真実の一部
「ネイベル、すごく素敵だったわよ」
「これが何かのきっかけになると良いな」
リンとカルーダも、ネイベルにつられて笑顔になった。
その時、急に腰のやかんが妖しく光を放ち始めた。今までにないほどの光だ。
「ん、おめぇそのやかんはどうした」
一瞬視界を奪うほどの光を放った後に、やかんは元に戻った。
「一応収まったけど、どしたんだろう」
ネイベルは少し驚いて、つばを飲み込む。
「あら、まるで宝具があなたの気持ちに応えたみたいね」
リンの笑顔は、今までに見たことがないくらい眩しくネイベルの瞳に映った。
「へぇ、宝具ってのはそんな事まですんのかよ。生きてるみてぇだな」
「あながち的外れとも言えないわね」
「それより、これは祠の入り口と書庫の入り口でみた紋章にそっくりだと思うんだけど」
そう言ってネイベルは二人に確認してもらう。
光が収まったやかんには、くっきりと何かの模様が浮き上がって見える様になっていた。
「おお、本当だ。確かに良く似ているな」
カルーダは顔を近づけて凝視している。リンは優しい笑顔でネイベルを見つめていた。
「カルーダのマントにも似たような刺繍がしてあるよね。最初は何の紋章だろうと思いはしても、特に気に留めてはなかったんだけど」
「ああ、うちの婆がやったやつか。確かにちょっと細部は違うけど似ているっちゃ似ているな」
「どうしてかしらね」
リンがそう言った。つまり良く考えてみろという事だろう。
紋章は円形で、中央から『の』の字を描いているようだ。太い帯をした波線が、ぐるっと一回転している。
その中に、記号や絵が書き込まれている、ように見える気がする。
いや、これはもしかしたら、太古の文字か何かだったのかもしれない。もしそうだとすれば、残念ながらネイベルには読めない。
それに、ネイベルはここに至って初めて気がついたが、やかんが湯気を吐き出している様に見えなくもない。
そしてこの祠は、ガルガッドの王族が必ず利用する所だ。つまりガルガッドとやかんは深い関係があったのか。いやそれ以前からかもしれない。
ネイベルはリンをちらっと見てみる。
「ふふっ」
リンは両手を口に当てて笑った。
「そういや、爺もこれに似た紋章を武具に付けていた事が何度かあった気がするな」
カルーダはそういって深く記憶を探っているようだ。
その後もネイベルはうんうんと唸って考えてみるが、やかんが激しく光った理由と紋章が酷似している理由は良く分からない。
「ネイベル、黙っていないで口に出して考えるのも、解決を助ける事になるかもしれないわよ」
それもそうか、と思いネイベルは考えを口に出してみる。
「扉の紋章、内部にやかんの石像、そしてこのやかんの紋章、それらを念頭に置くと、この紋章はやかんが蒸気を発している様に見えなくもない」
気がする、とネイベルは言った。
「あら、そうね。あなたはやかんが大好きなのだし、そういう見方も素敵ね」
ちょっと違ったのかな、とネイベルは思ったが気にしないで続ける。
「この修練を通して大事だった事の一つが、自分の内面を見つめて正直に気持ちを吐露する事だったんじゃないかと思ったんだ。俺が語り終わった途端に反応したのもあるしね」
リンはしっかりとネイベルを見つめている。
「だから全て語り終わった所で、王族の洗礼みたいなのを終えたって事なのかなと思ったよ」
「何となく言いたい事は分かったが、結局紋章は良く分からねぇな」
「記号とかそういうのはさ、太古の文字かも、とは思ったな。だとしても読めないんだけど」
「ああ、なるほどな。何つったか忘れたが、何とか文字みてぇなのを聞いたことがあったような気がする」
「えっ本当に?」
「良く覚えてねぇな。だがあの紋章をな、爺が武具に付けていたのは思い出したぜ。あれはな、王族への献上品に付けていたはずだ」
ネイベルはなるほど、と思った。祠と書庫の入り口にあるくらいの紋章だ。とても大切なものに違いないし、王家にまつわる何か、と言われても確かに納得できる。
