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骨が折れる話と天国の蜜

 ガチャガチャと物音がして、ネイベルは目を覚ました。


 慎重なダンジョン探索は、精神が磨り減るような疲れがある。


 いや、このベッドのせいかもしれない。疲れた体を暖かく包む様な、心地良い眠りに(いざな)われた。


 かなり深く寝入っていたようだ。


 十分に体を休める事が出来たのは良かったが、ネイベルは少し反省した。油断は命取りになる。


 扉の外からは、断続的に音が聞こえてくる。


 相当に不気味だ。


 何か硬い物がぶつかり合うような音がする。ネイベルは頬を叩いて気合をいれた。


 ランプを腰にくくりつけ、ベッドから起き上がり立ち上がると、荷物をまとめて準備を整え、短剣を右手に構えた。


 扉に近寄り耳を澄ます。音は少し遠くから聞こえてくる。


 もしかしたら鍵の掛かった部屋に何か怪物がいたのかもしれないな、とネイベルは思った。






 少し音が止んだので、ネイベルは扉を開けようとした。


 しかし、全く開く様子がなかった。体中に冷や汗が伝うのを感じる。



 ――閉じ込められたのかっ!



 瞬時にそう判断した。


 何せ扉には外から鍵が掛けられている。


 屋敷の中には特に怪しい気配はなかった。


 鍵の掛かっていた部屋の中にも、何かが動く気配などは一切なかった。だからこそ安心して眠りについたのだ。


 しかし、これは一体どういうことだろう――。


 考えがまとまらないネイベルは、部屋の中をグルグルと歩く。


 外からは、再び断続的に音が聞こえてくるし、だんだんとそれは大きくなっているようだ。


 こちらへ近づいてきているのかもしれない。


 窓がないので扉の外の様子は伺えない。目の前の扉が、この部屋への唯一の出入り口だ。


 ただし金属製なので、無理やりこじ開けることは出来ない。


 つまり完全に閉じ込められている。






 そんな中、急にどこかで耳にした甲高い音が部屋の中に響いた。


「フフフアハハハ」


「オキャクササササママママアハハハハ」


「オモテナシオモテナシイラッシャイマセ」


「オナカスイタ」


 一度に複数の空間からうまく聞き取れない音が鳴り響いてすさまじい不協和音を奏でている。耳が壊れそうだ。


 白いモヤがこの部屋の中にいるようだ。


 ただ、反響を続ける音のせいか、それとも何か他に原因があるのか、いつもなら出来るはずの事が出来ない。


 ネイベルは気配や魔力を探る事を諦め、急いでランプを手に取った。中には池の水がなみなみと入っている。


「オイデオイデオキャクジン」


「タノシイヨタノシイヒヒヒヒ」


「ハヤクハヤクシテテテエテヨヨヨヨ」


「オナカスイタ」


 部屋中にランプの水をばらまくが、不快な音は一向に止まない。


「アハハハハ」


「ダメダメヨヨヨヨ」



 ――ガチャガチャッ



 しまった、扉が外から開けられる音がする。






 大きな金属音と共に、乱暴に開け放たれた扉は壁に叩きつけられ、外からぞろぞろと動く骨の怪物が入ってきた。


 黒鉄を磨き上げたような、見事な光沢を持っているが、完全に全身が骨で出来ている様に見える。


 その骨の兵士達は、皆一様に棍棒のような武器を持っていた。


 部屋に入りきらない兵士達が、外に控えているような音もする。



 ――まずい。一体どれだけの数がいるのだ。



 ネイベルは血の気が引いた。


 黒鉄の骨兵士達は、見かけによらず相当俊敏だった。


 ネイベル目掛けて鋭く振り下ろされた棍棒は、短剣で軌道をそらされて地面を穿(うが)つ。


 床に叩きつけられた棍棒が、大量の埃を巻き上げる。


 即座に別の骨兵士が距離を詰めて来る。


 ネイベルは慌てて左手でランプのふたを取ると、スターラビットとの戦闘を思い出しながら棍棒を受け止める。


 左手にかかる衝撃が凄まじい。俊敏なだけでなく、力も相当強いみたいだ。


 部屋の中を駆けながら棍棒をかわし、左手で受け止め、右手の短剣はしまってランプに持ち替えた。


 あの外殻は、ネイベルの短剣なぞ簡単に弾き返すだろう。


 ランプの水なら効果があるかもしれない。






 一縷の望みをかけて、ランプの水を周囲に撒き散らす。


 すると水を浴びた骨兵士達は、音を立てて倒れていった。



 ――凄まじい効果だ!



