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day of the necromancy!!  作者: SOTOKU
状態:死霊術師見習い
15/25

how to hunt 後編

 エイズが釣り針を引きちぎった時も、私はまだ勝算があると確信していた。

どんなに恐ろしい牙や、鋭い爪を持っていても、目が見えず耳も聞こえないなら恐るるに足りない。と。

でも直後、私は自分の浅はかさを悔いた。顔を失っても動き回るエイズを見て恐怖した村人が、ほんの小さな悲鳴を漏らしただけで、エイズは居場所を特定し、そして熟れたトマトみたい簡単につぶしてしまったから。


 危うく私も悲鳴をあげそうになったけれど、口に手を当てて必死で堪えた。それは、エイズにスリングショットで石をぶつけていた何人かの村人も同じだった。


 そのとき、私は混乱しながらもいろんな事を考えた。奴は実は目が見えているんじゃないか、とか。耳がなくても音が聞こえてるんじゃないか、とか。実は鼻で音を聞いてるんじゃないか、とか。


 でも、その答えはエイズ自身が示してくれた。


 奴は潰した村人の死体に下顎を押し付けて、舌で器用に血を啜った。私はその光景の醜悪さに思わず吐きそうになったけれど、なんとか我慢していた。今吐いてしまったら、匂いで奴に居場所を悟られてしまう。でも、もうそんな事は関係なかった。エイズが血を啜ると、奴の千切れた頭がグチグチと蠢いて、そして元どうりになっていった。




 ここまでやって必死につけた傷を、奴はいとも簡単に再生できると知って、私は諦めてしまった。


 そして、無責任に命を投げ出してしまった。武装した吸血鬼の集団が勝てなかった相手に、私みたいな小娘が勝てるはずはなかったのよ。と。

村人達が私を見て、どうすればいいかを視線で訴えてきたけれど、もう私には関係なかった。「どうせ皆ここで死ぬんだから。考えるだけ無駄でしょ?」そう言ってやりたかった。


 私は完全に絶望していた。


 だから、その時、運命が私に味方している事に、すぐには気づかなかった。


 何発もの短い矢が捕食中のエイズに突き刺さり、奴は悲鳴をあげた。

尚も矢の雨はやまない。村人達はそれに巻き込まれないように、屋根がある建物の中に逃げていった。地面に座りこんでいる私の肩を、アドルフが掴んで叫んだ。


「お弟子様!ご無事でしたか!間に合いましたか!増援を連れてきました!」


 ・・・増援?


 私はアドルフ指す場所に視線を上げた。村の家々の屋根に複数の人影が見えた。見覚えのあるシルエット。吸血鬼だ。

弓ではない、なにか特殊な機械──クロスボウ──で絶え間なくエイズに矢を撃ち込んでいる。


 まだ完全に回復しきっていないうえ、捕食中で無防備だったエイズは、次々に体内に侵入する矢に対して抵抗出来ず、そのまま伏せを命じられた犬みたいな格好で動かなくなった。


「・・・死んだの?」


 あの恐ろしいエイズがあっさりと殺されてしまった事が信じらず、私は呆然としていた。対して村人達は有頂天になって家から飛び出してきて、家々の屋根から見下ろしている吸血鬼達に歓声を送っていた。


 吸血鬼の一人が屋根から飛び上り、無数の蝙蝠になって空に舞い上がったかと思うと、地面でまたくっついて吸血鬼の姿に戻った。見覚えのある、豪華な鎧を身に纏っていた。どうやらあいつが隊長らしい。隊長が飛び降りると、他の兵士達も次々に後に続いた。


 今度の吸血鬼の隊長は女性だった。兜のせいで顔全体までは見えないけれど、高い鼻と、切れ長で美しい目、そして雪のように白い肌は人間の基準で言っても美人のそれだった。彼女は凛とした物腰で、私を含めた人間に語りかけた。


