9015列車 皮肉を込める住民会議
10月17日。狂は北海道旅の2日目。しかし、まだ時計は4時43分を指している。泊まったホテルの大浴場は6時にならないと開放されない。それまでの時間はWi-Fiにつなげてツイッターをしているか。
6時の手前までツイッターで時間を潰し、6時になったら大浴場に向かう。
「ふぅ・・・。」
湯船に張ったお湯の温度が壁に出ている。一番大きい浴槽の温度は42度。紫色の色が付いた浴槽は38度。大きい浴槽以外は少し温度が低いが、こういう温度設定のために少々長い時間入っていられる。
「・・・。」
それにしても、6時から温泉に入りに来る人はいるもんだな。僕以外に入っている人は歳が言っている人しかいない印象だが・・・。まぁ、いっか。
6時30分くらいになって、僕は自分の部屋に戻る。外もだんだんと明るくなっており、僕が部屋の扉を開けると今治も高槻も目を覚ました。
7時になり、朝食バイキングを堪能。8時にホテルを発つ。
西興部ホテル森夢→北海道旅客鉄道名寄本線上興部駅跡
7分くらい車を運転して、上興部駅跡に到着する。
「・・・ここが名寄本線の上興部駅跡かぁ・・・。」
止まっている車両はキハ56形、そしてロータリー除雪車のヘッドかぁ・・・。泊まっているキハ56形の法はエンジンも抜かれ、完全に動かないようにしてある。まぁ、それ以前に線路もつながっていないから動かしようもないが・・・。
「・・・。」
キハ56形とロータリーヘッドをスマホに治め、上興部駅跡の周りを多少歩いてみる。キハ56形は中には入れるようであるが、今は客室扉にしっかりと鍵がかかっていてはいることは出来ない。しかし、中は昔の急行列車の面影を残しているようだ。
駅舎の中も覗いてみる。目の近くに手を当て余計な光を遮る。
「乗って残そう名寄本線 国鉄名寄本線を守る西興部村住民会議。」
そう書かれた横断幕が目に入った。当然、こうなっていると言うことはその住民会議は失敗したと言うことだ。僕はよく思うのだが、こういう人たちに共通しているのは「勘違い」だ。「守ろう」と言えば廃止にならないと思い込んでいる。「乗らなければ」廃止にならないと言うことがまるで分かっていない。最近廃止になった三江線が良い例だ。あれは地元の人間が乗らないから廃止になったものだ。
ところで名寄本線は一部区間だけでも第三セクターで残そうかという話が浮上していた辺り、区間毎に利用者が偏っていたことがうかがえる。そして、この興部の辺りはそれさえ浮上しなかった区間でもある。どのみちこの会議に参加していた人間には守ろうという「意志」はあっても「乗る気」はサラサラ無かったんだろうなぁ・・・。
「乗って残せなかった名寄本線。」
皮肉ってツイートするとすぐさま反響がある。
レンタカーに戻るとちょうど運転席にミクが座っている。
「ミクちゃん、運転してるけど。」
「ヤバい、これ絵になる。」
「・・・。」
何もツッコまないことにしよう。
北海道旅客鉄道名寄本線上興部駅跡→道の駅にしおこっぺ花夢
車を動かし、上興部駅跡から近い道の駅に立ち寄る。その道の駅は9時に開くため、開くまで車の中でここから先の準備をした。途中、塩狩駅に行けないかとも思ったが、塩狩駅はルートに組み込むとかなり時間をロスすることが判明し、結局組み込むことは出来なかった・・・。
「なぁ、今治・・・。新十津川駅って本当に行程に組み込めない。」
僕は今治に聞いた。
「うーん、どうだろう・・・。とりあえず、明日初山別の道の駅行くし、そこから新千歳にはよるところ無いからなぁ・・・。初山別行って、新千歳に17時30分くらいまでの間に付けるんだったら組み込んでみてもいいんじゃない。」
こっちはそれで決着することになった。