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砂海の王と人生の可能性

 御伽噺の様な空間で、圧倒的な存在に囲まれたネイベル達は、絶望という言葉の意味を知った。


「あっ……あぁ……」


 カルーダは小刻みに身体が震えている。


 右腕を天に掲げ左腕は胸に置いている。ガルガッドでの祈りの所作だろうか。


 リンは目を大きく見開いて左手を口に添えたまま動かない。


 周りを見渡しながらネイベルは、生き残る為に出来る事を良く考えた。


 手足のない方の大きい鯨は、歩けないのではないか。


 それなら地面のある方を全力で走れば助かるかもしれない。


 ネイベルは、何もする事なく命を諦めるのは絶対に嫌だった。


 どう見ても刃が通りそうもない甲羅に覆われており、白く美しい身体の皮も硬そうだ。


 もじゃもじゃと生えた髭も、攻撃手段として利用してくるかもしれない。


 ネイベルは少しだけ走り抜けられそうな隙間を見つけると、リンとカルーダに声を掛けて全力で抜け出そうと考えた。


 その瞬間を探りながら視線を周りに向ける。






「ネイベルっ!」


 リンが突然、彼女にしては珍しく大きな声を上げた。


 ネイベルはびくっと体が反応した後でリンを見る。


「絶対に攻撃をしてはだめよ。それに逃げるのもだめ。カルーダも良い? 良く聞いて頂戴。彼らは、対話を望んでいるわ」


 はっとした表情でカルーダはリンを見る。ネイベルはリンの言う事を信じて、ひとまず落ち着いて彼女の話の続きを待った。


「彼らはこう言っているわ。『地上の王よ、よくぞ参られた。砂海の王プシーラである。約束の時は来た』ってね」


「ど、どうしてリンにはそんな事が分かるんだ?」


「カルーダには今まで黙っていて申し訳ないと思ってるわ。今は理解出来ないかもしれないけれど、私はそもそも人間ではないの。それどころか、存在的に言えば彼ら怪物に近いくらいよ」


 カルーダは絶句している。口が開いたまま言葉をうまく紡げないようだ。


「リン、とりあえず細かい話はいい。俺はどうするべきだ? 地上の王はここにはいないし、ピスソ陛下もすぐには来れない。彼らが勘違いをしている間になんとかしないと――」


「ネイベル、落ち着きなさい。それに彼らは勘違いしていないわ。地上の王というのは、あなたの事よ」


 普段からリンの言う事は、ネイベルにとって理解しがたいものが多かった。


 それでも彼女はネイベルに、しっかりと自分の頭で考えろと常々言ってくるのだ。


 いつだって簡単に答えは教えてくれない。


 ネイベルはとりあえず考えてみる事にした。






 しかし何度考えてみても、さっぱり理解が出来なかった。


 リンの方へ恐る恐る視線を向ける。


「そうね、彼らが言っていた事を要約すると『話しかけ続けていたのに返答がないから、少々強引にここまで連れてきた。地上の王が砂海を訪れるのは本当に久しぶりだから嬉しい』って感じね」


 ネイベルはもう一度考えてみる。


 砂海の壁際を歩きながら探索していた間、この怪物は遠目にずっと見えていた。


 しかし襲ってくる気配もなく、ただ時折、大きな音を出しながら気持ち良さそうに泳いでいるようにしか見なかった。


 あの音がこちらへの問いかけか何かだったのかもしれない。


 地上の王は随分と長い間ここには来ていない様だ。


 それもそうだろう、バレスト大森林はそもそも未開の地であり、そう易々と踏み入れる事はできない。


 となれば、大昔はこの音を聞いてやり取りできる地上の王がいたのかもしれない。


 そして、何かを感じ取ってネイベルのことを地上の王と勘違いしているのだ。


「俺を地上の王だと判断する根拠は分からないが、俺の望みはダンジョンから地上へと出ることだ」


「でもネイベル、良いのかしら? あなたはいつだって、自分の力で道を切り開いてきたわ。私はそっと背中を押しただけ。ダンジョンからの生還だって、十分に可能なほどあなたは力をつけて来たじゃない」


 リンはそういって妖しく微笑んできた。



 ――そうか、そうだったな。



 いつだって困難を乗り越えるために頑張ってきたじゃないか。


 ここで横着すると、一生後悔する気がしたネイベルは、リンの言葉を素直に受け入れた。


「危うく一生後悔するところだったよ、リン。いつもありがとう」


 そしてネイベルはリンに手伝ってもらいながら、自分の思いを伝える。


「俺はここにいる三人で、再び砂海の上へ戻りたい」


 リンは砂海の王に手をあてながら、すこし長い間やりとりをしているようだ。


 目をつぶって微かに微笑んでいる気がする。いつだって素敵だ。


「すこしやり取りをしたのだけど、なかなか面白い話が聞けたわ。でもそのお話はまた今度ね」


 ガルガッドへ戻りましょう、とリンは言って、怪物の口の中へ入っていった。


 後を追うようにネイベルとカルーダも続いた。


 プシーラは震えるように音を鳴らしながら、砂の海へと潜っていったようだ。


 命の危機は去った。










 ピスソ陛下は、身を乗り出すようにしてネイベルの話に聞き入っている。


 現在ネイベル達は、前回も利用した国王が会談に使うための部屋に集まって、探索の結果を報告していた。


「なるほど……それでは報告にあった砂海の王とやらは、攻撃の意思がないという事でいいんだね?」


「そういう事になると思います。リンの技能によってたまたま意思の疎通が出来たので判明した事ですが、どうやらこのガルガッド王家の血を引く者と、対話がしたかったみたいです」


