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その5

「はじめに言っておかなければならないことは、アイディールは『理想を叶えてくれる夢の技術』などではない、ということです」


 えっ、と声を漏らしてしまった。

 アイディールは想像通りのものを作り出す夢の技術だ。少なくともそんなコマーシャルが打たれている。

 ミオはゆっくりと語りかける。


「理想を理想のまま実現して、まったく理想どおりにいかなかった」


 ギクリとする。私や兄が直面したものだ。

 ミオは静かに、噛みしめるようにうなずく。


「アイディールに初めて触れる人が必ず通る道だと思います。アイディールに必要なものは、豊かな空想ではなく、まったく逆の、気が遠くなるほどの積み上げです」


 あれ──と思った。

 なにかが頭の中ではまりそうだった。


「アイディールは理想を現実化します。理想が実現に堪えないものであれば自壊するか、見た目だけのものになるでしょう。ジェネレーターで作れるのは、実現に堪えるものだけです。つまり、」


 ミオはひらりと手を振ってジェネレーターのスイッチを入れた。緑の光はミオの手のひらに集まり、きれいな卵型を作る。

 けれど垂直に立っていて、ミオの手のひらで──台座で支えられていた。


「理想を実現するためには、理想を現実のものとする方法をアイディールに入力しなければなりません」


 コロンブスの卵。不可能を可能にするためのひと工夫(トリック)……。

 ミオは私をまっすぐ見つめて、こう言った。


()()()()()()()()()()()()()()()。アイディールはその手助けとして役立ってくれることでしょう」


 アイディールは自分の中だけのものを外在化する技術であって、それ以上でも以下でもない。



 がちりと、歯車の噛み合う感触がした。



 なぜ私たちが巨大ロボットを作り出すことができなかったのか。

 夢だったからだ。

 夢でしかなかったからだ。

 私がアイディールで巨大ロボットを作り出すためには、巨大ロボットを現実のものとしなければならなかったのだ。


 血が沸き立つ、とはこのことだ──。そう思ったことをよく覚えている。

 講演がこの後どうなったのか、まったく覚えていない。ただ私は興奮して、とにかく調べて考えて動き出したくてたまらなかった。

 勉強して研究して設計して──


 そして。


 私は今、ロボットの操縦桿を握っている。


 §


「ミオぉおおおおっ!!」


 グラナ・エスタ直下、海面に立てられたチェックポイントを通過してミオは機首をクッと上に向けた。

 わずかに遅れて私もチェックポイントを通過、同時に上空へとブーストする。旋回性能の差でわずかだけ距離を詰めた。

 ミオ機は機首を前に向けて揺るがない。

 彼女は後ろを振り返らない。


 講演から何年も後に、ミオがグランドレースに出ていることを知った。覚えられているつもりはなかったけど、同じレースに参加しても、ミオは私を見すらしなかった。

 ただ前だけを見ていた。


「私は決めたっ!」


 ミオが前しか見ていないなら。

 あなたが、あのとき以上の向上心で前に突き進んでいるのなら。

 私は足を引っ張りはしない。


 前に出る。


 前しか見ていないなら、その前を飛んで、私を見てもらう。

 お礼が言いたい。あなたのおかげでここまで来れた、ありがとうって。

 そして、願わくば──。

 褒めてほしい。

 あのとき無理だと思っていた理想を、叶えてみせた私のことを。あのとき空想でしかなかったはずの、私の夢を。


 楔型をした浮遊島の底部チェックポイントを通り抜ける。私も続く。

 隆起の激しい岩底部に沿って、ネジを切るように螺旋を描いてチェックポイントが続く。

 通過、通過、通過。


 頭上の岩を這うように。島にぶつかる気流を読んで。

 ミオの飛行機は信じられないほど華麗に浮遊島を巡る。


 私も決して負けてはいない。

 島に近づきすぎたら拳で殴って機体を離す。風なんて装甲で砕いて進む。目の前を岩が塞いだら、突撃銃を構えて撃って砕いた。

 翼を持たない人型ロボットは激突を恐れる必要がない。

 ただ前へ。

 恐れず、最短距離の最小経を、少しでも速く。

 前へ。

 ミオとの距離は縮まらない。けれど、離されもしない。

 

