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供物の子  作者: 楠木鷹矢
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 天井の高い深い回廊に重い音を響かせて、二枚の一枚岩を合わせてできた、両開きの扉は閉められ、6歳の誕生日を迎えたばかりの少女は、耳が痛くなるほどの静寂の中に、一人残された。右の手で赤いワンピースの裾を握りしめ、左の腕には柔らかな薄茶色の大きなウサギのぬいぐるみを抱いている。ウサギの首にまかれたものとお揃いの、ピンクのリボンで軽くまとめられたくすんだ長い金髪が、どこからか入り込んでくる風に揺れる。

「私がいるから大丈夫。心配しなくていいからね、サンパー」すがるようにぬいぐるみを抱きしめると、くるりと向きを変え、先ほど神官たちに案内された部屋へ向かって歩き出した。

 ランプの薄暗い灯りに照らされている淡い褐色の廊下を、北の大陸風の薄い革靴に包まれた小さな足が踏んでいく。靴底が床に当たる度に、少女の軽い足音が壁に天井に響いた。

「おかしいよね、サンパー」少女はつぶやく。「なんでみんな、ダヒナ、ダヒナって、私の事を大昔のおばあさんの名前で呼ぶのかしら」細かな文様の彫られ、金箔で飾られた美しい扉の前で、子供は足を止めた。見れば、その扉には鍵も取手も、開くために必要なものが何も付いていない。

「私はラカーナなのに。」自分に言い聞かせるようにつぶやき、少女は扉に触れる。「でも、ラカーナじゃこの扉は開けられない。」肩を落とし、ため息をつくと、彼女は扉に手を触れた。音も立てずに、大きな扉は左右に開いた。小さく、見るからに頼りなげなその幼い少女は、かつて国の賓客の滞在したその部屋に、臆しもせずに入って行った。

 部屋の中は極めて質素である。部屋の片隅に寝心地の良さそうな寝台がしつらえられ、赤に統一された寝具がかけられている。部屋の反対側には、大きな本棚があり、様々な年代の本や羊皮紙が収められていた。窓のない壁には、幾枚もの厚手のタペストリがかけられていた。

 タペストリには、少女もよく知っている、古い英雄譚の絵が細かい刺繍で施されていた。彼女は北の大陸に持ち去られた神剣を取り返し、炎の鳥を蘇らせ、闇の軍の侵攻から大陸を救うために、人々を率いて戦ったと伝えられていた。その物語は何代にも語り継がれ、大陸に危機が訪れると、英雄は再び現れて人々を救うのだと、今でも信じられている。英雄の名は夢詠いのダヒナ。カーナ大陸の歴史を上、最も力のある術師と言われていた。

「でも私はラカーナだもの。ダヒナじゃない」少女はつぶやいて、刺繍をそっと手で撫でた。小さな音を立ててランプの灯がかすかにまたたき、壁の瀟洒な装飾に落ちた少女の影が揺れる。

 数時間後、少女は赤に染められた寝具に包まれて眠っていた。腕には大事な友達がしっかりと抱えられている。壁に掛けられた古いからくり時計はまだ眠りにつくには早い、夕飯の頃を示していたのだが。

 常夜灯となっている、ウィスプの術法のかけられたランプは、寝台から離れた角にしつらえられた机の上に置かれ、ぼんやりとした光を落としていた。

 質素な部屋の中には、幼い少女を楽しませられる物はほとんどなかった。本棚に詰められた本は、彼女には読めない文字ばかり書かれていたし、掛物の絵も眺め続ければじきに飽きてしまう。窓が無いので外も見られない。建物内部を自由に歩き回る事は出来たが、その日は朝から儀式や学習に追われていた子供は、すでに疲れきっていた。

 固いものが壁に当たる音がして、壁が一か所くぼんだ場所に、新鮮な食べ物と水の乗せられた盆が現れたが、少女は気づかずに眠り続けた。


前の二作に続いています。前作に比べるとちょっと長めなのですが、少しずつ書いていきたいと思います。途中で戻って編集したり修正したりする事もあると思うので、あらかじめご了承ください。

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