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失われた伝説

新しい章になります

 ネイベルは現在、リンと共に順調にダンジョンを下っていた。


「リン、俺はダンジョンから生還したいんだよ」


「ええ、当然知っているわよ。私だって久しぶりに外の世界を歩きたいわ」


 ネイベルが毎日やかんに魔力を注ぎ続けてきた結果、汚れも錆びも全く見当たらなくなり、美しい光沢を放つようになっていた。


 手に入れたときとは雲泥の差がある。


 少し目立っていたひびには魔力が満たされていって、うっすらと不思議な紋様を映し出すようになっていた。


 どうやらあれは、ひびのように見えてひびではなかったようだ。


 そのせいもあってか、既にリンの身体は半透明ではなくなっており、しっかりと実体を伴っている。


 どこからどうみても、人間にしか見えない。


 それもネイベルから見るととびきり美人に見える。最高の相棒だ。


「はぁ……どこかで上にあがる階段を見つけないとなあ」


 ネイベルのぼやきは止まらない。


 逆に言えば、それだけ余裕のある旅路であると言える。






 墓地を出たネイベルとリンは、熱風が吹き荒れる大地と、身も凍えそうな大地を通り抜けた。


 人間ではないリンにとっては、気候の変化など全く意味がなかった。だが、ネイベルには大問題だ。


 どうするべきか頭をひねり続けた結果、妨害魔法を逆用するという発想に至った。


 本来なら魔法を使って周囲の温度を自在に調整し、相手に苦痛を与えるのだが、それを逆用したのだ。


 結果的にその試みは大成功となった。お陰で苦労する事もなく探索を続ける事が出来ている。

 

 初めて見る怪物が多かったのだが、黒鉄の骨兵士達のほうがよっぽど強敵であった。


 マグマの川を裸で泳いで渡ったのが一番苦労したくらいだ。


 もっともネイベル以外にそんな荒業をこなせる人間はいない、とリンは上品に笑いながら言っていた。


 そうやって時折現れる燃える亀や氷の狼なんかを棍棒で叩き潰し、道無き道を突き進み、下り階段を見つけ出していった。


 今までにない快進撃といえる。






 かなり長い階段であったが、ようやく下りきった。


 先には、それなりの幅と高さを兼ね備えた通路が続いており、ゴツゴツとした黒っぽい岩壁がどこか懐かしい。通路の奥は少し薄暗くなっている。


「ようやく到着したな」


「ええ、そうね。今回の下り階段は今まで一番長かった気がするわね」


「その分、上がる時に苦労するんだぜ、ため息しか出ないよ」


「あら、私はネイベルと会話が出来る時間が増えるから嬉しいわよ」


 ネイベルとリンは仲良く雑談をしながら、通路を進んでいった。


 少し曲がりくねっていた通路ではあるが、ようやく終点が見えた。


 光が漏れ出ているのが確認できる。


 それにしても、このダンジョンは一体どういう構造をしているのだろう。


 天井がない大地を抜けて階段を下ると、その先にもまた天井のない大地があったりする。


 太陽の光が届くわけもないのに、明るいのも不思議だ。


 上空を見渡しても光源足り得る物があったりなかったりする。考えても仕方のないことなのだろうが、本当に摩訶不思議である。


 せっかくお気に入りのランプ……もとい()()()があるのに、こういった薄暗い通路以外では大して出番がない事が少し悲しい。






 ネイベルとリンを待っていたのは巨大な白壁と立派な門だった。


 左右に長く伸びたその白壁は、遠くに見えるダンジョンの岩壁まで到達しているみたいだ。


 ネイベル三人分以上の高さがあるのではないかと思える。


 ダンジョンの黒っぽい岩壁との色合いがなかなかに素敵じゃないか、とネイベルは思った。


「これは一体どういう事だ」


「さあ、私もこんな所まで降りてきたのは初めてだから確かな事は言えないわ。でも……」


 リンは少し俯きながら、時折ぶつぶつを呟き考え事をしている。


 明らかに人工物に見えるものは墓地のエリアにも見受けられたけど、ここにある壁と門はそれ以上に人間臭さを感じるとネイベルは思った。


 少なくとも知性のある存在が、ダンジョンに抵抗するために作った物のような気がするのだ。


「確かな事は言えないけど、以前に少し聞いた事があるわ。この大陸の伝説の一つに、地下――」


 そこで一旦、リンは紡いでいた言葉を止めた。上を見上げている。釣られるようにしてネイベルも視線の先を追いかけながら、同時にギィィィという何かが軋んでいる音を耳が拾った。


 視線の先から巨大な矢のようなものが放たれ、ネイベル達の足元へと轟音を伴って突き刺さった。


 直撃すれば命がないだろうという攻撃だ。明らかに敵意を込めたものだろう。


 そして矢が飛んできた方へと視線を戻すと、青白く、少し変わった見た目をした人間がいた。



 ――人間だよな?



