておりますので、また後程合流致しましょう」
カドが一礼して去っていく。
「銀級試験を担当するらしいわよ。私達も早く行きましょう」
ミネルヴァは待ち時間が嫌いなようだ。
彼女に手を引かれるカルーダを追いかけながら、リンとショウと一緒に歩いている。アルは最後尾をビクビクしながら歩いていた。
「大丈夫だって、見つかっても問題ないよ」
「そうは言うけどな、やっぱり迷惑を掛けそうで心配なんだよ」
冒険者登録をしにきた時のボンさんの様子を見て、怯えてるのかもしれない。
「平気だって。それより、そんなんじゃ一人だけ試験に落ちるかもしれないぞ」
ネイベルは緊張をほぐしてやるように、そう言った。
それでも、アルはどこかオドオドとしている様だった。
「それじゃあ、番号ごとに場所が違うみたいだから。私達はあっちね」
女性陣は全員、別の人が担当する場所へと向かっていった。
試験会場となる訓練場はとても広くて、二箇所に別れて試験を実施するようだ。
ネイベルとカルーダは、目の前の場所で試験を受ける事になっている。
「大丈夫かあいつら」
「俺はボンさんが何か問題を起こさないか、そっちのほうが不安だよ」
ネイベルは後ろを見ながらそう言った。すっかり目を覚ましたボンさんは、とても元気そうにしている。
そのまま雑談に花を咲かせていたのだが、どうやら試験が開始されるようだ。
「静粛に」
威厳のある声が周囲に響くと、雑音が消えた。
そして試験官は、あの偉い人が務めるようだ。だが、以前とは雰囲気や口調が少し違う。
「へぇ、なかなか良い感じの爺さんじゃねえか」
カルーダは自分の事を棚に上げてそう言った。
「それではカミラ、説明を」
はい、と言って前に出てきたのは、受付の女性だ。
「細かい決まり事はありません。魔力を含めて何でもありです。実力を見せて下さい。私とウィング支部長の判断で採点致します」
どうやら偉い人は支部長だったらしい。しかし、ウィング……どこかで聞いた事がある気がする。良くある名前だが、何か引っかかる。
目の前では、試験開始早々、銀級の冒険者が軽くあしらわれている。
ウィングという人物は、相当の腕前であるようだ。
カミラが手元の紙に、何やら記入している様子も見える。
ネイベルは試験の様子を見ながらも、記憶の海から情報をすくい上げ様としていた。
すると、ショウの名前が呼ばれる。
「ああ、やっと順番が来たね。気楽にやれよ。やり過ぎないほうが良い位だ」
一旦考えるのを止めにして、ショウにそうやって声を掛けた。
周囲では、クスクスと笑う声が聞こえる。
「聞いたか?」
「ああ、銅級の坊ちゃんがな」
「ウィングさん相手に、やりすぎるな、だと」
ついには、アッハッハ、と声を上げはじめた。
「なぁに。気にする事はねぇ。何なら、一発でぶちのめしても良いんだぜ」
カルーダが大声でそう言うと、周囲はさらに冷めた笑いで包まれた。
正直、ネイベルはあまり良い気分がしない。
「ショウ、やっぱり思いっきりぶちのめして良いぞ」
するとショウは、不敵に笑った。
「その役目はネイベルさんにお任せしますよ」
自分には、そういう役目は似合わないですから、と言ってさわやかな笑顔で飛び出していく。
「あっはっは、何だかあいつ、随分変わったな。何と言うか、そう、良い感じだ!」
この語彙で文武両道とは良く言えたものだ、とネイベルは思ったが、しかし言っている事には完全に同意するのだった。
開始の合図を聞くと、ショウはゆっくりと歩きはじめた。
こちらからでは表情がうかがい知れない。
ウィング支部長は、凄みを含んで微笑んでいる。ショウの放つ殺気が心地良いとでも言うようだ。
「なんだあいつ、歩いてるぞ」
「くっく、怖気づいたか」
周囲からは、未だにこんな声が漏れて聞こえて来る。
こいつらはだめだ、とネイベルは思った。
研ぎ澄まされた刃が、鋭さを持って佇んでいるのを感じ取れていない。
鈍い。
今にも振るわれそうな、ギリギリの緊張感を持って、それを限界まで堪えているのを理解出来ていない。
「動くぞ」
カルーダが呟く。
するとショウは、ウィングに向かって駆け出した。
仕掛けられた攻撃を完全に見切り、丁寧に捌くと、そのまま首に刃を添えて、動きを止めた。
「んな! え?」
「はっ……お前見えたか?」
周囲の声が一瞬で止むと、今度は驚嘆の声が小さく上がっている。
どうだ、見たか、という気分になって、とても心地よい。
「なんだあいつ、口ではあんな事を言っておきながら、十分その気だったんじゃねぇか」
がっはっは、とカルーダが笑うと、全員がこちらを見た。
「俺も優しいからよ、武器くらいは振らせてやるよ」
