ネイベルの成長
「あら、それは何かしらね」
ネイベルは、棍棒を使用した戦闘の訓練を兼ねて、毎日屋敷の罠を活用している。
骨戦士は毎日無限に沸いてきた。
そして、普段は崩れ落ちるだけだった彼らの中の一体が、シュゥゥという音と共に一際光沢のある黒鉄の剣をその場に残して消えていった。
「見たところ剣のようだけど」
ネイベルはそう言って手に取ると、しげしげと見つめる。
どこかで見覚えがあるな、と思って良く思い出してみると、そういえばこの屋敷に飾ってあった絵画の中の骸骨兵士が掲げていた、血に塗れたあの剣に良く似ている。
「なんか切れ味の良さそうな剣だな。短剣だけじゃ心元なかったし、丁度いいや」
ネイベルはそう言いながらその剣を腰に差した。
「ふふ、とっても似合っているわよ、ネイベル」
リンはそう言って笑顔を向けてくれるので、ネイベルは、あぁ、仲間って素晴らしいなあと実感するのだった。
屋敷と鶏舎を利用した戦闘訓練、という建前の食料確保に加え、ネイベルは、日々の鍛錬の合間にリンに師事して、戦闘時に使える簡単な魔法の手ほどきを受け始める事にした。
この世界では適正の低い魔法は、訓練しても使えないか、使えても威力が出ないのだ。
そこでまずは、ネイベルの魔法適正を調べる事から始めた。
リンはネイベルの身体に触れたり魔力を慎重に流したりしながら、詳細に探っていく。
「ふぅん……なるほど。ネイベル、あなた少し変わっているわね」
リンはそう言うと、あごを左手に乗せながら少し思案している。いちいち所作が妖しい魅力を振りまき続けている。
「そうね、攻撃系統の魔法にはそれほど適正を感じないけど、訓練すればちゃんと使える程度ではあると思うわ。ただ、瀕死の状態で私と繋がっていた時間が長かったせいかしら――」
普通、この系統の適正は鍛える事が困難なのに、とリンは呟く。
「回復系統の魔法適正の方が高いようね。でもそんな事よりも、あなた、妨害系統の魔法適正が飛びぬけて高いわよ」
リンはこちらに目線を向けて微笑んだ。女神かもしれない、とネイベルは思った。
「この適正が高い人はとても珍しいの。それに、攻撃系統と回復系統と妨害系統、三つの系統も実用に耐え得る魔法適正があるなんてすごい事なのよ」
あなたは身体を鍛えているけれど、魔導師向きだったのかもしれないわね、とリンは言った。
「妨害系統の魔法はね、そもそも適正がない人っていうのが存在しないの。みんなある程度は適正があるのよ」
「なんだ、じゃあそれほど珍しいものではないんじゃないか?」
ネイベルは疑問がそのまま口をついて出てしまった。
「違うのよ、ネイベル。この妨害系統の魔法はね、相手に苦痛を与えたり幻覚を見せて惑わせたり眠らせたりっていう効果を与えるの。逆に言えば、適正を鍛える為には、同じ効果を受けながら耐え続けないと駄目なのよ」
リンは、わかるでしょ? といった風な視線をこちらに向ける。
「つまり端的に言えば、苦行すぎて誰も必要以上に適正を上げようとしないのよ、普通はね」
しかも種類ごとに適正があるのよ、と言いながら、リンはころころと左手を口元に添え笑っている。
「いくつか心当たりがあるわね。まず、命を落とす寸前まで痛めつけられた経験が活きていると思うわ。幻覚や幻惑は、臨死体験と……もしかしたら、あなたがあの花畑で吸っていた花の蜜が関係あるかもしれないわね。他に関しては、まぁ、その、なんというか」
少し言いにくそうに、歯切れ悪くリンは続けた。
「あなたはとにかく、全体的に妨害系統の適正が高いのよ。だけれど、睡眠、催眠なんかの適正は異常ね、ネイベル。――原因はもう私が言わなくても分かるわね」
ネイベルには大いに心当たりがあった。
「ああ、すぐ分かった。これもリンの言っていた副次的効果っていうやつなのかもしれないな」
そうね、と言いながら妖しく微笑むリン。説明はここまでかな、と思ったネイベルはさっそく姿勢を正して頭を下げる。そして、リンに告げた。
「先生、今日から宜しくお願いします」
