とんでもないお宝
通路を抜けたネイベル達の目の前には、見渡す限りの砂地が広がっていた。
それに暑いじゃ済まない。熱湯の中で泳いでいるくらいに感じる。
「砂漠ね」
「砂漠?」
リンの言葉をそのまま返すネイベル。
「見ての通り、細かい砂が一面続いているわ。緑もなく空気も乾燥していて、寒暖の差が激しいわよ。大陸では珍しいからネイベルが初めて見るのも無理はないわ」
「へぇ、地上のやつらはこれを知ってんのかよ。俺らはこの大地を砂海って呼んでてな、これがまた酷く厳しい所なんだ」
カルーダの顔は険しい。
「まず、昼は気温が高すぎるせいで大量に汗をかく。肌を出して歩いていると、火傷するくらいだ。そして夜は急激に冷え込んで、寒いんだ。俺らも水を大量に用意して、馬にひかせようとしたけどな、馬はここじゃ上手く歩くことが出来ねぇんだ。それに夜の寒さを凌ぐために、防寒具まで用意しなきゃなんねぇ」
今日は革の帽子に革のマントという格好のカルーダであったが、理由もしっかりあったようだ。
「つまり大量の荷物を運びながら魔物と戦う必要があってな、足元が砂地なのもあって体力も奪われるし、何より魔物がよぉ――ああ、あれだ」
ネイベルの視界には恐ろしい光景がうかんでいた。砂の中を泳いでいる生き物がいる。ここからでもはっきりと見て分かる程なので、相当大型だろう。
「あれだ。あいつがやべぇんだ」
ネイベルは、カルーダの瞳に少し怯えの色が混じっている気がした。
「俺も選りすぐりの戦士を連れて一度退治しに来たんだが……相当数の部下が飲み込まれちまった。口を開けてひと飲みだ。あいつはな、人間を丸ごと飲み込んじまうんだ。戦いにすらなりゃしねぇ。なにより体躯がな、半端な大きさじゃねぇのはだけは見ての通りだ。刃が通らなかったって言ってるやつもいたな」
「つまりあなた達は、精鋭部隊を投入してもまったく歯が立たなかった大地にいる強敵を、ネイベルに何とかしてもらいたいってことね」
調べて情報を持ち帰ってくるだけって言ってたのに、やってくれたわね、とリンは非難する。
「そうはっきりと言ってくれるな。こっちもな、色々と切羽詰ってんだ。さっき通ってきた通路は分かるよな? あの通路、以前はもっとずっと長かったんだ。どうやらあのでけぇ魔物が壁ごと削ってるみてぇでよ、陛下はいずれ壁が崩れてあの魔物が国を滅ぼすんじゃねぇかとお考えだ」
今カルーダが言っていた事を頭の中で整理したネイベルは、木製の扉の存在も合わせて、ひとつ思い当たる節があった。
「カルーダ、もしかしてこの大地はここ数年で現れたんじゃないか?」
カルーダは少し目を見開く。
「お、おぅ……良く分かったな、その通りだ。大体六年から七年前って所だな。轟音が国中に鳴り響いてよ、慌てて各地に戦士を送ってみたんだ。そしたら急に壁に怪しい扉が現れたってんでよ? 最初は誰かの悪戯か何かだと思ったんだが、調べさせてみても報告がさっぱり理解できなくてな。俺が精鋭部隊を連れて調査したんだ」
やっぱりそうだ、とネイベルは思った。この空間がいつダンジョン化したのかまでは分からない。
ただ、ネイベルが巻き込まれたように、ガルガッド王国もまた、ダンジョンがその構造を変えた瞬間に巻き込まれたのではないだろうか。
もしかしたら、大昔は凍土とも繋がっていなかった可能性すらある。
「俺も似たような体験をしたことがあるからな。実は、あの木製の扉にも見覚えがあったんだ」
「そういや、おめぇは急に地上から地下へと閉じ込められたって言ってたな。そういう事か」
「二人とも、話はそれくらいにして頂戴。それで、あいつをなんとかすれば、私達を地上へつながる道へと案内してくれるって事でいいのよね?」
リンがカルーダに確認をとる。
「あぁ、そういう事だ。面目ねぇ話だが、俺らは対人戦闘専門だ。弱い魔物くらいしか相手に出来ねぇ。そこで、魔物専門のおめぇらなら何とかなるんじゃねぇか、っていうのが上層部の意見だ」
「随分と勝手な言い分よね」
「面目ねぇよ。まったく馬鹿げた話だがな、この地下でも人間同士の争い事は起きるんだ。戦士はそれを抑えるための抑止力として存在するだけだ。魔物を狩れるやつなんて、この国にはほとんど残っちゃいねぇのさ」
カルーダは自虐的にそう言った。
国を追われた民族同士でまた争い事を続けるのか、とネイベルは思ったが口には出さないでおくことにした。
ガルガッドでは、あの大きな湖と、そこから連なる川や池なんかの効果で怪物が発生しないのだろう。