続けてカルーダの名前が呼ばれると、弾むような足取りで歩いて行った。
だめだ、無茶苦茶だ。
ネイベルは目の前の光景を見てそう思った。
カルーダは武器も持たずに試験に臨んだ。
開始してすぐに距離を詰め、ウィングの攻撃をかわした後、そのまま鳩尾に強烈な一撃を入れてしまった。
意地があったのだろう、ウィングは決して崩れ落ちなかった。ただ、顔色は真っ青だ。
カルーダがこちらへ戻ってくる。
「あの爺さんな、相当つええぞ。俺は結構力を込めて殴りつけたんだ」
大声でそう言っているが、それではウィングが浮かばれないだろうとネイベルは思った。
もはや周囲にネイベル達をあざ笑う人間は居なくなった。そのかわりに、恐れが混じった感情が溢れてきている。
「つ、次、ネイベル・ティボルさん」
「おぅ、おめぇの番だぞ」
もう十分だろう。別にウィングさんに恨みなんてないので、ネイベルは穏便に済ませる事にした。
それにしても、この人数の前で本名を大声で呼ばれる時点で、やはり冒険者証に登録する名前については良く考えるべきだった、と後悔している。
「ティボルさん、申し訳ないですが、ウィングは少し体調が悪い様でして――試験官を交代しようと思いますが、宜しいでしょうか?」
カミラがそう言ってネイベルに了承を求めてきたので、快く頷く。
「ありがとうございます。それでは僭越ながら、私がお相手を」
彼女はそういうと、制服姿のまま、細長い刺突用の武器を手に取った。
初めて見た時から、どこか隙が無いと思ったが、彼女も相当やれる様だ。
「それでは、心遣いは無用です」
「分かりました」
距離をとってから一呼吸を置いて、カミラがこちらを見ている事に気がついた。
ネイベルが武器を持っていない事を気にしているのだろう。
どうぞ、と大声で言うと、彼女は開始の合図をした。
ネイベルは目に魔力を集中させている。
カミラが武器を構えたのを確認してから、その瞳を鋭く射抜いた。
――眠れ。
すると彼女は、一瞬だけ体をビクッと震わせる。
武器が地面に落ちる音が響く。
そのまま膝を着き、体をその場へ投げ出そうとする瞬間に、ネイベルは一気に距離を詰めて、それを受け止めた。
ふわりと甘い香りが鼻を掠める。女性はみんな、どうして良い匂いがするのだろう。
「すみません!」
ネイベルが周囲に控えていた救護班に声をかける。
彼らは泡を食ったような表情をしていたが、慌ててこちらへ駆けつけて来た。
ウィングが青い顔で指示を出している。
彼らにカミラを預けると、カルーダの元へと戻っていった。
「さすがネイベルさんですね。手も触れずに一瞬で」
ショウが褒めてくれた。
「がっはっは! 鍛え方がちげぇからな!」
カルーダもご機嫌だ。
そのとき、地面が微かに揺れたような気がした。
「次はボンさんですね。あんまり無茶したらだめですよ」
ショウはいつも、ボンさんにだってとても優しい言葉使いをする。
こういう所にも、品格というものが出るんだなあとネイベルは思っている。
足元の揺れが大きくなっている気がする。
周囲にも気づいた人間が出始めた様だ。
「おいネイベル、これは」
「なんだか嫌な予感がする」
「どうしましょう。一応この訓練場は、相当堅牢だという話ですが」
ショウは、周りの人間の避難などを考えているのだろう。
「こいつらは腐っても冒険者だぞ。ほっといても平気だ。他の人間が一番心配だな」
ネイベルが冒険者達に視線をやると、ばつが悪いようで、全員が顔をそむける。
「はあ……。もう気にしていないから、揺れの原因を一緒に――」
ネイベルが言い終わる前に、いよいよ地面からの揺れは大きくなった。
――中央だ!
広い訓練場の地面は、しっかりと踏み固められているが、亀裂が走りはじめている。
「全員、壁際に退避しろ!」
ネイベルは大声で叫んだ。
まるで土木工事を耳の近くでやっている様な、すさまじい音が鳴り響き、中央の地面が激しく揺れている。
「冒険者は戦えない人間を守るんだ!」
これはショウの声だ。何故かネイベルの胸が熱くなる。
やがて中央の地面は一気に盛り上がり、激しく砕けた。
岩の塊が周囲へ吹っ飛んでいき、土煙が激しく巻き起こる。
悲鳴が訓練場内にこだました。
「大丈夫か、おめぇら! こっちだ!」
「職員はすぐに避難しろ! 冒険者は固まって彼らの盾になるんだ! 早くしろ!」
ショウが誘導してきた人間を、カルーダとネイベルが保護するように避難させていく。
ゆっくりと土煙が晴れると、中央には大きな化け物が二体確認できる。
そして、神経を直接撫でる様な鳴き声をあげると、全力で暴れ始めた。
訓練場の地下から化け物が姿を現しました。