指導を仰ぐのだ、線引きはしっかりしないといけない。
ネイベルは、普段は少し口が悪かったりするのだが、こういう部分はしっかりと筋を通さないと気持ちが悪いのだ。
「ええ、一緒に頑張りましょう、ネイベル」
――魔時計の表示は、二月も終わりに差し掛かっている事を知らせている。
長い眠りから目覚めたネイベルは、あれから半年以上もの間、リンに師事しながら適性のあった三系統の魔法を習得し、鍛錬を継続している。
合間には、戦闘技術を高めながら身体を鍛え上げる事も欠かさない。
黒鉄の骨戦士はその後、黒鉄の剣をもう一振りと、同じ素材で作られているであろう棍棒を二本、落としていった。
両手に武器を持って戦闘をするネイベルには非常に都合が良い。
とは言っても相手は硬い骨の怪物なので、両手に持った剣は素振りでしか使用していない。
リンも剣術などの戦闘技術に明るいわけではなかったので、完全に我流である。
しかしその技の切れはなかなか悪くないのではないか、とネイベルは思っている。
目下の主戦力は両手で力いっぱい振り回す棍棒であり、攻防一体となった動きを意識しながら、以前は徹底的に叩きのめされた彼らを相手取り、恨みを晴らすべく叩きのめし続けている。
実は半年も時間をかけたのには理由がある。
一通りの話し合いを済ませたリンとネイベルは、今後の予定について話し合っていた。
「ネイベル、あなたは大丈夫だと思っていても、いざ相手と立ち向かってみると、身体がいう事をきかないなんて事は往々にしてあるものよ」
リンはそう言うと、ネイベルの心に負った深い傷について言及した。
「食料も水も問題がないし、魔法を習得するには時間がかかるもの。日々の鍛錬を継続しながら、不安も一緒に叩きのめしてしまいなさい」
リンの言葉を受けて、ネイベルは考えた。確かに骨の怪物達を思い出すだけで、無意識に体がこわばるような感覚がある。
「わかった。それじゃあ当面は屋敷の罠に自力で対処できる事を目指すよ。同時に魔法の鍛錬も続ける事にする」
それが良いと思うわ、とリンは肯定した。
そうして、半年間は徹底的に鍛錬に費やす事にしたのだ。
ネイベルは現在、初級の攻撃魔法をそれなりの威力で使いこなし、簡単な傷は自分で回復魔法を使い手当てを行えるようになった。
ウサギの使っていた、石つぶてを飛ばす魔法が一番得意だ。
加えて妨害魔法の上達が目覚しく、既にその腕は上級に達しているかもしれないとリンから伝えられていた。
相手によって効き易いものとそうでないものがあるのだが、骨兵士達には集団幻覚を見せる魔法が特に効果的だ。完全に動きがとまるし、所々では同士討ちまで始まる。
リンの指導が素晴らしいのだとネイベルは考えているのだが、一方のリンは、ネイベルの保有魔力が想像以上に呆れるほどのものだったおかげだ、と考えているらしかった。
棍棒を両手で振り回しながら縦横無尽に駆けまわる事が可能な程度には身体も鍛え上げ、振りぬかれた一撃は、あれだけ苦労をした黒鉄の骨兵士達を、次々と粉砕するまでに至った。
集団幻惑の魔法を使い、石のつぶては攻撃のけん制として、傷を負えば回復魔法まで使いこなし、両手の棍棒を器用に操りながらネイベルは、心の傷を完全に払拭できたことを実感した。
そうしていつしか、ネイベル一人だけで屋敷の罠を楽々突破する事が出来るようになっていた。
そんなネイベルを見ながらリンは呟く。
「ここの怪物達は一人で楽々対処できるような強さでは決してないのだけれど、ネイベルはそんな事なんて全く気が付いていないのでしょうね」
草原以来の長期滞在となったこの屋敷で十分な経験を積んだネイベルは、リンと共に周囲の探索を優先する事にした。
墓地を離れる日は近い。
やかんを磨き上げながらネイベルは、様々な思いを胸にダンジョンからの生還を誓うのであった。
リンに導かれるように、ネイベルはグングンと成長していきます。
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