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その4

 カラッと乾いた温かい服を着直しても、外の嵐が止む気配はなかった。


「聞いてもいいかしら」


 ミオに声をかけられてビクッとする。

 ミオは自身のジェネレーターを丹念に見つめていた。カバーを開けて点検しているようだ。

 耳と口は作業に使わないから、と言いたげに私に話を振る。


「なぜレースを捨てたの? 私のことは運営に通報すればいいだけだったのに」


 ぱちくり、と思わず大きく瞬きをしてしまった。


「その手があったか」


 そうか、気づかなかった。わざわざ私が助けに行かなくても、救助隊を回せと連絡するだけでよかったのか。

 ……いやいや。ミオは気を失っていた。あのまま海面に激突して沈んでいたら間に合わない。

 ミオは私を見て柔らかく微笑む。


「そう。あなたにとってレースは重要じゃないのね」


 息が止まる。

 ミオを振り返った。ミオはもう私を見ていない。

 点検を終えたジェネレーターのカバーを閉じて、乾いたフライトジャケットのベルトを締め直す。そしてミオは、おもむろに立ち上がった。


「ミオ? なにするつもり?」

「レースに戻るわ」


 当然のように言って、ミオは右腕をジェネレートした。

 川のような雨の降りしきる洞窟の外に歩いていく。


「ちょ、ちょっと! ミオ!? まだ墜落したばっかりなのに……」


 溢れ出した緑色の光に包まれて、ミオは嵐の中に歩み出た。

 空の女王と呼ばれるだけあって、アイディールの生成すら制御が完璧だ。作りかけの粒子で雨を弾き、体を濡らすことなく洞窟の前で飛行機を再展開した。

 スタートの構えに度肝を抜かれる。


「か……カタパルトっ!?」


 ミオはジェネレーターをいくつも携帯しているようだった。右腕と、飛行機と、射出するカタパルト。

 ロケットとスタートを競える理由がわかった。ミオはスタートの瞬間からトップスピードに達しているのだ。


「こんな大雨でとんでもないスピード出したら、水の壁に突っ込むようなもんだって!!」

「わかってる。速度は調節するわ」


 ミオはこともなげに言って、エンジンに点火する。

 げ、と血の気が引いた。

 慌てて自分の愛機によじ登る。機体を伝って雨水が服に注がれた。悪態をつきながらコックピットに転がり込む。必死にハッチを閉鎖する。


「助けてくれてありがとう」


 ミオ機の背後にあった雨が爆発した。

 水蒸気爆発を尾に引いて、ミオの飛行機が飛び去っていく。

 爆発の余波で機体が吹っ飛ぶ。屈んだ機体姿勢と斜面が災いした。機体が転落する。コックピットのなかでシェイクされ、私は自分がどんな姿勢なのかわからなくなった。

 わかるのは、頭をシートに挟まれたこと。

 そして、正面スクリーンの向こうでミオ機が雨を切り裂いて飛び去っていることだ。


「あ……」


 服から滴った雨水が首を濡らす。

 冷たくて、惨めで、ちょっとかび臭い。


「あっっっっっったまきたぁああああ!!!」


 私はキレ散らかした。

 無理やり起き上がってシートに座る。


「な、な、な、ぬぁ〜〜〜にが『レースは重要じゃないのね』っっだよッ! 誰のためにコース降りたと思ってんだ!?」


 ぶん殴るようにシートベルトを締める。操縦桿を握り、蹴飛ばすようにペダルを入れた。

 スラスター全開。南国樹を蹴散らすように人型ロボット(アシェンプテル)が身体を起こす。

 キッと空をにらみつける。嵐と暗雲が空を閉じ込めていた。


「あの雨と風じゃあ、ミオは結局トップスピードなんて出せやしない。私と違って!!」


 怒りが突き抜けて、笑みがあふれて止まらない。


「ふふふ──ふはははは! 見せてやる、見せてやる見せてやる見せてやる!!! 結局、ロボットが最強なんだってところをなァ!!」


 地面を蹴ってブーストダッシュ。意識が飛びそうな急加速。歯を食いしばって、吹っ飛んだ視界を手繰り寄せる。

 ふつふつと湧き上がるのはミオへの怒りだ。


「なんだアイツ! せっかく私がサバイバルの準備してたってぇのに、手伝いもせずになにやってた!? 栄養補給してメンテナンスして……私の親切にあぐらをかいてレースに戻る準備してやがった!!」