 これならいけるかもしれない。


 ランプの中に満たしておいた時間が長かったからだろうか、それともこの水が弱点なのだろうか。


 迫り来る骨兵士達の棍棒を回避しながら、前方へと水を撒き散らし、ネイベルは部屋の扉を一目散に目指す。



 ――外に出てどこか篭れる場所を探すか、虫の沸いていた場所まで逃げるか。



 ネイベルが一瞬気を逸らした隙に、棍棒が鋭く左腕を叩く。


 骨が砕けた音がする。


 忘れかけていた久しい感覚が脳内で暴れまわる。激痛が膝を折りたいと心に訴えかけてくる。


 駄目だ駄目だ集中しろ、痛みを忘れろ。


 片手さえ無事ならランプの水を撒く事は可能だし、両足さえ無事なら走り続ける事だって可能だ。


 ネイベルはそのまま水をばら撒き、扉から玄関ホールへと飛び出した。


「アハハハスゴイスゴイスゴイ」


「イタイイタイイタイボキボキ」


「オナカスイタ」


「ヒヒヒフフフフハハハハ」


 不協和音はもうネイベルの耳に入ってこない。やるべき事を理解し完全に集中している。


 玄関ホールへと飛び出したネイベルは、そこに詰めている大量の骨兵士達に向かって一気に水をばら撒くと、外へ出るべく扉に手を掛けた。



 ――鍵が掛かっていたらどうしよう……。



 そんなネイベルの不安を一掃するように、屋敷の扉は悲鳴の様な軋む音を上げながら、しっかりと開いた。






 外へ出たネイベルの目に映ったのは、絶望だった。


 大量の黒鉄の骨兵士達がこちらを見ている。


 墓から這い出している骨兵士を見る所、屋敷に来るまでに見かけた墓地から生み出されたのだろう。


 相当数の墓があったし、あれから全部生まれてきているのだとしたら、百は下らないだろう。


 ランプの水は足りない。短剣は通らない。左手は折れて使い物にならない。右手のランプで直接殴りつけても効果は望めないだろう。


 一瞬足がすくんでしまったネイベルに向かって、骨兵士達は一斉に距離を詰めて来た。


 棍棒による攻撃は鋭く、全てをかわせない。


 リュックを放り出して全力で走って逃げようとするが、たちまち回り込まれてかこまれてしまう。


 折れた左腕ではまともな防御は出来ない。


 左半身目掛けて鋭く振りぬかれた棍棒が、ネイベルを吹き飛ばす。


 すぐに立ち上がったネイベルだが、右から、正面から、右から、左から、続けざまに集中攻撃を受ける。


 なんとか致命傷をさけるように攻撃をさばいていくネイベルだったが、やがて物量に任せて突っ込んできた骨兵士達を捌き切れなくなった。






 屋敷の外で袋叩きにあっている。


 全身を棍棒で強く殴打される。痛みに声を上げる暇もなく、骨兵士達の追撃は止まない。


 叩かれ、吹き飛ばされ、叩かれ、吹き飛ばされ……今までの人生でこれほどの集中攻撃を浴びたことはない。


 アザのない部分が見当たらないだろう程度には叩きのめされ、両足はあらぬ方向へ曲がっているのだろう、もはや感覚はない。


 スターラビットの頭骨も砕けてしまったようだ。


 徹底的に打ち抜かれたネイベルは、ひんやりとした地面に頬をつけながら、頭の中が冷静になっていた。



 ――ああ、この屋敷自体が罠だったんだなあ。



 そういえば、開け放っておいた扉は、屋敷の調査から戻った時には閉じていた。


 迂闊だった。


 全く気が付かなかった。


 何かがおかしいと判断するべきだった。