 ネイベルは少し自信がなかったので、リンの顔をちらりと見る。


「ええ、恐らく彼らは人間だと思うわよ。今よりずっとずっと大昔、地上に住む人間同士で争いがあって、その時に負けてしまった民族達が、集団で地下深くへと追いやられた――という言い伝えがあるのよ。彼らは恐らく、その者達の末裔なんじゃないかしら」


 リンは一息にそう説明してくれた。もし本当なら、随分と悲しい物語だ。


「でも、そうね……地上でその言い伝えを信じている人なんて、全くいないと言っても差し支えないわ。私でさえ、おかしな妄想が一人歩きした御伽噺か何かかと思っていたもの――この状況に陥るまではね」


 そう言ってリンは、なんだか楽しそうな笑みを浮かべてネイベルの疑問に答えてくれた。


「今私達は、失われた伝説と言っても良いくらいの、浪漫溢れる冒険譚の主人公になっているのよ! ワクワクするわね、ネイベル!」


 こんなに豊かに笑うリンは珍しい。ネイベルは、釣られて自分の気持ちも昂ってくるの感じた。






 いつになくワクワクしている様子のリンを横目に、ネイベルは目の前の巨大な矢を見ていた。


 最初は金属製だと思ったのだが、どうやら木製であるらしい。表面になにかを塗っているみたいだ。


「それでリン、どうしたら良いと思う?」


「そうね、このまま立っていても拉致があかないわね。ネイベル、あなたが少し話しかけてみたらどうかしら。同じ大陸にいたっていう話だし、言葉が通じれば何とかなるかもしれないわよ」


 リンの言っている事にも一理あるので、従ってみようとネイベルは思った。


 別にこちらは最初から喧嘩なぞするつもりはないのだ。むしろ何もしないので素通りさせて欲しい。


 ここを通って上へとあがる階段を見つけないと、一生ダンジョンからの生還は不可能なのだ。


「話をさせてくれ!」


 ネイベルは大きな声でそう叫んだ。言葉は通じるだろうか。


 リンが言うには、元々は同じ大陸にいたらしいし、なんとか通じて欲しい。そうでないのなら、割りと詰みかもしれない。


 いや、リンがいればそれでも何とかなるか――そんな事を考えていると、壁の上から声が帰ってきた。


「何者か! 大きな声で国民番号を言え!」


 とりあえず言葉が聞き取れたのでその点は良かった。


 しかしネイベルは困ってしまった。国民番号とは一体なんだ? 困ったときのリン先生、と思ってちらりと見たが、彼女も良く分かっていない様子だ。両手を口に当ててこちらを見ている。


 ネイベルは最近分かってきたのだが、あれは多分考えを読み取られない様に、両手を口に当てて表情を隠しているのだ。


 ネイベルの考えは全て筒抜けだというのに、なんとも不公平な……おっといけない、考えが横道に逸れてしまった。


「ここの国民ではない! ダンジョンから生還するために、どうか通して欲しい!」


 ネイベルは、嘘は言っていない。ここでなにか適当な嘘をついてもいつかバレるだろう。


 小さい嘘はいずれ積み重なって大きな嘘となり、やがて身を蝕んでいくのだ。本当の事を言う必要はない。


 嘘をつく事がまずいのだ。商人の鉄則でもある。


「貴様! 馬鹿にしておるのか! 嘘をつくのではない!」


 嘘つき呼ばわりされてしまった。


 ネイベルは嘘などついていないのに。隣ではリンがクスクスと笑っている。


「本当だ! 嘘はついていない! 俺はダンジョンの奥から来た! 荷物を検めてもらっても構わない!」


 やや間があって、正面に見える扉が少しずつ開いていく。重厚な金属音を響かせながら口を開ける城門は、ネイベルの気持ちを引き締めるには十分すぎるほどの存在感があった。


「しかし、こんなに簡単に扉を開いていいのか? もし俺が嘘をついていたら、この国は大惨事になったりするかもしれないというのに」


「単純に、あなた一人程度ならどうとでもなる、という事じゃないかしら。私は数に入っていないでしょうしね」


「実際一番危ないのはリンだと思う……痛い」


 ネイベルは頬を捻られた。そんな雑談を繰り広げているうちに、四人の男達がこちらへ向かって近づいてきた。






「武器を捨てろ。荷物を出せ。名前と年齢と……あとそうだな、職業適性を言え。生まれたときに伝えられたものがあるだろう」


 ネイベルは言われたとおりに両方の腰に差していた棍棒と剣を地面へと置いた。


 しかし、職業適性とは何だろう。困った、完全に初耳だ。そもそもネイベルは生まれたときの事をあまり知らない。


 嘘を言うわけにはいかないし――。


(今の職業を伝えればいいんじゃないかしら。それなら嘘にならないわよ)


 リンが脳内へと声を届けてくれた。最近はずっと声に出して会話をしていたので、少し驚いたが確かにその通りだ。


 ネイベルは彼らに向かって告げた。


「ネイベル・ティボル、三十一歳だ。職業適性とやらは分からん。現在は商人くずれのニワカ冒険者って所だ」


 目の前の男は一緒に来た他の男達と視線を交わす。


「なるほど。それで、お前はそっちの通路の奥から来たっていうんだな? 通路の奥がどういった様子だったのか言ってみろ」


 ネイベルは素直に答える。


「特に変わった事はなかったぞ。ここから先は、特に大した見所もない大地が続いて、その先には――」


(ネイベルッ!)


 リンが脳内でネイベルに警鐘を鳴らすが手遅れだった。


「おいっ」


「はっ」


 ネイベルは男達に後ろ手で縛られ、壁の中へと連行されてしまった。




ネイベルの常識と彼らの常識は違いました。


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