 洞窟を見つけたのも高次複合ヘッドセンサのおかげ。

 洞窟に雨水が流れ込まないように枝の屋根をかぶせたのも、汎用アームのおかげだ。

 焚き火は私がサバイバルパックを持ってたからだし、まあ、服を乾かしたのはミオだけど……。

 そもそもミオは洞窟で休まなくても、すぐ飛行機をリジェネレートしてレースに戻るつもりだったから、焚き火もなにも必要なかった?


「う、」


 私は息を吸って、叫んだ。


「うるせぇ〜〜〜〜〜!!! 私が助けなかったら嵐の海に沈んでたんだよ!! それをサラッと『助けてくれてありがとう』って、すかしやがってミオあんにゃろ!」


 雨を突き抜けた。雷のはびこる雲中に戻る。

 乱気流も雨も雷も知ったことか。装甲化された私のロボットにはなんの影響もない。お構いなしに、文字通り嵐をかき分けて飛ぶ。

 嵐を抜けた。

 低気圧に風を吸われて、どこか荒涼とした海が視界いっぱいに広がる。点在する島のひとつに二本のポールが立っている。

 チェックポイント。


「どらぁ!」


 ポールをすり抜けるようにチェックポイント通過だ。

 通知された通過順位は十六位。ミオは? 十五位。


「……やっぱり速いな……」


 ちょっとだけ冷静さを引っ張り出す。

 純粋なスピード勝負になったら、私の機体じゃ追いつけない。

 勝負になるとしたら、それはひたすら極まった汎用性と悪路走破性だ。


「つまり、他の誰も通れっこない最悪な近道を通ることだけが、私の勝機!」


 チェックポイントまでをつなぐ一直線。それ以外を通らない。

 川に沿って広がる迷路のような密林を突き破って、低空チェックポイントを通過。

 エンジンが詰まるような砂嵐を素通りして、チェックポイントを通過。

 機体が結露するような高山のチェックポイントも、通過!

 最短ルートで行くために、浮遊島の地下水脈を作る洞窟だって通り抜ける。人型ロボットならそれができる!

 通過するたびに十二位、十位、六位、五位とじりじり上げてきた順位も今や。


「二位!!」


 泉のなかから、ざばと飛び出してブースト。再び空へと舞い上がった。

 私の頭上で、衝突を避けて旋回するデルタ型の高速飛行機が一機。


「ど、どこから現われてますの!?」

「悪いねお嬢様! お先!」


 アルメリアがチェックポイントに再度アタックを掛ける姿を尻目に、私はブーストをかける。

 レナードの偵察機は砂漠の砂嵐でエンジンが壊れ、修理に時間が取られてまだ四位。

 マローナは堅牢な大型飛行機で堅実に順位を伸ばして五位についている。

 三位のアルメリアは、レース序盤でアフターバーナーを使いすぎたせいで、空中給油を挟んでさえも推進剤残量がぎりぎりだろう。また空中給油を挟むようなら順位を落とさざるを得ない。

