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day of the necromancy!!  作者: SOTOKU
状態:死霊術師見習い
17/25

「現在ストライキ中ですので」


「フレシアを探してきてくれる?あの娘、迷子みたいなの」


 ノワール様はそう言うと、私に手をかざした。すると、私は何かに掴まれて引っ張られるみたいに、魔法でドアの部屋の外に追い出された。

ドアの外に無造作に放り出された私は、レッドカーペットに頭を思いきり打った。


「うぅ」


 起き上がって見ると、もうそこにドアはなかった。振り返ると、そこには何かの植物の蔦で造られた迷宮が広がっていた。私は最初、研究塔の外の庭園に居るのだと思った。でも地面がレンガではなくレッドカーペットであることから、すぐにそこが似ているだけの違う場所だと気づいた。迷宮全体は巨大な植物の根が空中から垂らされていて、その根をたどって上を見上げると、いくつもの人間の死体が麻の縄で首を括られ、曇天の空彼方から垂らされていた。

 私は迷宮を形作る蔦の壁の上に上ってみた。それは、私の背丈の3倍ほどの高さで、そこからは迷宮を広く見渡すことが出来た。でも、辺りには深い霧が立ち込めていて、全体までは見ることが出来なかった。


 私はこのまま蔦の壁の上を歩いていくことにした。ここから脱出するにせよ、フレシアさんを探すにせよ、こっちのほうが周りをよく見渡せて都合がよいと思った。



 

 私はしばらくあてもなく歩いた。周りが見渡せていても、結局どこまで行っても同じ風景なので、私は迷宮の中で道に迷ってしまった。でも、いくつか新しい発見もあった。

私は最初怖がって、吊るされている死体をできるだけ見ないようにしていた。でも、よく見てみれば、死体は様々な恰好や年齢、容姿をしていて、一つとして同じものはない。つまり、この代わり映えの無い迷宮の中で唯一、目印に適しているものだった。


「えっと、さっきあのピエロの下を通ったのよね?だから...なるほど、あっちに進んでたわけね」


こんな具合で、死体の向きと距離を覚えて、自分がどっちに進んでいるのか、どこに進んでいるのかを思い出しながら、私はただ真っ直ぐに迷宮を進んだ。このほうが、変に曲がったりするより、確実に迷宮の外に出られると思った。


 



 「ひどく広いわね...もしかして、出口が用意されてない?」


 いつまで経っても外に出られる気配がないので、私はそんなことまで考え始めていた。周りの風景が変わらないので、時間の感覚が狂ってしまいそうだった。いや、もうすでに狂っているのかも。

いつからここを彷徨っていたのかわからない。まだほんの少しの間しか歩いていないような気もするし、もう半日は歩いていたような気もする。


 私は蔦の壁に腰を下ろして、休憩することにした。相変わらずどこまで見渡しても蔦の迷宮だ。吊り下げられている人々も、相変わらず吊り下げられている。


これからどうしようか。私はそんなことを考えていた。一人じゃ出られない。ならフレシアさんを探す?でも、ここでフレシアさんが迷子になっているってことは出口を知らないって事。だがら、仮に見つけられても状況が好転するわけじゃない。

でも、一人はさみしいかも。なら、一人より二人だ。

 

 当面はフレシアさんを探す。そして、ついでに出口が見つかればラッキー。これでいこう。


さて、じゃあがんばろう。私は立ち上がった。また広い広い迷宮が私の眼下に広がる。この中からただ一人の人間を見つけるのは骨が折れる仕事だ。

私は注意深く周囲を見渡した。フレシアさんが私と同じように蔦の上を歩いてたら一目で見つかるけれど、もし馬鹿正直にレッドカーペットの上を歩いていたら近くにいても見落としてしまうかもしれない。


「うーん...近くにはいないのかな」


辺りを見渡しても見つからない。なら、少し移動ししよう。


と、歩き出そうとしたとき、私の足が蔦に引っ掛かり私は前のめりに倒れそうになった。私はあわてて重心を後ろに戻すと、今度は後ろに倒れ、そのまま蔦の壁から落ち、レッドカーペットの地面にたたきつけられた。


「うっ!!ぐぅぅ...!ん?」


幸いやわらかいレッドカーペットなので痛いのは一瞬だけだった。けれど、目の前に広がる予想外の光景に、私は頭を打ったのではないかと心配になった。


「フレシアさん?」


「はい」


仰向けに倒れている私を、フレシアさんが見下ろしていた。

私は起き上って確認した。最後に見たフレシアさんと何ら変わりない。いつものメイド服のフレシアさんがそこに立っていた。

私はなんだか嬉しくなって、フレシアさんに抱き着いた。フレシアさんは相変わらずの無表情で、ただ私に抱きしめられていた。



 


