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三人の想い

 リンとカルーダとミネルヴァの三人は、ネイベルのかなり後方で戦闘を見守っている。






「何も出来ねぇのがこれ程もどかしいとはな」


 時折飛んでくる溶岩のつぶては、カルーダとリンが防いでいる。


「仕方ないわよ。あんたに出来ることを探すのよ。戦闘技術はあんたのほうが格段に優れているんでしょ? 私達とは違った視点から勝機を見出せるかもしれないわ」


「そうね、カルーダ。ネイベルの為にも、なんとかやれる事をやりましょう」


 そういってリンはスルーレを――いや、ネイベルを見ているのかもしれねぇな、とカルーダは思った。


「そうは言ってもな……尻尾での攻撃を絡めつつ前足攻撃を左右から、しかも陽動込みだ。溶岩のつぶてもしっかりとけん制に使ってるみてぇだし、ありゃ対人戦闘技術すら備わっているんじゃねぇか」


 本当の化け物だこいつは、とカルーダは言った。


「ありえるわね。でもスルーレに関しては、そこまで有名な化け物じゃないのよ。あまり地上に出てくる事がなかったせいでしょうね」


 そういってミネルヴァはスルーレを目で追いかけながら、カルーダとリンに説明を続ける。


「残っている情報なんて、全部伝説とか神話って類になっちゃうわよ。眉唾ものだわ」


「どれくらい生きているのかしらね」


 リンは前方を注視しながら呟く。


「ミネルヴァが言ってる事を考えれば……まぁ、そうだな。一万とか二万とかか?」


「もしくは単位すら違うかもしれないわね。まさに神のみぞ知るってやつよ」


「ミネルヴァはたまに面白い言い方をするわね」


「そうかしら? それなら失われた表現なんかも多いんでしょうね。私は地下で過ごした時間も長いし、そういう意味ではガルガッドの歴史を伝えるついでに、昔からの言い伝えやおとぎ話なんかを地上で広めたりするのは面白いかもしれないわね」


 ここでネイベルが勝ってくれないと、意味のない話だけどね――と、ミネルヴァは言った。


「それは面白い考えよ、ミネルヴァ。こういう時だからこそ、未来への希望を考えながらネイベルの勝利を願うのよ。今やれる事を全力でやるべきだわ」


 リンはまるで自分がスルーレと対峙しているかのごとく真剣な表情をしている。






 カルーダは、ネイベルとリンが夫婦か恋人同士ではないか、と最初は思った。しかし違うという。


 でもどうだろう……これほどお互いを愛おしく、大切に思えるのなら、もうそれは――。


 自分だって今となっては、ネイベルやリンの為に命をかけても良いと本心から思っている。


 ミネルヴァにしても、口や態度は悪いが本当は良い奴だと理解できている。近いうちに心から大切だと思える日が来るだろうという予感がある。


 ただ、自分の命より相手が大切で、相手も自分のことを命に代えても守るという決意をしている、そういう関係がひどく羨ましかった。



 ――俺もあいつらにとって、そういう存在だと思われているだろうか。



 ネイベルやリンは本当に良い奴だ。ガルガッドにだって良い奴はたくさんいたし、ピスソ陛下をはじめ尊敬できる人間は大勢いた。


 でもあの二人と一緒にいると、何かこう、心の底から生命力みたいなものが湧き上がってくるのだ。


 だからこそ、カルーダは今ほど自分の力不足を嘆いた事はなかった。


 

 ――俺だって本当はあそこで戦いたかった。



 ネイベルと肩を並べて、背中を預けたりしながら困難に立ち向かっていきたかった。


 ふと、自分の手を見る。傷だらけでシワも目立つ。様々な武器を使い込んできた手には、色々な所にタコが出来ている。


 頭髪も抜け落ちて久しいし、顔に刻まれたシワも手と同様に随分と増えた。


 彼らには見せていないが、左半身は所々皮膚が変色している。顔と同じように、凍土で死にかけた時に負ったものだ。



 ――せめてあと十年若ければ。



 いや、ネイベルのひたむきな努力を馬鹿にしかねない発言だったな、とカルーダは自制した。


 何歳になっても努力は出来るじゃないか。爺達の年齢を考えれば、自分だってまだまだ元気でいられるはずだ。


 もしネイベルがこの戦いに勝つことが出来たら、自分も徹底的に努力をしてみよう。


 そして二人にとって、家族だと認めてもらえるように頑張ろう。カルーダはそう思った。











 リンは、自分が今出来ることを必死になって考えていた。


 ミネルヴァの話によれば、伝説や神話級の化け物だという。カルーダが言うには、対人戦闘技術すら備えているように見えるらしい。



 ――私に出来ることは。



 リンが一番得意なのは回復魔法だ。しかしそれ以外の魔法に関しても――というより何故かほとんど全ての魔法に対して適性があるのだ。


 回復魔法ほどではないが、他の魔法もある程度は使える。


 普段の戦闘は、ネイベルの成長を妨げないように背後から見ているだけだった。しかし先ほどの融合魔法は実に見事だったとリンは驚いている。


 火、土、風、水、雷、妨害、リンの目からはそれだけの魔法が組み合わさっている様に見えた。


 しかも完全に制御下においていた。繊細な魔力の扱い方に長けている人間にしか出来ない。


 それに要求される魔力の量も、とんでもないものだろう。飛びぬけて魔力量が多い人間でも使えて日に一度か二度といった所のはずだ。


 しかしネイベルは今、魔法を駆使しながら普通に戦えている。やはり成長度合いが著しいのだろう。もしかしたら、魔法の適正自体が変わっているかもしれない。


 そしてリンには、あれほど見事な融合魔法を扱える気がしなかった。もし仮に出来たとしても、今それをする事は出来ない。


 この場面でリンに求められているのは、ネイベルが瀕死の重傷を負った際にしっかりと回復をする事だ。



 ――大切な人が傷つくまで自分の出番がないなんて!



