その6
病室の扉を開けて面食らっているのは、ミオだ。優勝カップを小脇に抱えている。
マローナがミオの後ろから覗き込んできて、私を見て肩をおろした。
ミオが戸惑ったように私とロニーを見る。
「入っても……平気、なのよね? 怪我はなかったって聞いたのだけど」
「も──」慌てて目元を拭って居住まいを正す。検査で着させられた患者服が心許ない。「もちろん大丈夫、無傷だから。どうしたの。今優勝パーティのはずじゃないの?」
「抜けてきたわ。主役がいないんじゃつまらないでしょう」
入ってくるミオとマローナに続いて、お嬢様アルメリアが。アルメリアに手を引かれて、顔を真っ赤にした貴婦人コスプレのエリザベートが。二人の様子に苦笑する軽そうな青年レナードが。
みんな続々と病室に入ってきた。
「みんな来たの!?」
「パーティの主役が揃って空席では、締まりませんもの」
アルメリアが上品に笑う。
主役って。主役は大会連覇のミオでしょうに。
首を傾げる私に、ミオが自身の優勝カップを押しつけてきた。
「これはあなたの物よ」
「……え?」
思わず受け取った優勝カップは意外なほどズシッと重たく、ベッドに乗せてしまった。
「……えっ? なんで?」
混乱する私にミオは薄く微笑む。
「あなたがいなければ、私は優勝できなかったもの」
「ま、まさか……優勝辞退したの!?」
ミオは意表を突かれた顔をした。……全然違ったらしい。
「辞退なんてしないわ。せっかく助けられたのだから、私はレースでベストを尽くした。その結果が優勝だった。なら、その記録は公式に残しておかないといけないでしょう」
私の優勝をあなたに捧げる、ってことか。
その理屈はわかる気がするけど、私がレース出場者だから変な感じだ。
「あと一秒遅らせてくれれば私が優勝だったのに」
ミオは吹き出した。私を親しげに見下ろして微笑む。
「手を抜くほうが失礼よ。それに、あなたにとってはレースなんて重要ではないんでしょう?」
洞窟で言われたことだ。
そりゃま、確かに……私にとってはレースに勝つよりも、ミオに認めてもらうことのほうが重要だった。ミオより速く飛ぶことが、優勝とイコールだっただけで。
「それにあなたは私の前を飛んだのよ。目標達成でしょう」
「え……前を? いつ?」
「自分の目で見てみる? 私、情報収集のためにレースを録画しているの。私視点の映像よ」
そう言ってジェネレーターで極薄のディスプレイを浮き上がらせた。
映っているのは確かにレースの映像だ。正面を見据えるミオの視点映像。グラナ・エスタ本島のラストスパート。
映像の縁に装甲の端が映るか映らないか、という僅差でミオが先んじている。
島から真横に突き出した最後のチェックポイントポールを通って、
直後。
爆発が映り込んだ。
急旋回するミオの真横で、爆発をかき分けて飛ぶ人型ロボット。
理不尽なほどの直角カーブで、一直線に島のゴールへ。
骨組みしかない機体の隙間から、前のめりに空へ挑む私が見えた。ブーストを灯す人型ロボットの背中が見えた。
ミオが、私を見上げていた。
すぐに顎を引くように映像が落ちる。素早く推進剤を再燃焼させてアフターバーナー。機体が軋むような急加速。
ミオの機体はぐんぐんと私に追いつき、ゴールに迫り、
私を抜いて蒼穹の中心を貫いた。
叫ぶような渾身のビクトリーロール。全周を空が巡っていく。
「ここまで」
私は映像が消えても目を離すことができなかった。
目に焼きついている。
空を見つめる私の横顔が。
フレームだけになって、なおも空へ挑まんとする私の愛機が。
ミオの視点から見えた私の背中が。
ほんの一瞬だけど、確かに私はミオの前を飛んでいた。
ぽろっと。前触れなく涙がこぼれた。頬を転がる感触に驚いて、狼狽する。まさか泣くほどだなんて。
「勘違いしているようだけど」
ミオは私に語りかける。
「べつに私は、私の前を飛ぶ人しか認めないわけじゃないわ」
……え?