狭い通路に迷い込んできた小型の怪物を、壁際で処理するくらいしか戦闘経験がないのかもしれない。
遠くの砂地を泳ぐ怪物を見て、ネイベルはどうするべきが思案するのだった。
なにはともあれ、ネイベルはいつも通り妨害魔法を逆用して、自身の身体の周りの温度を過ごしやすいものに変えた。リンは元々なんでもない風だ。
「それでおめぇら、俺が散々持って行けっつった水やら防寒具やらは結局置いてきちまったよな。しかもその格好だ、ただじゃ済まねぇと思うぞ」
カルーダは不安そうにそう言ってくるので、ネイベルは彼にも妨害魔法をかけてやった。
「なんだこれは……はぁっ? お前、ネイベル、これは一体――」
「俺はこういう魔法が一番得意だっていう話だ。あんまり普通の使い方じゃないらしいよ、リンからはそう聞いている」
「妨害魔法を自分自身へかける行為自体がなかなか無い発想よ。ただやろうと思えばやれる人間はいるでしょうね。でも身体中に纏わせ続けて、しかもそれを当然のようにずっと安定させて維持し続けるなんて無茶は、世界中であなたくらいしか出来ないわよ」
「はぁ……確かにこれだけで探索は随分と楽になるだろうなぁ。しかし、ネイベルの話で聞いてはいたが、リンは本当にこいつの魔法の師匠なんだな」
「私は別にネイベルの師匠になったつもりはないし、名乗ってすらいないわよ。彼が勝手に私を師匠だって、そう言っているだけ。確かに手ほどきはしたけれど、大部分は彼の発想の柔軟さと努力の賜物よ」
それに私は師匠より妻になりたいんだから――そうやってネイベルの方へと妖しい微笑みを返してくる。
いつも通り、たまらなく素敵で妖艶だし、ネイベルだって出来ればそうしたいが、彼女は人間ではない。
ネイベルは、この世の理不尽さを呪った。
「はぁ、随分と仲が良いから夫婦か何かかと思ってたけど、おめぇら結婚してねぇのか。まったく、こんな良い女は早々いねぇぞ? ネイベル、悪い事は言わねぇからさっさとしておけ、な?」
「あら、カルーダはやっぱり見る目があるわね。そういう事よ、ネイベル」
事情を知らないカルーダを余所目に、リンはとても上機嫌そうだ。
それにリンは、結婚したくても出来ない事が分かっていて言っているのだ。
まったく理不尽だ。
「じゃ、そろそろ探索を始めるよ」
適当な所で話を切り上げて、ネイベルは歩き出そうとした。しかし、カルーダがそれを止める。
「いやおい、待てって。おめぇら水はどうすんだよ。見たところ何も持っていない様にしか見えねぇが……他人の魔力で満たされた水なんて大量に飲んだらどうなるか、当然おめぇらなら知ってるだろうがよ」
ネイベルは知らなかった。
今まで自分の魔力をやかんに注ぎ、そこから薬湯を出して飲んでいたが、他人へとそれを与えた事はなかったからだ。
そんな事は知りたくなかった。
ダンジョンに篭ってから、他人と関わる事がなかったという事実を思い出してしまった。
(ネイベル、やかんから出るのは水じゃなくて薬湯よ。だから飲んでも大丈夫だわ。カルーダは良い奴そうだから、やかんの秘密も少し教えてあげたらどうかしら)
魔力を水に変えるのと飲めないのに、薬湯に変えると大丈夫なのか。どういう理論だろう。
ネイベルはリンに視線を送る。
(ネイベルの魔力が、魔道具であるやかんの中で薬湯に変換されているのよ。無害どころか良く効く万能薬よ)
なるほど、知らなかった事実だ。ネイベルの体が元気な理由はここにあったのかもしれない。
そしてネイベルは、さも知った風にカルーダへそのまま伝えた。
「ああ、当然知っているさ。大量に飲めば、飲めばあれだな、やばいという事は知っている」
リンがくすくす笑っている。
「実は黙っていたけどな、このやかんは魔道具だ」
そう言って、逆さにしてはめていたふたを久しぶりに元に戻してやる――途端にやかんは妖しい光を放ち出した。
「あのな、お前がそのやかんを大好きなのはもう知っているよ。話に何度も出てきただろう。俺が言いたいのは、そんな量じゃ足りねぇって事だ」
「ああ、それは問題ないんだ。このやかんはな、魔力を注ぐと、それを薬湯へ変換してくれる能力があるんだ。薬湯は無害どころか身体に良い影響まであるんだぞ。ちなみに飲み放題だ」
カルーダは口を開けてぽかんとしている。
「おめぇそりゃ……そのやかん、とんでもねぇお宝じゃねぇか……」
カルーダはやかんのすごさを知ります。
良ければブックマークや感想、評価なども宜しくお願いします。