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命の洗濯

 ――ゴフォッ



 ネイベルが目を開けると同時に、身体が勝手に海水を吐き出した。鼻の穴を逆流し、じんじんとした痛みも感じる。


「ネイベルっ!」



 ――苦しいっ!



 横たわったまま咳き込むように数度水を吐き出すと、肩で息をしながら、ようやく周囲に気を配れる程度まで余裕が出来た。


 頭が柔らかい何かの上に乗っている感触がある。


 ここはどこだ。


 はぁはぁ、と言いながら見上げた先には、不安そうな表情を浮かべたリンがいた。


「気が付いたのね。大丈夫かしら?」


 ネイベルは周囲の状況を確認すると、自分がリンに膝枕をしてもらっている事に気がついた。


「カルーダは?」


 少し震える声でそう言うと


「まだよ」


 と、こわばった声でリンが返事をした。






 まだ、とはどういう事だろう。一体どれくらい時間が経過したのだろう。ネイベルは色々な事を考える。


「とりあえず、どれくらい俺達はここにいるんだ」


「正確な時間は分からないわ。正直私まで吸い込まれるとは思っていなかったもの」


「リンは平気だったの?」


「私は呼吸をしなくても大丈夫だから……だけど、しばらくあの石像の中でぐるぐると、激流に身を任せるままだったわ」


「魔力ごとってことか」


「あなたの空気の層まで強引に、そして無理やり引きずり込まれたのを考えれば……そういう事でしょうね」


「だけどカルーダは――」


 ネイベルがそう口にした瞬間、ぺっと注ぎ口から何かが吐き出されて、地面へと叩きつけられた。


 カルーダが横たわっている。


「おい! 無事か!」


 ネイベルの呼びかけには反応しない。


 結構な高さから硬い地面へと叩きつけられたカルーダだったが、大丈夫だろうか。不安が胸に迫る。


「おい! カルーダ!」


 そうだ、魔法で――そう考えたネイベルだったが、やがて自分と同じように水を自力で吐き出してから、カルーダは意識を取り戻した。






「はぁ、はぁ……おめぇら、無事だったか」


「ええ、少し前にネイベルも意識を取り戻した所よ」


「私が吐き出されて、次にネイベル、そして最後にあなたが吐き出されたわ」


「吐き出す……?」


 そういって頭をさすりながら、やかんの石像の注ぎ口を見上げた。


「ああ、あそこから吐き出されたのか。通りで痛ぇわけだ」


「最初に吐き出されたのが私だったから、ネイベルとカルーダが落ちた地面のあたりには魔力を這わせてあったのよ。幾分マシだったはずだわ」


「そうだったんだ、助かったよ、リン」


「この床自体がね、魔力を反射して受け付けないみたいなのよね。だから完全に痛みを取る事は――」


 今更痛みがこみ上げてきたのか、くぅーと言っているカルーダを見ながら、それでも全員が命を落とさずに済んだ幸運を、ネイベルは噛みしめていた。


「ひとまず皆が無事だったのは良かった。もうこれ以上の罠が無いと良いけど――」


「ネイベル、そういう事は思っていても口に出してはいけないのよ」


「え、何でだよ。みんな無事だったし、罠がもう無いなら中を調べて終わりだろ」


「『無ければ良い』なんて口に出したらね、大抵実現しちゃうのよ。古来からの言い伝えよ」


 そんなもんか、とネイベルは思ったが、本心が口をついて出ただけだ。悪気があったわけでもないし、特に気に留めることはなかった。


「ふぅ……ようやく痛みもおさまった。しかしひでぇ罠だったな」


 あんなの防ぎようがねぇわ、とカルーダがぼやく。


「魔力ごと吸い込まれたからね。俺の空気の層も、リンすらも丸ごと吸い込んでいたみたいだよ」


「へぇ、そうかよ。じゃあ吐き出してくれなきゃ命はなかったな」


「床に叩きつけられるだけで済んでまだ良かったよ」


 ネイベルとカルーダがそうやって話していると、リンが口を挟んできた。


「あなた達ね……どうして吐き出されたのか、しっかり考えなさい」


 そう言うと、真剣な表情でネイベルを見つめてきた。






 リンに促されたネイベルは、どうしてだろうと考えてみた。



 魔力を鍵にして開いた扉。

 中へ入ると勝手に扉がしまり、急に青い炎が空間中を照らし始めて、最後は祭壇へ炎が灯った。

 やかんの石像がその上に照らし出された。

 空間中の海水をネイベル達ごと全て吸い込み、そして彼らだけを外へと吐き出した。



「何か、そうだな。魔力を持った供物を祠の中へと運び込んで、生贄として差し出した――みたいな?」


「ええ、そうね。ネイベルの考えは良い線だと思うわ」


