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供物の子  作者: 楠木鷹矢
3/6

 次の日も、また食事が済むと、少女は部屋から飛び出して行った。

 前日は一度自室に戻ったのだが、退屈しきった挙句に少し昼寝をしてから、また同じ階の他の部屋を覗いて回っていた。とりたてて面白い物もなかったが、とある部屋で綺麗な宝石をたくさん嵌め込んだオルゴールを見つけられた。装飾はカーナ風であったが、音楽は北の大陸の物だった。しかも、父の故郷のトゥーラスの街中で、よく巡回楽士などが奏でている明るい舞踏曲だった。ラカーナはそれを部屋に持ち帰ってしばらく聞いていたが、生まれ育った街を思い出して悲しくなり、泣きながら寝入ってしまったのだった。

 幾分見知った回廊を、ぬいぐるみを抱えた少女は歩いて行く。やがて、迷う事なく緩い下り坂になった通路の前に出た。「今日も宝物、見つかるかな」首を傾げたうさぎに話しかけ、ラカーナは長く、壁に沿って作られた通路を下りて行く。「ここは涼しいね」階層を隔てる床が天井になった所で、気温が少し下がるのを感じて、ラカーナは辺りを興味深そうに見まわしながらつぶやいた。

 階下は大きな広間になっていた。半円を描く広間の壁に沿って、精巧な細工を掘った柱が建てられ、取り付けられた灯にぼんやり照らされていた。半円直線部の中心にはこれも細工を施された立派な扉があった。

 ラカーナは扉に近づいて行った。天球の動きを模した図がはめ込まれた、磨かれた石の床に当たる、軽い小さな足音が高い天井に響いた。頑丈そうな扉には、鮮やかな色の絵の具で、誕生と創造を司る、エフィル神の絵が描かれている。また、爪先立った少女がやっと届く位置に、緑色の宝玉の埋め込まれた、大きな取っ手が二つとりつけられていた。そっと手を伸ばして取っ手を動かしてみるが、鍵がかかっているのか、扉は開かなかった。

「宝物とかありそうだね」ラカーナはつぶやくと、扉から離れ、首をかしげて扉をながめる。それから、ふと何かを思いついたように再び近づくと、扉に向かってはっきりとした口調で言う。「ダヒナが命ずる。扉よ開け。」しばし静寂の中に立っていたが、何も起こらない。

「なんて、やっぱり無理かあ」鼻先で笑った途端、扉の内側で鍵の外れる音が静かな広間に響き、ラカーナは小さく悲鳴を上げた。腕の産毛が逆立つのを感じる。心臓は激しく打ち、背中に冷たい汗が流れた。

 どんなに神官たちに言われても、自分が何かの生まれ変わりだとか、少女は信じていなかったし、信じたくもなかった。カーナディーナに来るまで、普通の子供として、近所の友達と変わらない生活を送っていたのだ。違う名前で呼ばれ、違う存在として扱いを受ける状況には、半年以上たつ今も不満を感じていたし、これからもすんなり受け入れるつもりもなかった。だが、語られることの真実性を裏付けるような事象が、目の前で実際に起きるのだ。その事実は、6歳の子供には、荷が重すぎた。

 扉は沈黙している。ラカーナはおそるおそる手を伸ばすと、取っ手に小さな手をかけた。大きな美しい扉は、彼女を迎え入れるかのように、苦も無く開いた。扉の内側は、少し小さめの半円の広間になっており、目の前には部屋を仕切るように、一枚の巨大な幕がかけられていた。外の広間よりもたくさんの灯りが灯され、壁に床に、その陰をおとしている。

 幕には古い天地創造の壮大な物語が一面に刺繍されていた。灯りを反射して輝く金糸をふんだんに使った、その荘厳かつ煌びやかな美しさに圧倒された少女はいましがたの暗い気持ちも忘れて息を飲み、口を半開きにしたまま、長い間その古人の偉大な芸術作品に見とれた。小さな手は腕に抱いたぬいぐるみを握りしめ、膝は微かに震えている。

 まもなく、彼女はゆっくりと床に座り込み、深々をため息をついた。幼い子供の語彙では、語りつくすことのできない感動に満たされて、幾度となく幕を見上げては、そこに描かれた人物の1人1人、ちりばめられた天体、渦を巻き広がっていく自然の風景などを目で追っていた。

 その時である。静寂に慣れた少女の耳が、何かを捉えた。ラカーナは飛び上がるほど驚いて、息を潜めた。小さな手のひらに汗がにじむ。それは、何者かがすすり泣く声だった。


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