 つまり。


「私の前を飛んでいるのは、ミオだけだ!」


 世界の半分を大回りして再び、世界一巨大な浮遊島グラナ・エスタを頭上に臨む。


 目に見える距離、手を伸ばしてみたくなる距離に、ミオ機の洗練された尾翼が見える。

 スロットルを全開にして飛ばす。


 ミオ機も推進剤はギリギリのはずだ。だけど、それは私も同じ。

 内心で舌を巻く。墜落してレースから脱落したのに、空の女王は再びレースの先頭に君臨している。

 その技量、精神力、飽くなき勝利への執念は並ぶ者もない。

 速い。

 届かない。

 ミオの背中は近づくどころか、少しずつ少しずつ、遠くなる。


「だけどね……!」


 私も歯を食いしばって、操縦桿を握りしめる。


「人型ロボットの凄さを、ミオに見せるって決めたんだ……!」


 §


 もう昔の話だ。

 兄弟の影響で人型ロボットが好きだった私は、アイディールのジェネレーターが欲しくて欲しくてたまらなかった。


「思い描いたモノが、目の前に実現する道具」


 まさに夢のアイテム。

 世界中がひっくり返った、世紀の大発明品だ。


 きらびやかなコマーシャル、雄大な浮遊島、街を行き交う空飛ぶ車。

 不可能は世界から駆逐されたんじゃないかってくらい、世界は実現した夢で溢れていた。

 だから私たち兄弟はみんな、アイディールで巨大ロボットに乗るのが夢だった。

 少なくとも私は、そう思っていた。


「巨大ロボットなんて幼稚な空想だ。作り話じゃないか」


 兄がそんなことを言い出すまでは。




 初めてアイディールのジェネレーターを手に入れた幼少期の私は、そのときようやく、なぜ兄がそんなことを言ったのかがわかった。

 動かなかったのだ。

 アイディールは想像通りのものを、想像通りに実現する。

 想像の至らない空っぽな場所は、空っぽのまま現実化されてしまう。

 人型ロボットは、人型のハリボテにしかならなかった。

 兄は現実に打ちのめされていた。

 空っぽなロボットのおもちゃと同じように、アイディールのロボットは、誰かが手で動かさないと動かない。

 だから兄はアイディールのロボットを捨てた。

 子どもっぽいおもちゃのロボットと同じように。


 私もアイディールでロボットを作るのは止めた。ロボットアニメばかり見る生活を改めた。表向きは普通の女の子として学校に通った。

 それでも、私は新しい駆動モータの記事をスクラップしたり、ノートに設計図を落書きしたり……自分に呆れてしまう。

 私は上手に諦めることができなかった。


 そんなときだ。

 自分の右腕をアイディール技術で完璧に創成した天才少女ミオと出会ったのは。

 出会った、というのは正確じゃない。ミオは学校主催の講演で登壇していて、私は何百といる聴衆の一人だった。


「こういう場に立つのは分不相応で、緊張します。私はみなさんと同い年ですよね。気軽にミオと呼んでください。友達になりましょう。なにぶん、私は友達が少ないもので」


 ジョークのつもりだったなら滑っている。

 そんな挨拶から始まった講演は、それほど面白いものではなかった。

 事故で腕を失くしたこと、腕のない生活の苦労、なにより辛いのは偏見の目、アイディールで腕を手に入れてから変わった生活……

 無二の体験を、わざわざ月並みなドキュメンタリーに仕立て直したような、つまらない話だった。たぶん、あまり話したいことじゃなかったんだろう。


 講演の終わりに質問の時間が設けられた。

 私はふっと手を挙げていた。自分でもなぜそうしたのかわからない。魔が差したとしか言いようがない。

 マイクを受け取った私は、壇上のミオを見上げて、尋ねていた。


「──アイディールで、作りたいものがあったんです」


 ミオは真剣な表情で聞いていた。


「でも、まったく思い通りにならなくて。ミオさんは、どうして完成させることができたんですか?」


 まだ輪郭に幼さの残るそのときのミオは、穏やかにうなずいた。

 お仕着せの回答文言をなぞるように、質問に対する礼を言って、質問内容を言葉でまとめて、答えることについて謙遜を述べて。

 そして口を開いた。


「はじめに言っておかなければならないことは、アイディールは『理想を叶えてくれる夢の技術』などではない、ということです」

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