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供物の子  作者: 楠木鷹矢
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「うるさい、おまえには関係ない。雑種はさっさと自分のきれいなお部屋に帰れよ」少年も負けずに言い返すが、覇気がない。以前なら、彼を恐れて泣きながら逃げ出したかもしれない。だが、あの一件以来、彼女は他の子供たちに対する恐れが消えていた。ラカーナは頭が熱くなる気がした。「もう怒った」少女は扉に近づくと、小さな拳でドアを叩いた。「ここを開けなさいよ、もう一回殴ってあげるから」小さな少女は強い口調で言う。

「へっ」少年は鼻先でせせら笑う。「その扉は開かねぇよ」「あんたが鍵なんかかけてるからでしょ。開けないんなら、あたしの力でこじ開けるわよ」少女はさらに語気を強めて言った「鍵なんかかけてねぇよ。この扉は開かないんだよ、俺が死ぬまで」セツリーの捨て鉢な言葉に、ラカーナの怒りは急速に収まって行った。

「死ぬまでって、それ、どういう事」冗談事にもならないその言葉に、ラカーナは面食らった。「一体なにをやらかしたのよ。シーリスのお菓子でも盗んだの」彼によく似た、少々癇の強すぎる少女の顔が脳裏をよぎる。「おまえ、ほんっとに物を知らねえな。流石はアルタケアの雑種だぜ」「アルタキア」ラカーナが言い直す。「どっちでもいいよ、そんなこと。」しばし沈黙が流れた。

「ゼノンの双子は、片方が神に捧げられんだよ」いきなりぽつりとセツリーが言う。「エフィルの神殿の中心で、エフィル神とシェケル神が捧げものを取りあうのさ。エフィルが取れば、そいつはエフィルの子として神殿の鍵を与えられ、開放される。そしてシェケルが取れば」セツリーは言葉を切った。「そいつは死ぬ」吐き捨てるような少年の一言に、心臓が早鐘のように打ち始める。

「でも、必ずシェケルが勝つとは限らないじゃ-」「生憎だな、これまでエフィルが勝った事はない」言いかける言葉を遮られた幼い少女には、目の前に突きつけられた冷たい現実が全く消化できなかった。「自分の神殿のくせにいつも負けてるんだよ、エフィルは」少年とは、決して仲の良い友達というわけではないが、それでもセツリーに死んでほしいとは思わなかった。

 どうしよう。まとまらない頭で少女は考えると、ふと何かを思いつき、あわてて扉に触れた。「ダヒナが命ずる。扉よ開け」ラカーナの細い声が広間に響く。神殿内の全ての扉を開く事ができた言葉を投げかけられても、エフィルの扉は軋みすらしなかった。

「おまえ本当にバカだな。ダヒナみたいなモータルに、神々に命令する権限があるわけないだろ」諦めきった少年の細く暗い声が、扉の向こうから聞こえてくる。「だって」言いかけて、口をつぐむ。その時彼女は、自分の自尊心が酷く傷つけられている事に気づいた。古代の英雄の生まれ変わりであるはずの自分が、目の前の扉一つ開けられないのだ。しかもそのために、級友が一人死のうとしている。ラカーナはその場にへたり込んだ。

「もういいだろ、さっさと出て行けよ。おまえなんかとしゃべってて、これ以上腹が減るのもごめんだよ」扉に何かがぶつかる軽い音がした。「パンでも食べればいいでしょ」彼女は自分の部屋で朝食べたお盆の中身を思いだした。「そんなもんねぇよ」セツリーは投げやりに答える。「おまけにここは真っ暗闇だ。さすがに水だけは置いて行ってくれたけどな」ラカーナは首の後ろの毛が逆立つのを感じた。彼がそんな目に合わせられる理由がわからなかった。

 それから丸二日間、ラカーナは、ふかふかの友達を抱えたまま、一日中与えられた部屋にいた。意味もなく棚の本を引っ張り出しては、ページをめくり、自分でも解る文字がないか探してみたり、ペンを握って、紙の上に意味もない模様を描いてみたりした。他愛もない遊びばかりしているのに、疲労感ばかり溜まって行った。何もしないと闇の中に生気なく横たわっている少年が見えるような気がした。

 夕食のパンを齧りながら、食事のできる自分に、罪悪感すら感じてしまう。まだ、生きているのか、もう何日あそこに閉じ込められているのか。ついそんな事を考えてしまう。そして同時に、あの扉に対して、全く無力だった自分をも思い出し、ラカーナは泣きたくなった。「やっぱり嘘じゃない。私がダヒナの生まれ変わりなんて全部嘘。」寝台に寝転がって天井を眺めながら、少女はつぶやいた。


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