 私とフレシアさんが合流してからしばらく経っていたけれど、私たちは未だ迷宮から出られずにいた。

私は蔦の壁の上を歩くのをやめて、フレシアさんと手をつないでレッドカーペットの上を歩いていた。そうしていないと、少し目を離しただけでフレシアさんが消えてしまうのではないかと心配だった。


「フレシアさん、フレシアさん」


歩きながら、私はフレシアさんを呼んだ。


「なんですか?」


フレシアさんの声は相変わらず平坦で、その顔も無表情だった。私は言った。


「ここはどこなんでしょう?」


私が疑問を発してから少したって、フレシアさんは返事をした。


「私です」


その答えは変だった。私は場所を尋ねたのに、フレシアさんは自分だと言った。私は眉をひそめた。


「ここはフレシアさん?」


「はい」


意味が分からない。


「もしかして、フレシアさんの心の中、とかですか?」


「いいえ」


 ますますわからない。これでは実際、八方塞がりなような気がした。ここが、どこかの庭園だ。というのなら、いつかは出られるかもしれない。でも、ここはフレシアさんだ。となると、ずっと歩き回っても出られるという確信が持てない。

私は思いきって聞いてみた。


「フレシアさん。ここはフレシアさんなんですよね?じゃあ、ここから出る方法、フレシアさんは知りませんか?」


「知っています」


フレシアさんはあっさり答えた。私は思わずずっこけそうになった。


「知ってるんですか!?」


「はい」


相変わらず無機質に答えるフレシアさんに、私は問い詰めた。


「どこから出るんですか?道順を知っているんですか?それとも、なにかおまじないを唱えると飛んでいけるとか?」


フレシアさんは答えなかった。


「フレシアさん?どうしたんですか?一緒に帰りましょう?」


「それはできません」珍しく即答だ。


「現在ストライキ中ですので」


 信じられない言葉だった。フレシアさんがストライキ?まだ初めて会ってからそう日はたっていないけれど、ストライキをするような人だとは思えなかった。

 私は動揺しながらも尋ねた。


「あの、どうしてストライキを?」


フレシアさんは答えなかった。どうしてそんなことになっているのか分からなかったけれど、私はなんとか説得を試みた。


「その、何がそんなに不満なんですか?いや、わかります。ノワール様はときどき意地悪ですよね。でも、そういうのいちいち本気にしてもしょうがないし...」


フレシアさんは無言で歩き続けていた。その速度は、さっきよりほんの少し早くなっていた。私はその後姿を追いかけながら、フレシアさんにずっと説得の言葉を投げかけ続けていたけれど、フレシアさんは私を振り払おうと歩く速度を速めるばかりだった。




「じゃあ、どうしたらストライキをやめてくれるんですか?」


私は説得を諦めて、具体的な解決策を出してくれるようにフレシアさんに頼んだ。それを聞くと、フレシアさんはぴたりと立ち止まった。そして、しばらくうつむいた後、後ろ姿のまま私に話してくれた。


「頭上の死体の中に、私を見つけてください。見つかれば、帰ります」


死体の中にフレシアさんが?そんなのがあればとっくに見つけていそうなものだけれど。だって、メイド服の人はそんなに多いわけじゃないもの。確かに、まだ迷宮のすべてをまわりきったわけではないけれど、私よりも長い間この迷宮に居たフレシアさんなら──馬鹿正直にレッドカーペットの上を歩いていたにしても──未だに見つからないのはおかしい。


私がそのことを伝えると、フレシアさんは「探しているのは一番最初の私でございます」と言った。それを聞いて、私は以前ノワール様が言ってたことを思い出した。


──あれも死霊術の一種なのよ。フレシアの身体が死んだり、ダメになったりする度に霊界からフレシアの魂を呼び戻して、別の身体に移してるの──


つまり、フレシアさんが探しているのは初めて死んだときの死体。生まれてきた時の体を探しているというわけね。


「どうして、一番最初のフレシアさんを探しているんですか?」


私が尋ねると、フレシアさんは言った。


「それがないと不安なのです」


「不安?」私は首を傾げた。フレシアさんは私に向き直って、言った。


「時折、今の私が本当の自分ではないような気がして堪らないのです」


「だから、一番最初の自分を見つけて自分がだれなのか確認したいんですか?」


「はい」


なるほど。そういうわけなら一緒に探してあげたい。自分がだれか分からなくなる、という感覚はわからないけれど、困っているのなら手を貸してあげたくなるのが人の正しい姿だ。

