リンの決意
「ところで、この宝具の指輪だけど、魔道具としての能力は一体何なの?」
ネイベル達は祠の周囲を探索しながら地図を埋めていく。
「ああ、一度に顕現までさせちゃったからまだ分からないのね。仕方ないから教えてあげるわ」
ミネルヴァは少し嬉しそうにそう言うと説明を始めた。
「あんたが実際に目にした場所を、位置情報として記録してくれるのよ。要するに自動で地図を作ってくれると思えば良いわね」
すごい人気の宝具だったんだから! と言ってミネルヴァは自慢げな表情を浮かべる。
「確かにすごいっていうか――」
「まぁそうだな。今までの苦労は何だったんだって事にはなっちまうな。助かるからいいけどよ」
「魔力が十分充填されていれば自動で地図を作ってくれるのよ? それに溜め込んだ魔力を消費するだけで、その場で全員が見られるように地図を表示させる事だって出来るんだから。すごい便利なのよ!」
確かに非常に便利だ。これさえあれば道に迷うことも減るだろう。探索も捗りそうだとネイベルは思った。
「せいぜい充填した魔力が切れないよう十分注意することね」
「ああ、そうするよ」
なんだか言い方と表情の差が面白くて、ネイベルはちょっと笑ってしまった。
そういえば、と言ってネイベルは思い出したように彼女へ尋ねる。
「ミネルヴァは、戦闘面で何か得意な事とかはあるの?」
えっ! っと言って少し固まったミネルヴァは、ひそひそとリンに話しかけた。
ネイベルもこっそり聞き耳を立てる。
「あなたもしかして、戦闘にも加わっていたわけ?」
「そうよ。だってその方が面白いじゃない。一緒に冒険をしている気がしてワクワクするわ! でも最初の頃だけよ。最近はネイベルの成長を妨げないように、離れて見ているだけで我慢しているの」
リンがとてもいい笑顔でミネルヴァの表情を歪ませている。
「そう、リンが満足しているなら別に良いのよ」
そしてミネルヴァはこちらを向いてネイベルに高らかに宣言した。
「私の能力は基本的に情報を記録する事に特化しているの。宝具の性質に似るのよ。宝具が私という存在に似ているとも言えるわね」
「つまりおめぇ――」
「ええ、お察しの通りよ。戦闘はあんた達に任せるわ。興味ないから」
「そっか。まあ元々そのつもりだったから良いけどね。それに今、俺はとても調子が良いと思うんだ」
「文字通り、一皮むけたって事でしょうね。期待しているわよ、ネイベル」
髪飾りをつけたリンは、頑張ってねと言って優しく微笑んだ。いつだってネイベルの心をドキドキさせて止まない。
「あんた達の関係もすごいわね。そういえば今更だけど、まだ聞いてなかったわね。リンの宝具は何なのよ」
「ああ、言われてみれば祠で話に出さなかったね。これだよ」
そう言ってネイベルは腰のやかんを差し出す。
今度こそミネルヴァは固まってしまった。そしてリンの方を見て言った。
「リン、あんたもいい性格してるわね。今まで黙って、私の反応を見ながら楽しんでいたんでしょう」
「何の事かしら?」
分からないわ、と言ってリンは首をかしげる。
「そう、そうなのね。本当に分からないのね?」
「ええ、そうよ。やかんがどうしたっていうの?」
ミネルヴァはおでこに手を当てて何かを考えている。
「何だってんだ? 急に黙っちまってよ。やかんはやかんだろうが」
俺には模様の付いたやかんにしか見えねぇがな、とカルーダは呟く。
「ミネルヴァは、俺達の知らない事を何か知っているのかもしれないね。少しこの辺りで休みながら待ってようか」
ネイベル達は腰を下ろして適当な雑談を始めた。
「分かったわ」
不意にミネルヴァが呟く。
「リン、それにネイベル。いくつか質問に答えて」
ミネルヴァは真剣な眼差しで二人に尋ねた。
「まずはリンからよ。あなたはまだ覚醒し切っていないネイベルの魔力を受け取って、無理やり顕現をしたと言っていたわね?」
ええそうよ、とリンは頷く。
「なら数点犠牲になった事があるはずよ」
「それはネイベルにも伝えたわ。でも何を犠牲にしたのかは絶対に言いたくない」
「そう……そうね。それが良いかも知れないわね」
「私は十分に満足しているし、これからもネイベルと一緒に冒険を続けるわよ」
「さっきも言ったけど、あなたが良いならそれで良いのよ。私が何か言ったりするつもりはないわ」
「じゃあ一体何が問題なんだ? 何が分かったんだよ」
カルーダは少しだけイライラしている様子だ。
「待ちなさい。まだ質問が済んでいないわ。それでネイベル、あんたはそのやかんをどうやって手に入れて、どうやって使っていたのか私に説明しなさい」
「あ、ああ。それくらいならいくらでも話すよ」
