厳かな祠
ネイベルは全く気が付かなかったが、三種類の魔法を発動させた上で二種類の魔法を融合し、正確に発動させる事が出来る様になっていた。
「それだけ無意識に空気を纏えているのよ。これは鍛錬の成果といって間違いないわ」
「初級魔法を頑張るだけで随分と幅が広がるんだね」
「あなたの保有魔力が多すぎるから、無限に練習が可能で効率がいいだけよ、ネイベル」
リンはころころと笑いながらそう言った。
「ほとんどの人は融合が出来るようになるだけでも、もっとずっと鍛錬に時間がかかるものよ。三種類の魔法を併用なんてしたら、普通はあっという間に魔力が枯渇するんだから」
「そうだったんだ。確かに言われてみれば、魔法の鍛錬の間に魔力が枯渇する事は一切なかったな」
「ネイベル、おめぇは実感が沸いてねぇようだがな……これはとんでもねぇ事なんだぞ。しかもリンの言い方からすれば、まだ使いこなせてねぇみたいだからな」
呆れるような物言いでカルーダは言った。
「俺から言わせてもらえばな、そんな馬鹿げた魔力保有量を持ったおめぇは、どこかの神か何かだと言われても信じるくらいだぜ」
「確かにネイベルよりすごい人間は、そういないでしょうね」
「でも、俺は何もしていないからなあ。意識がない間にリンが助けてくれたお陰だよ」
カルーダも遂にリンの秘密を聞くに至ったが、それでも普通に接してくれている。
「リンがおめぇの命を救ってくれたってのは、確かにその通りなんだろうけどよ。おめぇが文字通り命を張って頑張ったからこそ、だとも言えるんじゃねぇか」
「だけど、心が完全に折れたこともあるし、絶望にとらわれて命を諦めたこともあったよ」
「その度にネイベルは自力で立ち上がって克服していったわ。そういう事が出来る人間は少ないのよ」
リンはこちらへ振り向くと、最高の笑顔でネイベルに言った。
「それにやかんへの愛情もきっと世界で一番ね」
今日も髪につけた蝶々を模した飾り物が一際似合っているなあとネイベルは思った。
ネイベル達は、目印にしていた岩山の周囲をあらかた探索し終わった。
糸で同じ距離を測りながら未探索領域を調べていたのだが、ふと、糸が無くなった段階で折り返すときにネイベルは気付いてしまった。
「魔法で大きな岩の塊を作って、それを置いておくだけで目印になったりしない?」
「そうね。あなたらしい発想だと思うわよ、ネイベル」
「ああ、確かにおめぇの魔力量ならそれも出来るだろうな」
「えっ、それじゃあそもそも糸いらなくない?」
「あら、どうしてそう考えたのかしら」
「だって、歩きながら適当な大きさの岩のつぶてを置いていけば良いだけじゃないか。今なら鍛錬もしたおかげで形も好きに出来るんだし」
「ふふっそうね。ネイベルが良いと思ったのならやってみるといいわ」
リンはにこにこ笑っている。
「あのな、リンが言わねぇから俺から言わせてもらうけどな。普通の魔法使い、魔導師っていう奴らはな、日に何度も大きな魔法は使えねぇんだ」
カルーダが前置きしながらネイベルに言う。
「いいか? 大きな岩の塊をだな、目印にっていう理由だけで、ぽんぽんと置いていけるのはおめぇくらいのもんだ」
「ええっ! そうなのか」
完全に初耳であった。
「それにな、大魔法とも言える様な魔法を使えば、大体の奴らは一回か二回で魔力が枯渇する。さすがに昏倒するまで魔法を使い切る魔導師なんてのはそう見ないけどな、普通は魔力っていうのは節約しながら行動するんだ」
俺らでもそうしてた、とカルーダは言った。
「なんか自分がひどく常識のない人間に思えてきたよ」
「おめぇ、今更かよ!」
カルーダが笑いながらそういって背中を叩いてきた。
「ネイベルはネイベルの思うままに成長していけばいいのよ。それが一番良いわ」