私は「一緒に探しましょう!」と言おうと思った。でも、その前に、フレシアさんが言葉を発した。


「しかし、もう心配には及びません。ご迷惑をおかけしました」


「へ?どうしてですか?」


「諦めることにいたしました」


突拍子の無い決断に私は困惑した。


「どうして諦めちゃうんですか?」


「もう、最初の自分の姿が思い出せないのです」


そう言った時、私は凄くフレシアさんが悲しそうに見えた。実際には、いつもの無表情なんだけれど、なぜか私にはそう見えたし、多分実際そうなんだと思う。


「どうしても思い出せませんか?」


「どうしても思い出せません」


フレシアさんは頭上に吊られている無数の死体を仰いだ。そして、私に向き直り言った。


「この目で見れば、思い出せると考えておりました」


「ダメでしたか」


「ダメでした」


「でも、今の姿も可愛いですよ!」私は笑顔で言った。本心だった。今のフレシアさんが使っているのが誰の体かは知らないけれど、メイド服のよく似合う、清楚な顔立ちの美しい女性だった。

笑顔の私を、フレシアさんは無言で見ていた。でも、心なしか微笑ましげな表情をしているような気がした。


「せっかく可愛いのに、そんな無表情じゃ勿体ないです!ほら、笑って笑って」


そう言って、私はフレシアさんの頬をつまんでムニュムニュ揉みしだいた。ようやく私のムニュムニュから解放されると、フレシアさんは広角を少し上げて、目を細めた。不思議と、本当に笑っていなくても条件さえ満たせば笑顔に見えるものだ。慣れない笑顔を必死でつくるその不器用さも、私には凄く愛おしく感じられた。


「可愛いです!フレシアさん!無表情よりそっちがいいですよ!」


フレシアさんはその笑顔を貼り付けたまま、優しい声で言った。


「フレシア、とお呼びください」


その言葉がなんだか嬉しかった。私は「わかったわ。フレシア」と言った。その時、嘲笑するような声がすぐ近くから発せられた。


「あら。随分楽しそうじゃない?私も入れて頂戴」


ノワール様だった。気づけば植物の迷宮は消え果てて、黒と赤のストライプの部屋に戻っていた。フレシアさんが無表情に直り、ノワール様に深々とお辞儀し、言った。


「お嬢様、不束な態度、大変申し訳ありませんでした」


それを受けてノワール様はキセルを一息吸い、煙を吐きながら言った。


「別に良いわ。帰ってきてくれたんですもの。やるべき事はしてもらうけれど」


ノワール様は、別に叱るでもなく、未だに微睡んでいた。そして、気だるげな態度のまま私に言った。


「フレシアを連れ戻せたのね。偉いわ。褒めてあげる。どう?嬉しいかしら?自分がしたことが誇らしい?」


「まあ、嬉しいですけど...」


「あら、正直な娘ね。正直で献身的な弟子にはご褒美をあげるわ」


ご褒美。いつもならワクワクさせられる単語だけれど、ノワール様の口から発せられるそれは素直に喜べない。一体何が飛び出すのだろうと警戒していると、ノワール様は手で私を追い払う動作を表した。


「いまは持ち合わせがないから、また今度用意してあげるわ。さあ、今夜はもう帰りなさい。獣狩りで疲れていたのでしょう?」


たしかに、言われてみると体がズッと重くなった。あまりに奇怪な出来事の数々で忘れていた疲労を、今、指摘されて思い出してしまった。私はお言葉に甘えて、直ぐに帰ってまた寝ることにした。


「わかりました。御機嫌よう、ノワール様。...フレシア、帰り道の案内をお願いできるかしら?」


フレシアさんが私を案内するために数歩歩き出すと、ノワール様が「ダメよ」と低いトーンでフレシアさんを止めた。フレシアさんはそれを聞くと、固まったようにピタリと歩を止めた。ノワール様が私に言う。


「フレシアはこれから私と仲直りしなくちゃいけないの。一人で帰りなさい」


どういう意味?そう私が聞こうとしたとき、視界がグニャリと歪んだ。







私はノワール様の研究塔のエントランスで目を覚ました。

そこは、もう空飛ぶ絵画も、歪な螺旋階段もない、いつもの研究塔だった。

一瞬、私はただの夢を見ていたのだと思った。でも、それにしては妙に記憶に現実味があった。


「ノワール様?フレシア...さん?」


二人の名を呼んだ。でも、返事はなかった。

そのとき、研究塔の扉が一人でに開け放たれた。私が促されるまま外の庭園に出ると、また扉は一人でにバタンとしまった。

庭園の空は白み始めていて、薄くかかった霧の中の、ひんやりとした空気が気持ちよかった。

私は深呼吸して新鮮な空気で肺を満たした。

新しい一日の始まりに胸を踊らせ、歌いながら空を低く飛ぶ鳥達をボーッと眺めていると、いつもの送迎馬車がローゼンクライツの城門を抜け、こっちに近づいてきた。

無口な馬車の主人が私を見下ろして言った。


「お帰りですか?」


私は空を仰ぎながら答えた。


「そうね。素敵な朝ですもの。少し馬車に揺られようかしら」


私は馬車の荷台に乗って、寝っ転がり、ガタガタと痛いくらいに揺れる馬車の中から、登っていく日を眺め、老夫婦が待つ我が家に帰って行った。

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