「実際に使うわけではない、儀礼用のやつだった気がするな。いかんせん大昔の記憶だから違うかも知れねぇけどな」
はっはっは、とカルーダは豪快に笑った。
ネイベルとカルーダがそうやって話をしていると、リンが二人の方を向いて言った。
「紋章については続けて考えておくと良いんじゃないかしら。ランプの光は……後回しね、先に少し話があるわ」
そう言ってリンは少し真面目な顔をして話を切り出した。
「ネイベル、私がプシーラから真実の一部を聞いているのは知っているわね。あなたは今回、一つの答えに自力で辿りついたわよ」
ネイベルはリンの方へしっかりと向き直った。
「あなたは確かに、地上に残った王族の末裔よ。そしてこの修練の祠で洗礼を受けた事によって、はっきりと覚醒しているわ。自分でも何となく分かっているでしょう」
言葉の意味は良く分からないが、この確信に近い不思議な感覚を覚醒というのなら、それは理解できる話だとネイベルは思った。
「それと、少し私達宝具に関する話をするわね。あなたも知っておかないといけないし、カルーダもついでに聞いておきなさい」
二人は頷いて耳を傾ける。
「大多数の宝具という物はね、魔力を込めながら魔道具としてのみ利用されているわ。それだけで有用だというのも理由にあるでしょうね。言葉をかわしたり、それ以上となると、以前にも言った通り極々少数しか存在しないわ」
ネイベルは確かにそう聞いた。リンのような存在を顕現させる事が出来る人間は非常に少ないと。
「私達は、そういう力のある人間を正しく導くために存在しているの。脳内で意思をやり取りしながら、顕現できるまで魔力を奉納してもらうのよ。そして覚醒した段階で、ようやく顕現が出来るようになるわ」
覚醒……? それは今したばかりではなかったか。ネイベルの場合、気付いた時にはリンが顕現していたので良く分からない。
「あなたの場合はちょっと事情が特殊でね。覚醒する前に、私が無理やり顕現をしたわ。命に関わる状態だったから仕方ないわね。その代わりいくつか諦める事があったのだけれど、それはまた今度にしましょう」
ちょっと怖いことを言っている気がする、とネイベルは思った。
「つまり通常は、覚醒までの間は脳内でやり取りしながら導くの。覚醒後は顕現するから直接言葉でやり取りをして導くのよ」
そして何故かリンは少しだけ寂しそうな顔をして言葉を続けた。
「宝具の所有者が覚醒をした段階で、脳内でのやり取りが出来なくなってしまうのよ。顕現すれば必要のない事だからでしょうね。つまり、ネイベルの思考を読む事はもう出来なくなってしまったわ」
「なんかちょっと難しい話だったけどよ、つまりおめぇらの関係が正常な形に戻ったってことで良いんだな?」
話を真剣に聞いていたカルーダが口を挟む。
「そうね、そういう事になるかしらね」
「一体何を諦める事になったんだろう。ちょっと怖いな」
「大した事じゃないわよ、安心しなさい」
女性の大した事じゃないは、大した事あるのだ。きっといつか困る事になるんだろうな、とネイベルは思った。
「あなたが王族の末裔で、洗礼を無事終えて覚醒して、私も顕現している。今はそれが分かれば十分よ」
「ああ、あとそれとね。やかんがあれだけ光ったのは、所有者が覚醒した証だからよ! 大した意味は無いわ」
大した意味があるのだとネイベルは思った。というよりも、やかんが光る前から覚醒という状態にあったという自覚がネイベルにはある。
あのやかんは、リンの気持ちをある程度は反映する事が分かっている。
屋敷で運の付くアレを付けた時なんかも抗議するような反応を示していた。
――まあいいか。
気持ちが随分とすっきりして、カルーダともリンとも一層仲良くなれた気がする。
これからの冒険も、きっと良いものになるだろうとネイベルは思った。
自分の気持ちに整理をつけたネイベルは、仲間とうまくやっていけるような気がしています。
そして、ついに真実の一部に自力で辿りつきます。