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勇者が必ず剣を持って旅立てると思うなよ

文の区切りに♦♦♦を入れてみました。

言動が変わってしまうほど性格が若干荒んでしまった俺だが、こうなるのも仕方がないと思う。



 俺が本当に天才で、どんなことも普通の人の何倍もうまくこなすことができていれば、こうはならなかっただろう。むしろ更にウザくなったかもしれないが、勇者に対する見方は変わらなかったと思う。



 俺は教えられれば大抵のことはこなせるが、どれも平凡で終わってしまう。言ってしまえば器用貧乏なのだ。自分と似たような奴らは世界にはたくさんいる。



 そんなわけで、自分自身が天才だという自負が木っ端みじんに粉砕されてしまったが、俺が勇者になったという事実は変わらない。さっさと王都に行く準備を始める。準備といっても下着と服、保存食を袋に詰め込むだけで終わるが……。



 剣なんて上等なものは俺の家にない。勇者がどのような家庭に生まれるかは完全にランダムなのだから、「勇者は必ず剣を持って旅立つ」といったことはできない。



 代わりに古くなって使えなくなったスコップを持っていく。俺個人の感想としては、今まで剣を握ったことがない素人は、スコップのような鈍器を使うのが最も強いと思う。決して、剣を持っているであろう他の勇者に対する負け惜しみではない。



 肩を震わせてうつむきがちの両親に見送られて俺は村を出た。父と母よ、いっそのこと笑ってくれた方がありがたいのだが。




 ♦♦♦




王都に行ったことがある村の住人の話では、王都までは馬車で一週間ほどかかるらしい。だから王都に行くなら、馬車に乗せてもらうのが一番いいそうだ。



 それを聞いて俺は楽勝だと思った。なにせ俺は勇者。右手にある紋章を見せれば馬車の一つや二つ、簡単にのることが出来る。



 ――そう思っていた時がありました。



 まず俺のいる村だが海に近い。つまり大陸の端の方に位置しているのだ。おまけにこの地域でしか取れない特産品があるということもない。そんな寂れたところに馬車が都合よく通るわけがない。



 徒歩で王都を目指して五日目。ようやく馬車が通りかかったが、その馬車は俺のことをガン無視して通り過ぎていった。その理由は明白だった。俺の恰好が原因だ。



 俺が武器として選んだ鈍器(スコップ)。途中で出会った魔物は全てスコップのシミになった。比喩表現でもなんでもなく、川でいくら洗っても赤黒いシミが落ちないのだ。



 血が付くことなどないはずの農具がところどころ赤黒く染まっていて、それを持った男が笑顔で呼び止めてくる。そんなもの相手からしてみれば怪しさと恐怖しか感じられない。



 たとえ勇者の紋章があったとしても、それを打ち消して余りある不審さがある。そもそもスコップの存在感が激しすぎて、誰も俺の手元にある勇者の紋章を見ない。



 結局、俺は野宿を繰り返し、馬車で一週間で行くことの出来る道のりを徒歩で半月かけて進むことになった。勇者になって少なからず身体が頑丈になっていなければ、途中で力尽きていたんじゃないかと思うほどの旅だった。



 こんな調子では魔王討伐など到底不可能だ。これも勇者になったことによる能力の強化率が低いのが悪い。せめて強化率が十倍だったらよかったのに。



 ぶつくさ言っている間にも、王都は徐々に姿を現してきた。




 ♦♦♦




 王都は半径五キロメートルの円形で作られており、かなりの分厚さと高さを誇る白い石でできた壁で囲まれている。王都に入るための入り口にある人の列に、一人の男がやってきた。



 その男は片手に怪しさしか感じられない物体を持って、笑顔で近づいてくる。そんな男に対する門番の対応は、



「おい、そこの不審な男。ちょっと審査室まで来い」

「えっ? ……もしかしなくても俺ですか?」

「貴様以外に誰がいるんだ。そのスコップに付いている黒いシミはなんだ?」

「これですか? これはただの血ですよ。いくら洗っても落ちなくて……困ったものです」

「よし、審査室に来い」



 なんでだよー、という男の声を無視して門番はそいつの腕を掴むと審査室に連れて行こうとして――できなかった。



 門番の目に入ったのは掴んだ右手にある“勇者の紋章”。淡い光を放つそれは本物だろう。つまりこの男は勇者で、自分は勇者に対して無礼なマネをしたということに……。



 門番は不審者にしか見えなかった男、クロイズに対して頭を下げる。



「失礼した! まさか貴方のような不審人物が“勇者”様だとはまっっったく思わず!」

「それで謝っているつもりかてめぇ! 謝る気があるなら『不審人物』とか言うな!」

「す、すみませぬ。しかし勇者殿。貴方は何故そんなスコップを持っているのですか?」

「家に剣がなかったからな。代わりの武器としてこれを使ってたんだよ。力任せに振り回すだけでも人も魔物も殺せるからな」

「な、なるほど……」



 今でも俺は忘れることが出来ない。この時の門番の俺を見る目は勇者を見る目じゃなかった。完全に野盗か魔物を見る目だった。



 くそぅ。これも中古の剣すら買うことが出来ないくらい貧乏なのが悪いんだ。そもそも村で剣を扱っているところなんてなかったが。



 王都に来るなり不審者扱いされながらも、俺は入国審査の列に並ぶことなく王都に入ることが出来たのだった。


勇者がどこに生まれるかは分からない。貧乏な家に生まれたら剣をもって旅立てるわけがないよね。

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