宝箱の中身と不気味な屋敷
無事に白いモヤを撃退したネイベルは、宝箱の中身をちゃんと確認していなかった事を思い出した。
揺らしてみたら音がしたし、もしかしたら何か残っているかもしれない。
宝箱のあった辺りにいくと、虫達が群がっていたので排除した。
そして砕けた木片を取り除いて中を改めて調べてみると――。
鉄で縁取られた木製の鍵が入っていた。
「鍵……」
ネイベルはしばし呆然としたが、はっと気づいてふたに目をやる。
鍵穴部分はまだしっかりと健在だ。
――いや、まさか。
そんな事があっていいはずがない。ネイベルはそう思いながらも鍵穴に木製の鍵を入れて回してみた。
「あっ」
少し手にかかるような感触と共に、カチャッという小気味良い音がする。
開いてしまった。
そもそもダンジョンという場所は意味が分からない事ばかりだ。
そう、開けたい宝箱の中に、開けるための鍵が入っていても不思議ではない。
全く不思議ではないのだ――あほかっ!
ネイベルは自分で自分につっこんでしまった。
こんな馬鹿な話があるか。
苦労して開けた宝箱の中身。ネイベルにとって初めての宝箱の中身が、用済みの鍵だったなんて笑い話も良い所だ。
大きくため息をついたネイベルだが、前向きに考えてみる事にした。
意味のない事なんてないのだ。きっとこの木製の鍵がいつか役に立つ日が来るはずだ。
手で持つ部分に角の生えたウサギの絵が描いてある。スターラビットだろうか。
なるほど、多分同じマークの宝箱はこの鍵で開けられるのではないか。
きっとそうに違いない。
そう考えたネイベルは、リュックにその鍵を仕舞い込んで、その階層の探索をさらに続けるのであった。
ネイベルは現在、虫達の楽園を通り過ぎ、墓地のような場所に来ている。
結局あの辺りには、階段や扉はなかった。
そのまま適当に歩くうちに、あたりの景色が変わってきた。
遠くに屋敷が見える。
なかなか立派な屋敷だし、とりあえず行ってみようとネイベルは思った。
屋敷までの道のりには、お墓が沢山あるくらいで特に敵らしい敵はいなかった。
ここは怪物が出ない場所なのかもしれない。
今日は十分に戦ったし、そろそろ休みたい。
屋敷を目指したのは休むのに丁度よかったからだ。怪物もまわりにいない。
ネイベルは、屋敷の前まで到着した。なかなか重厚な造りの、存在感のある木製の扉が目の前にある。
試しに両手で開けてみると、激しく軋みながらもしっかりと開いた。鍵は掛かっていなかった様だ。
さっそく出番かと思ったのに、とネイベルは少し残念な思いだった。
扉の先は玄関ホールに繋がっている。
天井から上品な装飾を施された照明が、優しい光で仄かにホール全体を照らしている。
正面には、二階へ上がる為の、豪華な造りで幅の広い階段が見える。
手すりなんかは、波をうって生き生きとした曲線を描いている。
こういった装飾を見ると、これがダンジョンの魔力で生成されている物だとは到底思えない。
冒険者達の言葉はどこまでが本当なのだろう、とネイベルは思った。
階段を見ながら右手と左手には廊下がある。食堂や浴場、客室なんかがあるのかもしれない。
さて、どこから調べていこうか、とネイベルは腕を組みながら考えた。
ひとまず右手側の廊下方面から調べる事にした。特に意味はない。
幅の広い廊下の先には、突き当たりに大きな扉が見える。
歩き出してすぐの右手側に扉が一つ、左手側には間隔を空けて扉が二つある。
まずは右手側の扉を開けて、中に入ってみる事にした。
扉をそっと開いてみる。
「おっ……」
ここも鍵は掛かっていない様だ。
ネイベルは、怪物や罠の存在に十分な注意を払いながら、部屋の中へと足を踏み入れた。
短剣はすぐに抜けるように気持ちの準備もしている。
厚みのある絨毯を踏みしめながら、薄く埃が積もっている室内をさっと見渡す。
ひとまず怪物は見えないが、罠の存在には注意しないといけないな、とネイベルは思った。
――それにしても、窓がないんだな。
侵入者対策か何かだろうか。
ネイベルは、元はただの行商だ。こんな屋敷に住むような人間とは、ほとんど関わったことがない。
だからという訳ではないが、さっぱり分からなかった。
壁に掛けてある絵画を眺めてみるが、あまり良い趣味だとネイベルには思えなかった。
骸骨が、血に塗れた剣を掲げながら、人間の奴隷を足蹴にしている様が描かれている。
少しカビているのか、白い汚れが所々についている。