ミネルヴァの剣幕に押されて少し緊張しながらも、ネイベルは一部始終をかいつまんで説明した。
「南の王都そばの街で手に入れたのね?」
「どこで手に入れたかまでは、まだ皆に詳しく説明していなかったね。この大陸の南部はヲムっていう王国が治めているんだけど、その影響下にある街の蚤の市だよ。売主は価値や能力を理解していなかったと思う」
そりゃそうでしょうね、とミネルヴァは言った。
「次に、ネイベルが理解しているやかんの能力を言いなさい」
ミネルヴァは今までになく真剣な表情そのものだ。あのカルーダでさえちょっと気圧されている。
ネイベルは分かっている事を思い出しながらゆっくりとミネルヴァに伝えた。
妖しい光を放つ、ふたを外すと消える。
光を放っている間は周囲に魔獣を近づけない。
充填してある魔力量によって効果が増大する。
中に水を入れると、リンに手伝ってもらうことにはなるけど、聖水のような効果が加わる。
魔力を奉納すれば、それを消費して薬湯を出せる。
充填した分から消費されているのか、奉納した分が消費されるのかは分からない。
今のところは、これくらいだろうか。ネイベルはあらかた伝え終えた。
ふたが見た目によらず堅かったのもネイベルの命を何度か救ったなあ、と懐かしんでいると、ミネルヴァは険しい顔をして言った。
「それで全てなのね? 他にやかんについて理解している事があれば言いなさい」
ネイベルは改めてそう言われると少し困ってしまった。能力と言えるものは全て伝えたと思うし、武器や防具として利用していた事も伝えた。薬湯を出して飲み水代わりにしている事だって既に伝えている。
他に何かあったか――。
そしてネイベルは一つ大事なことを思い出した。
「ああ、そうだ。修練の祠でミネルヴァが顕現する前に少し話していたんだけど、ひびだと思っていた部分がはっきりと形を帯びて紋章みたいになったんだ。それがちょっと独特な感じでね、気になるといえば気になるかな」
やかんが渦を描きながら蒸気を出しているような全体像をしていて、記号とも絵とも文字とも言えるような模様が広がっている。……ように、ネイベルには見える。
ミネルヴァはまた少し考え出した。おでこに手をあてるのは、考えるときのくせなのかもしれない。
「何かあるのかしら」
リンは少し不安そうだ。
「過去の所有者が変な奴だった、とかじゃねぇか。それを思い出しているとか」
「ああ、ありそうだね。もし猟奇殺人が趣味の人間が使っていました、とかだと少しぞっとするよ」
「ちげぇねぇ」
がっはっは、とカルーダは大きく笑った。
しかしリンの表情は少し優れない。
「リンは何か気になる事があるの?」
「気になるというか……少し胸がざわざわとするわね」
「なんとなく理解したわ。まだ足らない情報が多すぎるけど」
そう言ってミネルヴァはようやくこちらを向いた。
「まず、今回は私が眠っていた時間が長すぎるわね。もっと情報を集める必要があるわ。もちろん地上も含めてね」
ああ、それはそうだろうなとネイベルは思った。
「それに、今までの話とあんたから聞いた話を加味して考えると――」
ミネルヴァはリンとネイベルを交互に見た。
「いえ、やっぱりリンの方針に従うほうが良いでしょうね。そうするわ」
「何だよ、回りくどいな。俺はそういうのが大嫌いなんだ」
「うるさいわね、カルーダ。あんたは少し黙って魔力量を上げるために塵みたいな努力でもしてなさい」
「んぐっ!」
カルーダのこめかみ辺りにミミズが這っている様だ。
「つまりこういう事よ。ネイベル、今、最も大事なことは何?」
ミネルヴァがネイベルに確認をする。
「そりゃ地上に残された末裔達の所を回るため、ダンジョンをさっさと出ることさ」
ミネルヴァは首を縦に振る。
「そうよ。それが分かっていれば問題ないわ。何か困難と直面しても、それに立ち向かって乗り越えられるだけの努力はしているって言ってたわよね?」
ミネルヴァは、ぐいっとネイベルに近寄った。そして眉と口角を吊り上げながら、こちらを覗き込むようにして見上げてきた。
「ああ、ここにいる皆となら絶対に立ち向かえると断言出来る。それだけの鍛錬も積んでいるし、連携も取れてきている」
「そうね、それなら大丈夫よ。少しだけ私もリンの言っている事が理解出来てきたわ」
こうやって人間の成長を見るのは楽しいかもしれないわね、とリンに囁いた。
「ネイベルは導くべき対象ではあるのだけれど、一緒に楽しみたいし、共に困難へ立ち向かいたいのよ。私はそうやって過ごすって決めたの」
リンはミネルヴァに向かって決意を込めた表情を向けた。
リンは少し変わった存在のようです。