「無事か?怪我人はいないか?」


 意外にもそれは、私達を案じる言葉だった。私は皮肉を込めて言った。


「怪我人はいないわ。死人はいるけれど。」


 彼女はそれを皮肉ではなく報告と受け取って、素直な返事をした。


「そうか、もう少し早ければ助けられたが──」


「それで」私は言葉を遮った。「なにがお望みかしら?やっぱり血?あなたも、あなたのお友達みたいに村人の首に剣を刺すの?」


彼女は細い目を丸くした。


「なに?どういう事だ。私の友達?誰がそんなことを?」


私はわかりやく丁寧に教えてあげた。


「あなたの一個前に来た役立たずのことよ」


ああ、と彼女は納得して言った。


「彼がそんなことを?なぜ?」


「『お前らの為に化け物を狩るのだ!代わりにお前らの血を頂いてなにが悪い!』って。」


 もちろんあいつの言葉を一言一句覚えているわけではないけれど、そんなことを言っていたような気がする。言っていた・・・うん。言っていた。


とにかく、私の言葉を聞いて彼女は「フンッ」と鼻で笑った。


「彼がそんなことを言っていたのか?馬鹿馬鹿しい奴だとは思っていたが、本当に馬鹿だったとは」


「あなたは違うっていうの?可哀そうなニンゲンが危険な目にあってるから善意で助けに来たって?」


「いや、そういう訳じゃないが・・・」


彼女は少し考えた後、言葉を紡いだ。


「例えば、人間は豚や牛を家畜にするだろう?そして、牛や豚を食べるのは人間だけではない・・・。そう、狼が食いに来るわけだな。そうしたら当然人間が追い払う。かといって、人間が狼を追い払った後に家畜に向かって『おい!狼を追い払ってやったぞ!代わりにお前らの肉を一切れ寄越せ!』なんて言うのは、おかしな事だろう?」


 その例え話を理解するのには少し時間がかかった。いや、無意識に理解するのを拒んでいた。だから、それが理解できてしまったとき、私は頭に血が登るのを抑えられなかった。


「私達が家畜ですって!?」


 私は彼女に詰め寄った。


「この上ない侮辱だわ!人間は神の祝福を受けた種族よ!吸血鬼っていうのは皆傲慢極まりないのね!」


 私が怒りで彼女に摑みかかると、吸血鬼の兵士達が剣に手をかけた。彼女はそれを手で制し、落ち着いて私に言った。


「かわいそうなお嬢さんだ。怖いエイズのせいで頭が変になってしまったのだろう。今の君は冷静ではない。是非山を降りて人間の町で医者に診てもらうべきだ。そのように取り計らうよ。」


 私の怒りは頂点に達した。今すぐこいつを村の門に吊るし上げてやりたかった。でも、目の前のこいつはそんな私の怒りもどこ吹く風で、全く落ち着き払っていた。


「・・・本当に残念だ。君はよく見ると・・・その、素朴で美しい。是非頭が治ったら私を訪ねてくれないか」


これもまた、侮辱に違いない。誰が吸血鬼のいう事なんて真に受けるものですか!