 痛みを通り越した先の境地は、綺麗なお花畑だった。






 ネイベルの視界は暗転した。ネイベルは意識を失った。











 ネイベルは目を覚ました。


 徐々に意識が覚醒していく。


「ここは……」


 ああ、ここが先生の言っていた天国というやつか、とネイベルは思った。


 とても綺麗な花が当たり一面に咲き誇っている。


 色とりどりの花には蝶が群がっているし、澄み渡っている青空には鳥だろうか、気持ち良さそうに飛んでいる。


 風も穏やかだし、暖かくて心地よい。


 川のせせらぎが心を落ち着かせる。


 花の香りを一杯に吸い込むと、幸せの味がする。


 小動物が、楽しそうに駆け回っている。



 ――素晴らしい光景だった。



 ネイベルは今、天国にいるのだ。眠る前に何をしていたかなど、忘れてしまった。


 全てを放り投げてでも、ここで暮らしたい。それだけの価値がこの光景にはある。


 起き上がったネイベルは、近くにあった花の香りを楽しむと、気ままに花畑を歩いた。


 柔らかい地面を裸足で踏みしめながら、ネイベルは生まれたままの姿で幸せをかみしめる。


 どこまでも続く花畑を前に、蝶と共に舞い踊りたい気分になった。






「最高だ……」


 自分は今、最高に幸せだ。永遠にここで暮らしたい。そんなネイベルの脳内に、急に声が響いた。



 ――オナカスイタ。



 自分以外の人間もいたのか、とネイベルは驚いた。


 さもありなん。これほど素晴らしい光景なのだ、独り占めするのは良くないだろう。


 さぁ、一緒に楽しもう! そう語りかけようと周りを見渡すと、白いモヤが掛かっている場所がある事に気が付いた。



 ――オナカスイタ。



 ネイベルは、その白いもやが「お腹空いた」と、自分へ言っているのだと理解した。


 特に不快感もなく脳内に直接響くその声は、どこか懐かしい気がする。


 良く分からないが、この白いもやはきっと空腹なのだ。


 ネイベルは直感でそう判断するも、どうしていいか判断に困った。


「何か食べたいものがあるのかい」


 とりあえずネイベルは、白いモヤのほうに向かって尋ねてみた。


 と言っても、自分は今、何も身に着けていない。


 周りには食べられそうなものはないし、そもそも白いモヤが何を食べるのかすらよく分からない。


 試しに近くにあった花の蜜を吸ってみると、脳が痺れるような甘みを感じた。


 これなら食べられるかな、とネイベルが考えていると……。



 ――マリョクチョウダイ。



 はて、マリョクとは一体なんだったか。ネイベルはよく思い出せない。


 しかし、そのマリョクとやらを食べたいようだ。


 ネイベルは花の蜜をちゅうちゅうと吸いながら考える。


 ネイベルに直接語りかけてきたという事は、ネイベルはマリョクというものを持っているのかもしれない。


 よく分からないが、花の蜜が美味しいのでちゅうちゅうと吸いながら答えた。


「僕がマリョクを持っているなら食べてもいいよ」



 ――アリガトウ。






 ネイベルの視界は暗転した。ネイベルは意識を失った。




ぎりぎりで踏みとどまっていたネイベルですが、ついに昏倒します。


良ければブックマークや感想、評価なども宜しくお願いします。

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