最高の相棒
ネイベルについての大切な事はあらかた聞けた。要するに、彼女に五年分の寿命を払って命を買ったのだ。
それに彼女の言葉を借りれば、副次的効果によって世界一の魔力保有量になり、そのお陰もあって数年分の寿命を魔力に変えて奉納? というものをしただけで彼女を顕現出来た、という事だろう。
「ふふ、そういう事よ。ネイベルは賢いわね」
あぁ……男なら誰でも、この妖艶な微笑みの前では骨抜きにされてしまうだろう。
数年分の寿命と、数回分の生命の危機なんて安かったと断言出来てしまうのが悲しい所だ。
「そうよ、私は罪な女なんだから」
おっしゃる通りで、とネイベルは思った。
――でも、年齢は一生聞いてはいけないのだろうな。
「ああ、そう言えば」
と、被せ気味に彼女が話を切り出してきた。年齢の事は耳に届かない様だ。
「今の時代では私のことを『やかん』って表記するのね。今までは『薬缶』と書いて、お薬を煎じる用途で使われていたのよ。まぁ読み方は同じだし、どうでも良いのだけれど」
ネイベルは知っている。女性が「どうでも良いけれど」と言う事の大半は、どうでも良くない事なのだ。
「それは知らなかったよ。じゃあ、これからは君の事を何て呼べば良いかな」
ネイベルは心の奥を読まれないために、本心で思っている事を口に出した。
やかんはやかんで良いけど、こうやって顕現したんだし、彼女にも名前があったら良いのにな、と思ったからだ。
彼女はとても優しい笑顔で答えた。
「宝具の方は、やかんで良いわよ。私の事は、リンと呼んで頂戴」
「分かったよ、リン。やかんっていうのは薬に関わっている道具だったんだな。道理でこのやかんも、とんでもない効果を発揮するわけだ。宝具とか奉納とか、俺はよく分からないけど、これからもこのやかんは絶対大切にするよ」
「そうね、そうして頂戴。今まで私を顕現させた人間は、病気や怪我を治したり、死の淵から救い出したりっていう方法で使う事が多かったわね」
良くも悪くもね、という呟きがネイベルの耳へ微かに届いた。
「あと、宝具は宝具よ。あまり言えない事だからこれ以上はだめよ。気になるなら、このダンジョンから早く脱出して、外の世界で調べなさい」
そうだな、とネイベルは思った。
こうやってリンと話せるようになっただけで、とても心が晴れ晴れとしている。
別に彼女が美人だから、というわけではない。……それも少しあるのは認めるが、基本的にネイベルは、人と話すのが好きなのだ。
商人にはそういった人種が多いと思う。
自分の事、リンの事、やかんの事、大体の話を繋ぎ合わせてしっかりと記憶した。
言われなくても、これからも毎日やかんは磨くし、なんなら上限まで奉納というやつをやってみたいな、とネイベルは思った。
そして現在の状況は、鶏舎の罠を踏み抜いて三年後と言った所だ。
それにしても、地下の収納に骨の鳥は大量にいたけど、一体どうやって処理したのだろう。あれを一人で全て対処可能だなんて、リンはすごいとネイベルは思った。
「あら、簡単な事よ。あなたから奉納してもらった魔力で宝具を満たして、中の液体を上から垂れ流すだけで終わったわよ」
なるほど。ネイベルは良く理解出来た。つまり、魔法が使えないのに魔力保有量が桁外れに多いネイベルと、魔法はすごいのに、奉納された魔力がないと実力を発揮できないリンは、最高に相性が良いという事だ。
「そういう事よ。私達、全ての相性が最高に良いと思うわ」
リンはそう言うと、妖艶な空気を纏いながら瞳を潤ませ、口元に手を当てながら少し俯き加減になってこちらを見上げてくる。
どこまで本気で言っているのか分からないが、リンにとってはネイベルをからかうのなんて朝飯前なのだろう。
それにネイベルは、リンを見つめながら気づいてしまった事がある。
ダンジョンから生還して外の街に戻った時に、知り合いへ一体なんと紹介すれば良いのだろう。友人……で良いのだろうか。