 いつもなら笑いかけてくれるリンだが、真剣な表情を崩さない。


 まだ先があるんだな、とネイベルは考える。



 照らし出されたやかんの石像は、渦巻くように海水を吸い込んだ。それもネイベル達ごとだ。

 中に吸い込まれた後も、海水を口から飲み込んで意識を失うまで、激流に流され続けていた記憶がある。

 そうして十分にぐるぐるとかき回された後で、三人だけ外へと吐き出した。



 ――そう、まるで何かを洗うような。



「生贄を綺麗に洗濯したみたいだ」


 ネイベルは思いついた事を口に出した。


「ええそうね、私もそういった感覚があるわ」


 なるほど、リンが何を言いたいのか理解した。


 ただ綺麗にしただけで終わりなわけがない。


 ネイベルは考えを口に出す。


「つまり、罠の本番はこれからっていう事か……」


 リンは微かに微笑むと、軽く首を上下した。


「なるほどな。おめぇらの話を纏めると、このやかんは俺達を丸ごと水洗いしたってわけだな。そしてこれから食材として調理されるってわけだ」


 リンは目を丸くしてカルーダを見る。


「あなたって見かけによらず、言葉遊びが上手なのね」






 そうやって三人で現状の考察を済ませている間は、特に何も変化は無かった。


 現在ネイベル達は、正面の扉からこの空間へと入り、やかんの石像に吸い込まれてから、注ぎ口の向いている壁際へと吐き出された所だ。


 祠の内部の壁は、とても美しく磨かれた石が丁寧に積まれている。罠が発動するたびに水を吸い込むのなら、もしかするとあれが原因で磨かれているのかもしれない。床はリンの魔力を跳ね返すとも言っていた。


 正面から見て中央奥寄りには、一段高くなった床の中央に、四角柱の石像が横に倒した状態で組まれていた。


 数本が連なって腰の高さまである。


 そこから青い炎が、ネイベル達の背丈を超えるほどまで立ち上っていた。


 段差のある四隅から中央上方へ向かって、曲線を描くように足場のようなものが伸びており、その上には大きなやかんが鎮座している。



 まるであれではやかんを――。



「私もそう思うわ、ネイベル」


 リンがネイベルの思考に応じて返事をくれた。


「前々から思っていたが、おめぇらは声もなく会話が可能なんだよな。正直ちょっとだけ寂しく感じる瞬間があるぜ」


 カルーダがそう言ってネイベルとリンを見てきた。


「俺はリンの心を読めないし、何より、リン以外には思考を読まれたりしたくないよ」


「まぁそれもそうか。それで、何をそう思うんだ」


「ああ、それはね。正面のあれだよ、あのやかんの石像」


「俺らの背丈以上の高さはありそうだが。あれがどうしたってんだ」


「そもそもこの空間の水を全て吸い込める大きさではないのに、完全に内部に収まっているのも疑問なんだけど」


 ネイベルはリンをちらっと見てから続ける。


「組まれた石像、曲線を描いて伸びる足場、四隅から支えられて炎の上に鎮座するやかんの石像」


 カルーダはうなずく。


「まぁ――やかんを火にかけている様にしか見えねぇわな」


 そういう事、と言ってネイベルは首を縦に振った。


 その後も祠の内部を調べて歩く。すると正面から一番遠い壁に、扉の様なものがあるのを見つけた。


 ただし、取っ手などは見当たらず、開け方は分からない。



 ――ブクブクブク



「ああ、いよいよか。嫌な音がする」


 ネイベルがそう言った。


「まぁ予想通りではあるが。この中を調べ終わるまで時間があったのは幸いだったな」


「ええ、そうね。ひとまず奥にあった扉のようなもの以外には目に付くものはないわね」


「何が起こるのか、全く想像出来ないのが辛いな。対策の仕様がない」


 ネイベルはそうぼやく。



 ――シュウウウウウ



 やかんの口から湯気が大量に噴き出して来た。


 そして空間に満ちていく。


「霧みてぇだ。視界が取れねぇ、あんまり離れんなよ!」


 カルーダがネイベルとリンに注意を呼びかける。


「何かあれば大声を上げて! リンも、カルーダも、良いね!」






 空間はいよいよ、濃い湯気に満たされていく。


 二人からの返事はない。


 もう隣に誰がいるかも分からない。


 このまま全てを投げ出してしまいたい様な気持ちになる。


 体中を白い湯気が包み込んでいく。暖かくてとても気持ち良い。


 瞳を閉じてネイベルは大きく息を吸い込む。


 心の中まで洗われるような心地よさを感じながら――。






 ネイベルの視界は暗転した。ネイベルは意識を失った。




ひざまくらって良い響き。

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