ネイベルは、芸術品関連にはあまり手を出したことがない。
ああいったものは、基本言い値で売り買いされるものであり、お金持ちの道楽だと考えているからだ。
しがらみに巻き込まれては、木っ端商人なぞ生きていけない。
それでも先生の教え通り、一通りの勉強はしてきた。おそらくこの絵画に値段をつけるなら、それなりのものになるだろう。
人間とは、行き着く所までいくと、こういった他人には理解の出来ない欲望や絶望なんかを表現した一品を欲するらしいのだ。
ネイベルにはまだよく分からない。
絵画以外にもそれなりの一品が目に付く。この机やベッドなどは、一流の家具職人の手によるものに見える。
部屋の中央にある長椅子に関しても革張りであり、座り心地もよさそうだ。
そもそも絨毯からしてこの厚みであり、なかなかに上品な物が揃えられている。
絵画以外に関しては、ネイベルの趣味にもよく合うものだ。
しかし同時に、やはり不気味にも感じる。これらは全てダンジョンが用意したものなのだ。
なぜこうも人の手が入っている様に感じられるのか。
――いや、そもそも本当にここは……。
そんな事を考えていたネイベルは、ふと背後から視線を感じたので振り返ってみた。
……気のせいか。
ネイベルは誰もいない事を確認すると、ベッドの方へ近づいて、薄く積もっている埃をはらった。
「ぶはっ」
思ったよりも埃が派手に舞い上がる。
慌てて左腕を口元へ寄せ、その場から少し後ずさる。
この部屋にもしっかりと上品な照明が用意されており、舞い散る埃がその柔らかな光を反射して、きらきらと幻想的な光景を生み出していた。
今日はここで休もうと思ったネイベルは、ベッドの埃を丁寧に払った後に、部屋の扉を開けたままにして廊下に出た。
空気が入れ替わるのを待つ間に、ネイベルは他の部屋の探索も済ませてしまおうと考えた。
正面に見える二つの扉にも、鍵は掛かっていなかった。
それぞれ開けて中を調べてみたが、質素な部屋で特にめぼしいものはなかった。
使用人の使う部屋だったりするのかもしれない。
突き当たりの大きな扉の奥には、浴場があった。
脱衣場を抜けた先には、大人が楽に十人は入れそうな、立派な石造りの浴槽がある。
良く磨かれた岩肌の床が広がっており、周囲の雰囲気に良く合う椅子が、いくつか用意されていた。
浴槽の中央には、向かい合った石像が台の上に鎮座している。
スターラビットを模しているのか、なかなか可愛らしいものだった。
その他の細かい装飾も、華美過ぎずにとても上品で、調和の取れた素敵な浴場だ。
主人がいるとすれば、それは女性だったのかもしれないな、とネイベルは思った。
そのまま浴場を出たネイベルは、反対側の廊下の扉も調べようとしたのだが、すべて鍵が掛かっていた。
左右の廊下の構造は全く同じであったが、金属製の扉だったので無理やり開けることも出来ない。
ちなみに所持している木製の鍵は、どう見ても鍵穴に入りそうもない。
なのでネイベルは試すことすらしていない。
次に二階への階段を上る。
遠めで見ても美しい装飾がされていたが、近くで見ると改めて素晴らしい。
細かい模様が上品に刻まれている木製の手すりは、曲線を描きながら滑らかにつながっている。
ただ、掃除は大変そうだ。
二階の廊下は左右に伸びており、それぞれ大きな部屋が一つと、突き当たりに一部屋という構造になっていた。
しかし、ここにも全て鍵が掛かっている。
ダンジョンの中だし、何か素敵な彫刻品でもあれば持ち帰りたかったのに、とネイベルはとても残念な気持ちになった。
大体の探索がおわったネイベルは、今日寝泊りする予定の部屋へと戻ってきた。
扉を開けて中を確認すると、空気もあらかた入れ替わっており、これならゆっくりと休めそうだ。
池の水でぬらした布をつかって体を清めると、ランプを枕元へ置いて、ネイベルはゆっくりとベッドに体を沈めた。
とても快適な寝心地だ。
何かが引っかかる気もするが、とりあえず屋敷内に怪物や罠は存在しなかった。
ベッドの上で色々と思考を巡らせるが、疲労からか、ネイベルの意識はすぐに落ちていった。
すっかり錆びのとれたランプが、妖しい光でネイベルを照らしていた。
ダンジョンの中で屋根の下、快適な寝心地のベッド。疲れた体に良く効きます。
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