 ミオを前に。

 私は見上げる。


「そんな関係──」


 私はパネルのカバーを開けて、赤いボタンに拳を叩きつけた。


「──首が疲れてきたっての!!」


 びしり! 岸壁を飛ぶ機体の全身に赤いヒビが走った。そんな中継映像が眼下をよぎって消えていった。


 もうグラナエスタ本島を水平に飛ぶ最終ラップ。

 最後のチェックポイントを抜けたらあとは、島の頂上にあるゴールを目指して駆け上がるだけ。

 島と水平に伸びた上下のポールの間へ飛び込んでいく。

 ミオ、私。コンマゼロ秒の差で両機は並ぶ。

 ポールを抜けた。


 人型ロボット(アシェンプテル)が爆発した。


「なっ──!?」

「ぅおおおあおおお!!」


 凄まじい衝撃が上下左右にコックピットを揺らす。操縦桿にしがみつくように、でも決して前進を止めずに。

 吹きつける風を感じながら、私は空へと駆け上がる。


「アーマーパージだッ!!」


 爆煙をジャンプの反動にして、黒い骸骨のようなフレームが飛び出す。

 私の機体。人型ロボットだ。

 装甲もない。風防もない。必要ないものは全部脱ぎ去る──前に進むため以外のものを。


 翔ける。家々の屋根が足下を流れる。

 翔ける。森に落ちた影が走りぬける。

 翔ける。岩山を舐めるように。


 風が。

 銀の光が目を焼いた。


 ゴールポールをすり抜けて、衝撃波が私の機体をもみくちゃにする。

 仰向けに機体姿勢を崩した私の視界。

 天球にかぶさる、青を突き抜けた黒い蒼穹。

 その中心で陽光に閃く。


 ミオの機体が機首を空に向け、機体をくるくるとロールさせている。


「──あぁ──」


 涙にぼやけて見えなくなった。

 緑の光が私の周りから込み上げる。


「負けちゃった」


 私の機体は、島の山頂に墜落して砕け散った。


 §


 墜落した私は病院へ救急搬送された。


「あんな剥き身の機体で、レースの速度で墜落したのに、すり傷だけなんて信じられない」


 そんなことを言う医者に私は憮然と言い返す。


「パイロットが怪我するような設計にするわけないじゃないですか。人型ロボットなんですから」


 医者のこめかみに青筋が立ったのを、私は忘れないだろう。

 実際、墜落の仕方が幸運だった。放物線を描いてまっすぐ自由落下で墜落したのだ。

 背部メインブースターがクッションになって、私は打ち身すら負わなかった。


「本当に、怪我がなくてよかったよ」


 心配しすぎて顔がそのまま固まったようなロニーが、私のベッドの横で肩を下ろす。

 私は笑って、かたわらのポータブルテレビに目を向けた。


「でも表彰台には出れなかったな」


 奇跡的な無傷がたたって、必要以上に検査をたらい回しされてしまった。おかげで表彰台に立ちそびれてしまった。

 テレビの映像では、ミオとアルメリアが並んで優勝カップを手にしている。空白の二位台に空虚な気分を誘われた。

 優勝カップを担ぐミオにインタビュアーのマイクが迫る。


『グランドレース連覇おめでとうございます! 空の女王の座を守り抜きましたね。ですが今回、選手との差はコンマゼロ秒。ゴール前のデッドヒート中に、焦りはありませんでしたか?』


 思わず目が吸い寄せられる。

 画面に大写しになったミオは、いつも以上の無表情で、素っ気なくマイクに答えを吹き込む。


『いいえ。私のなかに焦りはなかった』

『競り合いのさなかでも冷静に、自身の優勝を疑っていなかった?』

『誰だってそうでしょう。自分を信じて、勝つためにすべてを尽くしたわ……』


 テレビを見ていられなかった。

 視線を落とす。よそよそしいほど真っ白なシーツに座る私の膝には、酷使し続けた旧式のジェネレーターがあった。


 ミオに勝てなかった。ミオの前を飛べなかった。結局、──ミオに見てもらえなかった。


 旧式のジェネレーターに雫が落ちる。目元を手でこすると肌がひりついて痛かった。


「……お疲れさま。私を飛ばしてくれて、ありがとう」


 つぶやく声が、ねじれて上擦る。涙声が情けなかった。

 もうこの子では飛べない。

 墜落の衝撃でジェネレーターが破損したのだ。

 部品を交換すれば済む話だが、その交換がもう簡単じゃない。製品寿命だ。諦めなければならなかった。


 ロニーが私の肩を抱いてくれる。

 大丈夫。ありがとう。ロニーもお疲れさま。そういう言葉をかけなきゃいけないと思っているのに、胸につかえて出てこない。

 私は負けた──。


「お邪魔するわ」


 ミオが病室の扉を開けて入ってきた。

 んぎぇえええ。喉が引き絞られるような悲鳴が漏れた。


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