 そんなひどい事ってないわよ、とリンは絶望する。


 本来なら、カルーダが使っている補助魔法をネイベルにかけ続けることも出来るのだ。魔法を使いながら戦闘の手助けだって出来るはずだ。


 しかし、どうしても魔力を温存しなくてはいけない。


 ここを離れると、カルーダとミネルヴァが無防備になってしまう。さらに自分の魔力や集中が切れた瞬間にこの空気の層はなくなり、二人の命がなくなってしまうだろう。


 そもそも回復魔法は、魔力をとても沢山消費する。


 仲間全員の命を握っているリンの魔力は、そう易々と使う事が出来ないのだ。


 カルーダがもどかしく思っているのと同じように、いやもしかすると私のほうが――。


 リンはネイベルに何もしてやれない現状を憂いながらも、何か勝機はないかと必死に前方で戦う彼の姿を見つめていた。











 ミネルヴァは、いつも三人を少し離れて観察していた。


 ミネルヴァにとって人間とは、自身の知識を分け与えた上で、ただ導いてやるだけの存在だった。


 そもそも自分は人間より崇高な存在であり、何よりも優先するべきは人間などではなく自分自身だと常に考えていた。


 何か身に危険が迫れば即座に指輪へと篭って眠るだけだ。


 再び所有者か、他の誰かに一から魔力を奉納してもらい顕現すれば良い。心が壊れてしまうよりよっぽど良いではないか。


 しかしネイベルに起こされてからというもの、自分の常識がおかしいのかと疑うような瞬間ばかりだった。


 リンという、あの薬缶の御神体には一際驚かされることばかりだ。


 そもそもあの薬缶、あれはケト王国の王家が、代々所有していた大切な宝具のうちの一つだったはずだ。


 ネイベルが言うには、地上でガラクタ同然の値段であったらしい。


 それに本人は、いくつか犠牲を払って顕現したと言っていた。そして話してみるとすぐに分かった事がある。



 ――明らかに記憶を喪失している。



 ミネルヴァよりも遥かに格式が高く、そして大昔から存在しているのだ。本来なら簡単に口など聞けないような相手だった。


 だがここ1000年ほどの記憶があるだけのようだ。それもかなりあやふやで曖昧なように見える。


 冒険など、何があるか分からない。普通は自ら進んでしないものだ。するにしても、宝具に戻って眠る覚悟をする。


 再び顕現するには、かなりの量の魔力を必要とするので気軽に行える事ではない。


 しかし大した理由もなく、一度やかんに戻ってから顕現をし直していると聞いた。そんな事、記憶がしっかりあるのなら決してやらない。


 それに万が一所有者が亡くなれば、次の所有者に一から奉納してもらい、魔力を貯めなおさなければならない。


 どちらにせよ、冒険へと一緒に繰り出す存在なんて物好き以外はいないのだ。いたとしても最後は宝具へと逃げ込んで眠りにつくだろう。


 他にも心当たりがある。


 しかしそれを伝えるのは止めておいた。どうも、今の生活を心から楽しんでいるように見えるのだ。


 リンは本当に毎日わくわくとした、生き生きとした表情を浮かべている。


 そして人間の成長を見る度に柔らかい表情を浮かべ、微笑みながら喜んでいるのだ。


 今だってそうだ。スルーレの動きを観察すると言いながら、ネイベルをしっかりと目で追いかけている。



 ――ああ、心が痛い。



 別に恋をするのは良いのだ。しっかりと報われる未来もある。ただ、リンの場合は恐らく違うのではないか、とミネルヴァは思った。


 記憶を消しているのなら、『記憶を消したという記憶』も失っているはずだ。会話をしていても、そうとしか思えない。


 つまり、彼女が言っている『顕現の際に払った犠牲』の中に、記憶を失った事は入っていないはずなのだ。


 となれば、他にもさらに複数の犠牲を払っている。



 ――恐らくそれが問題なのだ。



 ただミネルヴァは、この三人と一緒ならこれからもきっと楽しいんじゃないか? と考えるようになっていた。


 自分も気がつけば人間を少し目で追いかけるようになったし、彼らに危険が迫れば少し不安な気持ちになっている。こんな事は初めてだ。


 いつもなら人間に危険が迫ろうともそこまでは気にしない。多少の悲しみが生まれる位だ。リブルの時だってそうだった。



 ――いつか私もリンのように、大切に想ってもらえる日が来るかしら。



 今までになかった感情なのを十分に理解しながらもミネルヴァは、もしネイベルが勝てたら少し生き方を変えてみようかな、と考えるのだった。




三人の心情はそれぞれです。やかんの出自が明らかに。

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