私は耳を疑ってミオを見上げた。
ミオは穏やかにうなずいてみせる。
「そんなことをしなくても、私はとっくにあなたのことを認めていたわ」
「うそぉ!?」
思いがけず大きい声が出て、ロニーに「しーっ!」と指を立てられた。
「でも、あなたのことは警戒してた。本気になったら抜かされるかもって」
「え」
驚いて顔をあげた。
「なんで? 一度も追いついたことなかったのに。それに本気じゃないって思われてたの私?」
「だって」
ミオは私を見た。
「人型ロボットで挑むにしても、あんな重たそうな機体にする意味が分からない」
それはまあ、確かに。
ただでさえレースに向いてない人型ロボットで、しかも私の機体は装甲の厚い戦闘仕様だ。せめて高速機動型で挑むべきだとは何度も思ったけど。
でもそれは、あの機体が──私の夢見た理想だから。あの機体でミオに認められなければ意味がないと思った。
……それが、レースに本気じゃない、ってことか。
「それなのに、あなたは誰よりも機体に真摯に向き合っていた。闇雲に速くするよりも、コースと戦略を重視したり。ジェネレーターも作戦に最適な仕様を選んだり」
「えっ?」
マローナが変な声をあげた。
「あの旧式のジェネレーターに意味があったんすか? てっきり金がないだけかと……」
「アンティークは」思わず、というふうにエリザベートが口を開けた「部品の規格が今では扱われてないこともあります。だから、最新モデルより何倍もメンテナンスコストがかかりますよ」
はぇ〜。変な声でうなずくマローナとアルメリア。
私は膝の上に置きっぱなしの、もう動かなくなったジェネレーターを撫でる。
「どうしてもこのジェネレーターが、私の機体には必要だった」
アイディール技術が確立してからも、ジェネレーターは細かく世代更新があった。
とにかく想像を読み取ることに注力して、出力にはわずかなブレが出ることもあった黎明期とか。
密で頑丈な構築よりも、小型で軽量な日用品を素早く創出するほうが得意だった第五世代とか。
最新型は、少ない粒子で効率的に自由で大規模な構築を可能としてる、とか。
「けど、効率化してくれるぶん強度と並列出力は見劣りするの。人型ロボットは脆いフレーム構造でも充分な強度を実現しなきゃいけないし、機体各部から同時に高出力な推進力を出さなきゃいけない」
「だから最新型ジェネレーターを使えなかった……傍から聞くと細かなこだわりですわね。見劣りすると言っても、大きな差ではないのでしょう?」
「そりゃそうだけど、レースでは理論値ギリギリまで攻め込まなきゃいけない。妥協する選択肢はないの」
少なくとも、私が勝ちたい相手はそうしている。
だったら追いかける側が日和って勝てる道理がない。
「僕は安全第一だと思うけどね……」
「万年二位のレナードが言うと説得力がありますわね。悪い意味で」
「なんだとう!?」
「ああ失礼、今回は四位でしたわね。二位脱却おめでとう」
「このお嬢様可愛くないなぁ……!」
レナードとアルメリアに挟まれたエリザベートがオロオロしている。
そんな様子に小さく口の端を笑ませながら、ミオはうなずく。
「そういう、戦略を練ってレースに挑むところ。侮れないと思ったの。だからなんで今の機体にしてるのか不思議だった」
そして、そういう戦略をかなぐり捨ててミオを助けにレースを離れた。
洞窟でミオが私に理由を訊ねたのは、そういうことだったんだろう。
「それがまさか」
ミオは私を見て、おかしそうに笑った。
「あんなに強いとは思わなかった」
じわっと涙がこみ上げてきた。目頭に力を込めるけど、熱くなるばかりで引いてくれない。
幼いころに泣いた涙が。ちびて持てなくなった何十本の鉛筆が。今ようやく報われた。そんな気がした。
「でも」
きっぱりと。
指まで立てて、高らかに。
「もう二度と、あんなラッキーはさせないと約束するわ」
ミオの宣言に、泣きながら笑ってしまった。
これだ。ミオはどこまでも前だけを見て、私たちより先へと突き進んでしまう。
置いていかれたくないなら、私もかじりついていくしかない。
「もちろん! 同じ作戦では勝てるとは思ってない。どの道、このジェネレーターはもう使えないし」
ラッキーとミオは言った。
残念ながらそのとおりだ。私の機体は最高速度が遅すぎる。今年のレースが大荒れで、みんなが遅かっただけなのだ。
私の機体はトラブル突破能力に特化している。相対的に抜きん出ただけで、スピードはやっぱり敵わない。
「ミオさん、余裕ぶってらっしゃいますけど」
何気なく近づいてきたアルメリアが、私に耳打ちする。
「あなたに勝って相当に興奮してましたわよ。あんなに力いっぱいビクトリーロールをすることなんて、一度だってありませんでしたもの」
ミオは知らんぷりしている。
なんだか嬉しくなって、それ以上に悔しさがこみ上げてきた。
私も、ミオに勝てるかもしれない。
「次は勝つよ。ロニー、ジェネレーター選ぶの手伝ってね。実はレース用の高機動型ロボットのアイデアをずっと温めてたんだ」
「いいけど……」頼れる相棒はジト目で私を見ていた。「それパイロットがミンチにならない? ちゃんと大丈夫なやつ? 急制動したら中の人間にGがかかるんだよ」
「あ」
「『あ』ってなに?! その『あ』はなんの『あ』なの!?」
理想を叶える方法はただひとつ。
一歩ずつ、諦めずに積み上げることだ。
そうすれば──どんな夢だって現実化できる。
イェーイ、エアレース最高ォオ──!!
ファンタジーのエアレース展開っていつ見ても滾りますよね!
現実でのレッドブルエアレースは、残念ながら終了の運びとなってしまいましたが……いやしかし実に高度で素晴らしいものだったと思います。(室屋選手お疲れさまでした!!)
今作のエアレースは、パイロン周りのルールを踏襲しています。
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