 その時、アドルフが私と彼女の間に割って入った。


「吸血鬼様、こちらの方はこの村の住人ではございません。ローゼンクライツの宮廷魔術師様のお弟子様でございます」


 それを聞いた彼女はただでさえ白い顔を尚真っ青にして、今更かしこまって兜を外し、脇に抱えて跪いた。それを見た他の吸血兵士達も、隊長に倣った。


「こ、これは失礼しました。私は銀血隊シルバヌス・ブルート隊長、アイリーン・フォン=ローゼンクライツでございます」


 幸いにも彼女、アイリーンは私の位が自分より高いと考えてくれた。ノワール様の威を借るようで釈然としなかったけれど、私は彼女に命じる権利を得た。


「まず、さっきの言葉を撤回して!人間は家畜じゃないわ!」


 アイリーンは頭を下げ、早口で言った。


「はい。貴方様は他の人間とは全く立場が異なります。無論家畜ではございません」


「違う!」


 私は地団駄を踏んだ。


「私だけじゃない!他のみんなもよ!」


 アイリーンはたじろいだ。私以外を家畜と見做す言葉は撤回しないつもりらしい。私がもっと激しくつめ寄ろうとした時、聞きなれた声が私を呼んだ。


「セリナ様。おやめくだされ。アイリーン殿は何も間違っておりませぬ」


 私は声の方を見た。首に汚れた白布を巻いたミスターグレースがゆっくりと歩いてきた。


「グレース!もう首の傷はいいの?」


 私が身を案じると、グレースはニッコリと笑って、今度こそ心配には及びません。と言った。私はホッとしたけれど、アイリーンの件はまだ解決していなかった。


「ちょっと待って?グレース、あなたは人間でしょう?それなのに、あなたも人間は家畜だって言うの?」


「全ての人間がそうだとは言いません。それはアイリーン殿も同じはずです。しかし、ここに、この村に住む者達は、少なくとも家畜であることを受け入れているのです」


 私は強い目眩を覚えた。世界がグルグル回る。同時に海の底に置き去りにされたような激しい孤独感に襲われた。自分が今まで信じてきた常識が根底から揺るがせられるのが、こんなに怖いなんて。


「あなた達はそれでいいの?吸血鬼の家畜に成り下がるなんて」


「良いのです。望めば出て行くこともできます。しかし、我々はここにしか居場所がないのですよ」


 そう言ってミスターグレースはいつもの、寂しげな笑顔を見せた。でも、私はまだ納得できなかった。


「どうして?足があるなら何処へだっていけるわ」


「我々は皆、代々この山で暮らしてきたのです。吸血鬼がこの山を支配するずっと前から。その当時から帝国も、その他の国も我々を追い出したがっていました。そして強大な国々から、この地は何度も侵略を受けました。その度に、山人達は結束して守り抜いてきましたが、年毎に激しくなる攻撃に皆疲弊していました。そんな時、アストレウスとの戦争で傷ついたヴラドシュタイン卿とその軍隊が現れたのです。かのお方は、我々が忠誠を誓い、定期的に生贄を差し出すならば、必ずやこの地を守り、その統治を我々の手に委ねてくれると約束してくださいました。今もその約束は一度たりとも破られておりません」


「つまり」私は言った「自分達じゃ自分の身を守れないから、吸血鬼に守ってもらうって?その代わりに家畜になる事を受けいれたって言うの?そんなの、侵略者が人間から吸血鬼変わっただけじゃない!」


 ミスターグレースは少しの間閉口していたけれど、ついには「そのとおりです」と言って頷いた。


 私はもう、何も言う気になれなかった。思えば、ずっと、長い間寝てない。きっとこの目眩はそのせいだ。私は黙って、グレース家の方に歩き出した。ミスターグレースは気まずそうに私について来た。エイズの脅威が去って喜んでいた村人達は、もうその頃には葬式みたいに暗い顔で黙り込んでいた。でも、もう関係ない。一度寝て、それから考えるべきだと思った。寝ていない頭で考えることなんて、どうせロクでもない事ばかりなんだから。夜が訪れ、晦冥かいめいが辺りを包んだ。私は気づけば、そのまどろみの中を漂っていた。



 





 セリナとグレースが暗がりに消えると、エイリーンはようやく頭をあげた。他の兵士達も次々に立ち上がる。

自分達を呼びにきた、アドルフとかいう人間が恐る恐る礼を言いに来たが、エイリーンはそれを遮って尋ねた。


「あのお弟子様の名は?」


アドルフは少し考え、答えた。


「グレースは、確か"セリナ様"と呼んでいたかと」


「そうか」


エイリーンは頭の中で何度もその名を反芻した。セリナ・・・セリナ・・・。美しい名だと思った。


どうかされましたか?とアドルフが不安げな顔で聞いてきた。そこで、エイリーンは、もう一つ聞きたいんだが、と切り出した。


「はぁ、なんでしょう?」


アドルフが聞く。エイリーンは答えた。


「気の強い人間の少女を射止めるには、どうしたらいいだろうか?」

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