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進むべき道

 焦燥感に駆られたネイベルは、全く良い考えが思い浮かばなかった。


「ネイベル! 一人で何とかっ! しようとして、も、うまくいかない、わよっ!」


 リンが必死になって、戦っている。


 しかし、そう言われても、現状は全く打つ手がなかった。


 動かせる人間はいない。ボンですらキャミィを守りながら棍棒を振り回しているのが目に入っている。


 そうこうしている間にも、仲間達はどんどんと傷ついている。


 先ほどから魔力を補助する量が、一気に増えているのを感じており、それがネイベルの焦りに拍車をかけていた。


「くそっ! どうすれば良いんだよ!」


 呪術に関しては、ミネルヴァですら知りえない分野であり、失われた技術であるらしい。


 リンだって当然――。


 そこでネイベルは、はっと気付いた。


 今のリンは、記憶を大分取り戻しているらしい。それならば、もしかすると呪術に関しても何か思い出したかもしれない。


 そこまで考えると、急いでリンの持ち場へと走った。






「リン!」


「ネイベル!」


 彼女がはぁはぁと言いながら、肩で息をしている姿など初めて見た。


 回復魔法も併用しているのだろう、見た目は傷ついていない。だが、被害を肩代わりした分、精神面への負担が甚大なのは間違いない。


 今も相手の攻撃を、直接受けながら耐えている。


「代わって!」


 ネイベルは急いで持ち場を代わる。そして彼女に大切な事を聞いた。


「リンは記憶が戻ってきているんだよね? それなら、呪術に関しても何か思い出しているんじゃないか?」


 起き上がってきた人間が加わって、四人からの攻撃が一度にネイベルへ襲ってくる。


 それを捌きながら、丁寧に沈めていく。


「――えぇ、そうね。遠い昔に使われていたものよ」


「端的に言って、この状況を改善できる見込みは?」


 チラリと視線をやると、あごに手を当てながら考えている。


 すぐに起き上がってくる相手を処理し続けながら、リンの返答を待つ。


 遠方では、冒険者達が膝を付き始めていた。


 いくら魔力が補給されても、体力が持たないのだろう。


 すると、考えがまとまった様で、リンが冷静に答えてくれた。


「私も使った事がないの。――でも、やってみる価値はあると思うわ」


 









