前途多難
初めての小説です。
毎日投稿をしています。誤字、脱字、誤用、駄目出し等ありましたら宜しくお願いします。
ネイベル・ティボルは目を覚ました。
徐々に意識が覚醒していく。
昨夜はこの大きい洞窟で、一晩を明かす事になった。
飲み水として利用している大きな池の方から、少しひんやりとした空気が流れ込んでくる。
体を起こしてから、ぶるるっと震えると、両手で二の腕の辺りをさすった。
ネイベルは、脱ぎ散らかした衣服を掻き集めると、すぐに着替えを終わらせる。
「よし、行くか」
取っ手をつかんでソレを手に持つと、ネイベルはさっそく扉に向かって歩き出した。
「それにしてもなぁ」
――大陸中央にありながら未開の地であるバレスト大森林は、高い山に囲まれており、魔力も豊富で魔獣も多く、人間の住む集落はない。あの地でなら新しいダンジョンも見つかるだろうよ。
ネイベルは、恩師の言葉を思い出していた。
だが、まさか自分がこうやって巻き込まれるとは、全く思ってもみなかった。
あっという間の出来事で、夢なら覚めてもらいたいものだ。
ダンジョンが産声を上げる瞬間に巻き込まれた、なんていう不運な人間が、果たしてこの大陸にどれだけいるというのだろう。
なんせ自分が今、一体どこにいるのかすら分からないのだ。
「はぁ……生きて帰れるだろうか」
ネイベルは、木製の粗末な扉を開けてから、外へと向かって一歩を踏み出した。
扉の先は、暗い通路になっている。
むき出しの黒っぽい岩壁に、少しゴツゴツとした足元。通路自体は十分な横幅があり、天井の高さはネイベルが二人分といった所だろうか。
ランプをかざして少し遠くを見る。特に生き物の気配は感じない。まだ生まれて間もないダンジョンだから、聞いている様な怪物はいないのかもしれない。
ネイベルには今、護身用として携帯していた鉄製の短剣しか武器はない。それにネイベルは商人である。魔法も使えないし、剣術も習ったことがない。
「敵は……いないか」
ネイベルは、もう少し進んでみる事にした。
少し歩くとやや開けた場所に出たので、周囲を見渡してみる。
その時、ネイベルの耳が微かな音を拾った。
少し震える手で短剣を構え、恐る恐るランプをかざしてみる。
すると、すごい勢いで、黒い影がネイベル目掛けて突っ込んできた。
「うぐっ……」
ネイベルのふくよかなお腹に、何かが突き刺さった。
少しよろけながら、足元へ着地したその生き物を確認する。
小さな茶色いウサギのようだ。ただ、額から短い角が伸びており、小さい星型の模様が体中にある。
お腹が痛むが、短剣の構えを崩すわけにはいかない。
状況に応じた正しい構えなんて知らないし、その時々における最適な扱い方も全く分からない。
ただ、突き刺す事だけを考えていた。
その星型模様の小さいウサギは、今度は左右交互に飛び跳ねながら、ネイベルへ向かって飛びかかってきた。
ネイベルは、その素早い動きを目で追い切れない。やや遅れながらも短剣による突きを繰り出すが、全く当たる気配もない。
「はぁ、はぁ――んんっ」
その後もウサギは、前後左右へ軽快に飛び跳ねながら、ネイベルの全身を、さらには顔面にまで攻撃を繰り出してくる。
元より運動不足であり、さらに限界を超え始めた体では、結局ウサギの攻撃は全く回避出来なかった。
一方のネイベルも、一生懸命に短剣を突き出してはいるのだが、攻撃は全て回避されてしまう。
仕方が無いので、急所だけは守りながらも、痛みに耐えつつ全ての攻撃を受け止めている。
目から飛び出すお星様は、ウサギの模様かネイベルの悲鳴か。
顔面以外への攻撃をひたすら耐え続けて、ネイベルは勝機をうかがっていた。
その瞬間は唐突にやってきた。
ウサギは最後の仕上げとばかりに大きく助走を取った後、ネイベルへ向かって、一直線に飛びかかって来たのだ。
この勢いのまま顔面に攻撃が直撃すれば、いくら角が鋭くないと言っても大怪我をするだろう。
しかし、ここで恐れて目を閉じてはいけない、とネイベルの直感が言っている。
眉間を狙って角をねじ込んでくるウサギを、しっかりと目を開いたまま捉えた。
そして顔をそらしながら、ウサギに対してまっすぐに短剣を突き出す。
やや狙いをそれた短剣は、それでもウサギの体をしっかりと捉え、深く肉に食い込んだ手ごたえがあった。
ウサギは大きな声をあげて少し暴れた後、ゆっくりと脱力していった。
「はぁ……はぁ……やったか」
今後のことを考えると頭が痛い。
とにかく初めてダンジョンの怪物を倒せたのだ、ひとまず拠点に戻ろうとネイベルは思った。
向かってくる獲物に対して、命をかける覚悟があるかどうか。
それが冒険者としてやっていく上で大切なんだ、と聞いた事がある。
洞窟に戻ったネイベルは、魔道具の火で肉を焼きながら、明日からの事を考えていた。
「はぁ……前途多難だ」
火を起こすのは専用の魔道具があるのでなんとかなる。明かりも魔道具のランプを使えば良いし、水も幸いにして大きな池があるので問題ない。
要はネイベルの魔力さえ尽きなければ、なんとかなる状況ではある。
ただ、食料に関しては少々厳しい事になった。手持ちの保存食はそれほど多くなく、ウサギを定期的に狩り続ける必要がある。
その先は考えたくないな、とネイベルは思った。
護身用に持つ短剣の扱いについては、多少てほどきを受けたに過ぎず、剣術はからっきしなのだ。
魔法についても同様で、職業柄知りえた事しか知らない。
食料調達の度に、命がけの戦闘を行う必要がある事を考えると、頭が痛かった。
だが、生きてく上で『詰み』という状況に陥らなかっただけ、運がよかったのだろう。
安定して食料を得る為には、戦闘技術や強い肉体が必要になる。
もし、生まれたばかりのダンジョンであるから怪物が弱いのだとすれば、今やらないと手遅れになる可能性がある。
――身体を鍛えて、戦闘技術を磨く必要がある。
ネイベルはそう結論付けた。
戦闘技術に関しては戦いながら我流で積み上げていくしかない。
ただし身体はいくらでも鍛えられる。たるんだ腹をぽんぽんっと叩きながら、アザの残る体に鞭打って動き始めた。
生きて脱出する為には、今やるしかないのだ。
ネイベルは、水を飲んだり体を清めたりしながら、ひたすら鍛錬を続けていった。
体内に溜まった澱みの様な何かが排出されていくような気がする。
跳ねるたびにゆれるお腹もいずれは筋肉へと変わるはずだ。
今年で二十五歳となるネイベルであったが、これほど真剣に体を鍛えたことは今までの人生で一度もない。
そんなネイベルを応援するかのように、ランプからは妖しい光が伸びており、彼を照らし続けていた。
伸びた影は激しく動いている。
ダンジョンからの生還を目指して――ネイベルの、苦難に満ちた冒険が始まった。
8月末に前半部分を大きく改稿しました。
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