ああ、これは人を駄目にする笑顔だ。でもリンは優しい様で厳しい。答えは教えてくれない。
岩の塊を目印に落としていく方法をとってからは、探索が大いに捗った。未探索領域もどんどんと埋めていく。
「こっちの方角はまだあまり調べてなかったな。次はこっちへ行こうか」
ネイベルの歩き出す方向へと全員で進んでいく。
「しかし思った通りというべきか」
カルーダが周りを見渡してそう言った。
「ああ、やかんはもうランプとしては使えないってことだろうね」
ネイベルは少し寂しい。
「それにしてもこれは不思議よね。ダンジョンの中だから今更なのでしょうけれど……」
海中を進むにつれどんどんと暗くなっていくと、辺りに青く儚い光を放つ鉱石が広がるようになっていた。
最初は少なかったのだが、いまやそのあたり一面に広がっている。
視界をそれなりに確保できるだけの光量もあるし、なんだか幻想的で美しくはあるのだが、手に鉱石を持った途端に光は止んでしまうのが残念だ。
リンが言うには、人間の魔力に反応しているのではないかという事だ。
奥深くへ行くにつれて、怪物も大型化してきた。空気を纏わせる事なく退治するのは良い鍛錬になっているが、カルーダが少々しんどくなっている様子だ。
「大丈夫? カルーダ」
「ああ、まだ平気だ。だがおめぇと違って俺は補助系統の身体強化の魔法しか使えねぇ」
「へえ、カルーダのそれって身体強化だったんだ、知らなかったよ」
「なっ! おめぇ本気かそれ!」
カルーダは、さっとリンを見る。リンはすっと目をそらす。
「はぁ……随分と変わった育成方針の師匠みてぇだな」
「そうなのかな――でも俺は満足してるんだ。リンの指導はいつだって正しいし、俺にはありがたいよ」
「まぁそうだな。おめぇにとってはこれが一番良いのかも知れねぇな」
カルーダはため息を交えながらではあるが、一応納得したようだ。
「カルーダだって、もしかしたら自分でも知らない魔法適正があるかもしれないよ。リンに調べてもらったら?」
「いや、俺は構わねぇ。身体を強化して敵をぶん殴る。ひたすら突く。そして切り裂く。こういうのが性に合ってんのさ」
スタリーさんに殴られたあたりを手でさすりながら、どこか満足気な表情を浮かべている。
「補助系統の適正があるなら、他にも使えそうな魔法はあると思うわ。その気になったら声をかけて頂戴ね」
リンがそう言うと、ああ、気が向いたらなと言ってカルーダは歩き出した。
ネイベル達の行く手には、祠が見えている。現在はそれを目指して歩いている所だ。
地図はしっかりと埋めてあるし、退路にも一応は岩で目安を置いてきた。やかんの形をした岩にしたのだが、リンは大いに喜んで、カルーダはため息をついていた。
「カルーダ、これは俺の経験則なんだけどね」
祠についたネイベルはカルーダに向けて言った。
「このダンジョンの方向性から言えば、この祠は確実に罠なんだ。俺は今までこういった建物型の罠を安全に抜けれた試しがない」
カルーダは真剣に耳を傾けている。
「脅すわけじゃないけど、全ての罠で命を落とす寸前まで――いや、落としたと言っても過言じゃない」
だからね、とネイベルは続ける。
「踏み込んだ瞬間から、命をかける覚悟が必要なんだ。俺がカルーダにこんな事を言うなんてちょっとおかしいけどね」
そういって少し笑いながらカルーダを見ると、彼も口角を上げながらネイベルに言った。
「俺はよ、おめぇらに着いて行くって言った時からな、もうどこで命を落としても後悔はないって覚悟してるぜ」
老い先短いしな、と言ってネイベルの方へ向けた瞳には、静かに炎が揺らめいているように感じられた。
徐々に豊富な魔力を使いこなしていくネイベル