「少し、攻撃が雑になっていませんか?」


「うる、せぇ、よっ!」


 カルーダが一人でジャックを抑えているのは、他の人間では対応出来ないだろうと踏んだからだ。


 だが、ネイベルの魔法は不発だったらしい。遠くから叫び声が聞こえてくる。


 それに、動きが何かに阻害されている気がする。この男が何かしているのかもしれない、とカルーダは思った。


「ふふ、私はあなたの揺れる感情を見ているのが、すこぶる楽しいのですけどね」


 そう言ってジャックは、左手をとある場所へと向けた。


「まだもう少し、あなたは良い物を――命の輝きを見せてくれそうですからね」


「てめぇ、何をする気だ」


 ジャックへの決定打になり得る攻撃を、一向に繰り出すことが出来ないカルーダは、少しずつ焦りが感情を塗りつぶしていく感覚があった。


 彼の右手にある細剣は、しなやかに攻撃を捌きつつ、常に隙をうかがう様な気配を見せている。


「いえね。ちょっと刺激を一匙分だけ追加しようかと」


 そう言うと、なにやら口をモゴモゴと動かしながら、左手を軽く弾いた。


 カルーダは距離をとって、そちらへと視線を送る。


 そして瞳に飛び込んできた光景は、一瞬で彼の理性を吹き飛ばした。


 視界の先では、急に周囲の人間が一度に襲い掛かって行き、為す術もなく空中へと打ち上げられたミネルヴァの姿があった。


 カルーダの胸までしかない小さい体は、返り血を浴びた金髪をふわりとなびかせて、血走った目をした人間が待つ地面へと落ち、そのまま袋叩きにあっている。


「あぁぁあああ! てめぇえええ! 許さねぇ! 絶対に許さねぇぞ!」


 歯が砕けるのではないか、という程の力で食いしばり、顔は茹で上がった様に怒りで染まっている筈だ。


 もはや憤怒の感情は、天を衝かんとしている。


「ふははははは! 最高です! これこそが! 命の輝き! まさに生命の慟哭と言えるでしょう!」


「ミネルヴァアァァァ!」


 全力で彼女の元へと駆け出そうとするが、ジャックの細剣がそれを許さない。


「くそぉっ! てめぇ、いい加減にしろや!」


「だめですよぉ? あなたはここで震えるように、己の力不足を呪いながら、嘆き続けるのですから」


 そう言って彼は、愉悦に染まった顔を浮かべるのだった。











「ネイベル、準備が出来たわ!」


 リンの声を聞いて、ネイベルは一つの決断を下した。


 もはや何かしらの影響を与える事になっても、直接魔法を放つ事によって意識を刈り取らなければ、この状況からは抜け出せないだろう。


 この人数を相手にするには、ネイベル達は少数過ぎた。


 腕をサッと払い、雷魔法を薄く這わせる。


 周囲の人間は、ビクンッと体を痙攣させ、どんどんと地に伏せていく。


 そして数呼吸分も時間が経てば、また起き上がるので、再び魔法を這わせていく。


 武器に纏った雷魔法で間接的に意識を奪うより、よほど効率は良い。


 だが、もはや彼らは、元に戻れないかもしれない。そう思える位には甚大な影響を受けているだろう。


「駄目よ、ネイベル。目をそむけては駄目。自分が決めた事から逃げないで」


 リンが傍らに立ち、そう呟いた。


「あなたは決めたのでしょう? 自分の進むべき道を。それなら、しっかりと受け止めるのよ」


 分かっている。頭では分かっているのだ。しかし、重い。全てを救うという考えは傲慢なのかもしれない。


 目の前の光景は、ネイベルにそう語りかけている様だった。


「俺は正しい道を歩めているのだろうか」


「それは、やるべき事をやりきった時に初めて分かることじゃないかしら」


 さぁ、手を出して、と言われてネイベルは右手を差し出す。


 リンはゆっくりと、その手を握った。


 彼女と直接触れ合うのは久しぶりだ。最近は、そういう事を避けられていた気がする。


 

 ――いや、俺が避けていたのかもしれない。



「ネイベル、集中して」


 彼女に促され、ネイベルは意識を集中させていく。


 その間も、ずっと魔法は発動させ続けている。どんどんと高度な魔力操作を求められているが、ネイベルはその度に努力を重ねて克服してきた。

 

 今回もきっと大丈夫だ。そうやって自分を信じて、リンの指示に従った。


「私が呪言を組み立てるわ。あなたは、そこに魔力を乗せてみて頂戴」


 するとリンは、口をすぅっと(すぼ)めて、そっと息を吹きかけるようにして、耳慣れない音を立て始めた。


 ネイベルは、その音を魔力で包み込むようなイメージを膨らませていく。


 やがて十分だと判断したところで、再び紫光を四方へと解き放った。


 するとその光を浴びた人間から順に、白目になって口から泡を吹き出し始める。


 そしてバタバタと音を立てて倒れていった。


「ぐっ……」


 きっとこれは、限界を超えてしまった者の、成れの果てなのだろう。


 少し遅かったか――彼らを救えなかったのかもしれない。悔しさが胸を埋め尽くしていく。


 そのまま起き上がる者はいなくなり、地に伏せた者達の痙攣もおさまった所で、残っている人間は限られた数だけとなった。


「呪術と魔術を融合させるなんて、もう私が教えられることはないわね」


 少し寂しそうな雰囲気を漂わせながら、リンはそう呟いた。






 リンとの共同作業を終えた瞬間、怒声があたりに響き渡った。


「ネイベルッゥゥ!!」


 カルーダが大声をあげてネイベルを呼んでいる。

 

「俺は良い! この下種野郎は抑えておく! ミネルヴァが! あいつを探してくれ!」


 鬼の形相でこちらを一瞬だけ見ると、彼はそのままジャックを相手に剣を振り始めた。


 確かに言われてみると、彼女の姿が見当たらない。


 ネイベルの鼓動は早鐘を打ち、胸の上の方まで何か熱いものがせり上がって来るのを感じた。


「全員で、良く探して! どこかに倒れているかもしれない!」


 カルーダの方を見ると、普段より動きが大分鈍いのが分かった。


 ジャックは呪術が使えたのだ。マトージュ程ではないにしろ、恐らく何らかの妨害が入っているに違いない。


 ややあって、反応があった。


「ネイベル様! ここに!」


 ロンメルが大声で呼びかけている。


 急いでそちらへ向かうと、どうやら二十人以上に押し潰されていたみたいだ。


 ネイベルは、カルーダが激情に駆られている原因を理解した。


 誰もが口をつぐんでいる。


 目の前には、動かなくなった人垣を割る様にして、ミネルヴァが静かに横たわっていた。




少しキャラが勝手に走り始めたので、この章はいつもより話数が増えそうな感じです。

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