「私のほかにもそれなりの人数がいると思うが」


「現在、王と呼ばれているのは陛下ただ一人です」


「それはその通りだが――そう言えば、飲み込まれた戦士達はその、やはりあれか、だめか」


 ピスソ陛下の顔が少し歪む。


「それがどうやら、あまりにも力を失っている人間達を見たプシーラが、自ら体内に取り込んだという話です。身体を作り変えているのだと聞いています。終わり次第こちらに戻れるかと」


「な、そ、そうか! 無事に戻れるというのならば、それは朗報だ。彼らの家族にもなんと伝えていいものかと……それで、他には何か言っていなかったか?」


「はい。リンが聞き出してくれたことですが……ガルガッド王国の成り立ちは、大昔に地上から地下へと追いやられた民族が集まり……という話でしたが、少々実情は異なるようですよ」


「なんだって! 口伝が違っていたというのか」


「そのあたりの事情は私には分かりかねますが……どうやら追い出されたというよりも、自分達の方から距離を取ったみたいですね。民の命を救う為だった、とプシーラ――失礼、砂海の王は聞いていた様です。初めは未開の地へ足を踏み入れて、そこを拠点としていたみたいですね」


「未開の地といえば、君が閉じ込められるきっかけになったという、あれのことかな?」


「その通りです、陛下。やがて未開の地にいた民がダンジョンに巻き込まれ、例の砂海の王と出会ったという話です。砂海の王はどうやら当時なにか恩を受けた様子で、ガルガッドの地を豊かにする、という恩返しをしたみたいですね」


「なるほど、民の為か。我らが先祖様達は、立派な志をもった方々だったのだな。そして助けた魔物に救われた、という事か」


「概ねその通りかと存じます」






 ピスソ陛下は用意されたお茶を一口飲んだ。


「ネイベル君――私は、かしこまるな、と言ったね? せめて少々丁寧な言葉使い、くらいまでで頼むよ。肩がこりそうだ」


「分かりました……その後ダンジョンの成長に合わせて、砂海の空間とガルガッド王国のあるこの空間は、繋がりを絶たれてしまったみたいですよ。以後、やり取りのないまま千年以上が過ぎたと聞いています」


「そうだったのか」


「ただ、プシーラは対話を求めていましたが……王家の者は民と共に平穏に暮らしているので、そっとしておいて欲しい、とも伝えてあります」


 その後も、カルーダには黙っていてもらう約束をして、ピスソ陛下にはリンの真実を上手に隠しながら、探索の様子を詳細に語った。


 ピスソ陛下の目はいつにも増して燦燦としており、周りの人間達も、ネイベルの話に熱を帯びる様に聞き入っていた。






「大昔の資料と一部齟齬があったが、概ね理解した」


 ピスソ陛下がそう言ったのを合図として、報告会はお開きとなった。


 ふぅ、と息を吐いてネイベルは腰を落ち着けている。ここは陛下が部下に頼んで特別に手配してもらった宿だ。


 ただの旅人として扱うとは何だったのか。ネイベルにはもったいない素敵な部屋である。


「あんな感じで良かったかな」


「ええ、上手に話せていたと思うわよ。私も少し聞き入ってしまったわ」


 リンは柔らかい声でネイベルをねぎらってくれた。


「とりあえず食料だけは何とか陛下に手配してもらって、上へと繋がりそうな通路や階段なんかの通行許可を貰おう」


「そうね、プシーラにはまた今度お願いを聞いてもらいましょう」


「そうだね――でも、僕を地上の王と言っていた部分は未だによく分からないよ。リンは何か分かったの?」


 話を振られたリンは、話すべきかどうかを思案している様子だった。ややあって、口を開く。


「あなたが聞きたいというのなら、私の口から真実を伝えるわ。あなたの出生や、あなたが私に話してくれた『先生』の存在にも関わってくるわね」


「え、なんだって! 先生が関係しているのか? それはとても興味があるよ、是非――」


 少し興奮したネイベルの言葉に被せるよう、リンが告げてくる。


「自分の出生の秘密は、自分で探るという手もあるのよ、ネイベル。ここで私が話すのは簡単だわ。でもそれをしてしまうと、自力で正解に辿り着く、というあなたの人生における可能性を、一つ完全に潰す事になってしまうから……私はあまり気が進まないわ」


 それでもあなたが望むのなら、とリンは言った。


 ネイベルはもう一度良く考える。


 こういう時は、先生の話を思い出すとうまくいくのだ。先生は確かこう言っていた。



 ――人生とは決断の連続だよ。人間が出来る事なんて、せいぜい選択肢をいくつか増やす事だけだ。



 その後は……ただし、その選択肢が君を救うこともある――だっけかな。


 沢山の選択肢を残せるようにしろ、みたいな事を言っていた気がする。


 ネイベルは、良く考えてから結論をだした。


「自分で出来る所までは、自分で頑張ってみようと思う」


 リンの目をはっきりと見ながらそう伝える。


「とても素敵な考え方だと思うわよ、ネイベル。先生の教えは、私にも響くものがあるわ。きっととても素晴らしい方なのね」


 リンに先生を褒められると、ネイベルもちょっと嬉しい。


 ただ、リンはちょっと勘違いしている。先生は――。


 そこまで考えて、思考を読まれている事に気づいたネイベルは、はっと顔をあげた。


「リン、俺はね、先生の正体を自分で知る、という君の人生における可能性を潰したくないんだ」



 

人生における可能性という名の選択肢。自分はいくつ潰してしまったんだろうなあ。


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