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供物の子  作者: 楠木鷹矢
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 ぐっすり眠って目が覚めた少女は、小さな拳で目をこすった。ふと目に入った壁時計は、朝飯の時間を少し過ぎている事を告げていた。「サンパー、お腹空いたね」ラカーナは、ぺしゃんこになったうさぎの耳をちょっと引っ張って直すと、寝台から飛び降りた。

「お…っと」はずみでよろけ、金糸の刺繍の入った赤い絨毯の上に手をつく。「痛たた」手をさすりながらゆっくり立ち上がると、室内を見回し、前日教えられた場所に銀細工の施された盆が置かれているのを見つけて駆け寄った。そしてサンパーを床に座らせ、背伸びをして盆に手を伸ばし、ひっくり返さないように注意深く机の上に置いて、中の食べ物を興味深そうにながめた。

 布に包まれた平たいパン、器に盛られた新鮮な果物、香りの良い冷たい野菜のスープ、ひんやりした薄荷水などが並べられている。夕食を逃した胃が音を立てた。少女はぬいぐるみを取り上げて、机の上に座らせると、パンをちぎり、一切れの果物と一緒に置いてやった。それからもう一切れちぎってほおばると、唸りながら両手で頬を押さえた。「美味しいね、サンパー」薄荷水を一口飲み、ラカーナはうれしそうに話しかけた。うさぎはちょっと首を傾げた恰好で座ったまま、少女の食事を見守っている。

 食べ物は、少女の空腹をちょうど満たすだけあった。ラカーナは空になった盆をもとのくぼみに戻すと、うさぎを抱えて寝台に寝転がる。「つまんない」つぶやく声は壁に掛けられた布に吸い込まれた。寝台の上で足をばたばた動かしてみるが、埃がたっただけで、室内は針が落ちても聞こえそうなくらい静かだった。

「そうだ」やがて少女ははっとしたように飛び起き、友達に話しかける。「お外に行こうよ」少女は身軽に寝台から飛び降りると、扉を開けて廊下にすべり出た。

 窓のない廊下は、相変わらず薄暗かった。壁に取り付けられた、魔法の灯りがぼんやりと照らしているので、足元が見えないわけではない。軽い足音をさせながら、少女は歩いて行くが、目に入るのは、同じような扉ばかりだった。いくつか開けてみて中に入ってみたが、簡素な寝台と机のしつらえられた個室になっている。寝具も飾りも、ラカーナがいる部屋に比べると、とても質素だったが、清潔に保たれていた。だが、玩具があるわけでも、絵本があるわけでもない。物語に出てくるお城のように、ひらひらとした綺麗な服が、洋ダンスにたくさんつまってるわけでもない。

「どこも同じ。つまんない所」やはり同じような作りになっている部屋を出て、少女はつぶやくと、なにげなく今歩いてきた方向をみた。あっと声が出て、小さな口が半開きになる。今来た方角も、今から行こうとしていた方角も、同じような扉が続く真っすぐな廊下が、薄暗い灯りの中に続いている。部屋に戻れなくなったと、少女は一瞬思った。

 よく観察してみると、彼女のいる場所は廊下で縦横に規則正しく区切られており、どうやら一番外壁に近いところにいるようだった。「これならまっすぐもどれば、お部屋にもどれるよ」ラカーナは少し弾んだ声で、うさぎに話しかけた。建物のだいたい構造がわかれば、それほど迷う作りでもなさそうである。好奇心にかられて、ラカーナはもう少し奥まで行ってみる事にした。

 扉を注意深く見ていくと、どれも同じなわけではなく、それぞれちがったレリーフが埋め込まれていることに気づいた。レリーフには古い文字が書かれていたが、ラカーナには読めない。壁には絵がかかっていたり、取り付けられた小さな棚に、装飾品が飾られていたりしたが、どれも子供の気を惹くような、面白いものではなかった。

 少女はしばらく歩き続け、そろそろ戻ろうと思ったところで、見慣れない通路の前に出た。通路や緩やかな下り坂になっていて、下の階に続いているようだった。「違う階も行けるんだ」ラカーナはつぶやくと、ぬいぐるみを抱えた腕に力をいれる。そっと一歩踏み出したところで、足を引き、くるりと向きを変えた。だいぶ歩き回って、そろそろ何か食べたい頃だった。一度に全部見てしまっては、後々のお楽しみがない。 階下を探検する時間はまだ、6日も残されているのだ。少女は疲れた足にゆっくり痛みが広がるのを感じながら、元来た道を戻って行った。


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