「あら、そこは妻だとおっしゃって頂戴」
――そんなへそが茶を沸かす話があるか。
妖しいやかんを持ったまま、そう馬鹿にされる光景が簡単に目に浮かぶネイベルは、来るべき日までにリンに相応しい男になれるよう、頑張って努力する事にした。
最高の相棒、リンと組んだネイベルは圧倒的だった。
なにせ長い眠りから目覚めたら、魔力が底を知らない状態になっていたのだ。
寿命は大きく失ったが、これだけの恩恵があればそもそも拝み倒してでもお願いする人すら出てくるだろう。
毎日半分の魔力を注ぎながら、ネイベルはやかんを丁寧に磨き続ける。
やかんは魔力を薬湯へと変化させられる事が分かったので、一応の水問題は解決した。
そして目下の問題である食糧事情なのだが……。
ネイベルは今、バリバリと骨を食べている。
例の鳥の骨なのだが、地下室を調べている時に少し回収してみた。
そして、あまりにも良い香りがするので少しかじってみれば、あら不思議。程よく歯ごたえもあり鳥の出汁が効いていて非常に美味しい。
大陸東部にあるイストという国の外れにある地域で見かけて食べた事のある、お煎餅というお菓子に良く似た食感だ。
リンが言うには、薬湯を注ぎ込んだ後にふたをして処理したらしいので、茹で上げた状態とでも言おうか。
とにかく美味しい。
それになんだか健康にも良い気がする。あごも鍛えられそうだ。そして何度も言うが非常に美味である。
地下室の床に大量に積まれている状態になっているので、ネイベルは持ち運べるだけ全てを回収し、食料問題はここに解決した。
さらに、地下室からはよく分からない酒のような物も見つかったので回収しておく。
屋敷の罠への逆襲も華麗に決まった。
白いモヤも、黒鉄骨兵士達も、止め処なく溢れ出る薬湯をぶちまけ続ける事で、あっという間に全滅させた。
凄腕の魔法使いになった気分だ。
実際は魔法など一切使えないのだが、ネイベルは構わなかった。
今まで喜びも苦労も一人で背負い込んでいたネイベルは、リンという素晴らしい相棒を得て、正に水を得た魚のごとく快進撃を続けるのであった。
屋敷での収穫は、骨兵士達が残した棍棒である。
ネイベルの所持する短剣は、刃こぼれが目立つようになった。
たまに研いではいるのだが、まともな道具すらない上に、所詮は素人の付け焼刃だ。どうにもならない。
棍棒という鈍器を手に入れる事が出来たのは、非常に大きい。
ボーンソルジャーの棍棒とでも呼ぶべきか。
この棍棒、かなり良い物の様に思える。
鍛え上げた肉体を十全に活用し、両手持ちを視野に入れ、左右の腰へ二本差しておく。
細かい作業は短剣で、硬い敵は両手に持った棍棒で、集団相手はやかんを使い、ネイベルには、もはや死角はない様に思えた。
リン自身も、やかんから魔力の供給を受けながら、霊のような攻撃を駆使してネイベルの補佐をする。
相手の体を通り過ぎるだけで、炸裂音が発生して痛みを与えるようだ。
ネイベルも以前食らった事のある魔法だった。
敵の動きが完全に止まるし、相手次第ではそれだけで戦闘が終了する。
ただ、本人はあまり戦闘の邪魔はしたくないらしく、基本的には全て出来るだけネイベルが処理している。
「なんかすごい調子が良いなあ。体が軽い、というか」
「分からない事は、自分で考えながら調べると良いと思うわよ」
リンはそうやって、優しくネイベルを導いてくれる。
「そうだね、まだちょっと骨戦士は怖いけど、体を動かしながら考えてみるよ」
ネイベルはそう言って棍棒を振り続ける。
「頑張ってね、ネイベル」
そうやって微笑むリンを見ると、一層やる気がみなぎってくるのだった。
これからも、リンはきっとネイベルを助けてくれるはずです。
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